第23話 怨讐は誰が為に4
天井裏に怪異を呼ぶ呪符を見つけた翌日、つまり依頼を受けて三日目の早朝、オレは依頼主である
調査が終わり、黒幕の正体も分かったからだ。それを本人に伝えるため、戻ってきてもらった。
「あ、あの……本当に、妻をあんな風にした原因が分かったのですか……?」
そう質問してきた、痩せぎすで見るからに気弱そうな彼が、達彦さんだ。
「ええ。調査が正しければ。ただ、調査に二日以上かかって申し訳ありません。もっと早くできれば良かったのですが……」
「い、いえ……充分速いくらいですよ。……そ、それで、どうだったんですか? 妻は、元に戻るのでしょうか……?」
「気持ちはわかりますが、そこはもう少しお待ちください。お話は順に――」
「待っていられるわけがないでしょう……?! 前の霊能者さんが言っていたような、異形化の原因は何なんですか!? そこまで深刻なものなんですか!?」
「――お芝居は、そこまでにしませんか、壽松木 達彦さん」
オレは、彼の狼狽える様子が見ていられなくなり、そう言い放った。
何も、痛々しくて見ていられなかったわけじゃない。その心配している様子が、嘘であり演技だということがわかっていたからだ。
「……な、何、を…………私は――」
「言った通りです。貴方が奥さんをあんな風にしたのは、もうわかっているんですよ」
オレにそう言われて、彼は言いかけた言葉を呑む。
今、彼からは先程とは種類の違う狼狽が見てとれる。だが、オレはそんな彼を無視して話を始めた。
「さて、順を追って説明しましょう。先ずは、貴方から出された依頼書を見たときのことから、ですね」
オレは自分たちに合った依頼を探すなか、今回の依頼書を発見、それを見たときに違和感を感じた。
その違和感は知っての通り、C+の霊能者を圧倒するほどの力をもった怨霊が発生したことだ。
普通であれば、霊能者でもないただの普通人の霊がそこまで強くなるわけがない。
だからオレは、詳しい背景を知るために事前に達彦さんに直接会って経緯を聞いた。最初の方、オレが説明したり彼の要望を知っていたりと詳しかったのはそのためだ。
そこで聞いたかぎりでは怪しいところはなかったため、依頼を正式に受ければわかるだろうと考えここに訪れた。
だが、蓋を開ければ異常しかなかった。
異形化した幽霊。
呪いを帯びた毒。
霊体ではなく死体がベース。
死体から出てきたもの。
呼び寄せられていた怪異たち。
誰の目から見ても、第三者が関わっていることは明らかだった。
「――なので、真っ先に貴方を疑いました。ここまで手の込んだことができるのは常に死体の近くにいた貴方だけですし、推定される目的も、貴方にしか利がないですからね」
「……す、推定される目的とは……?」
「もちろん、彼女……貴方の奥さんである
動物を使った呪術の一角としても有名で、大抵はムカデやヘビ、毒ガエルなど毒を持つ虫百匹強を壺に入れて殺しあわせ、生き残って呪いを溜めた者を使役し、相手を殺したり富や名声を得るために用いられた。
かなり古い方法の呪術だが、現代と呼ばれる時代で様々な作品で取り上げられたため、霊能者が扱う呪術の中でもトップクラスの知名度を誇るものとなっている。
それを、彼は利用したのだ。
「しかも、ただ利用したんじゃない。貴方は、あろうことか薊さんの遺体を使ってこの呪術を実行した――」
そこまで言って、オレは先日炎灯に見せたものと同じものを彼に見せる。
「……ッ。それは……」
「お分かりですよね? これは奥さんの遺体から出てきた、虫の死骸です。それも、毒虫ばかりの」
腐敗しかけた血液に塗れたその正体は、スズメバチとヒアリ、ムカデの一部だった。それらが持つ毒は、ソフィアが解析した毒の成分を含むものである。
「これが遺体から出てきて、さらに彼女が呪毒を纏っていたとなれば、考えられるのは一つしかない。貴方は、薊さんの胃を、蠱毒に使う壺の代わりとして利用したんですよね?」
これはかなり倫理に反しているし、非人道的な方法だ。こんな方法で蠱毒を使った事例は、オレが知っているかぎりじゃ聞いたことがない。
はっきり言って、オレもここまでとは思ってもいなかった。裏はあるだろうと思ってこの依頼を受けたが、毒虫の死骸が遺体から出てくるまで予想出来なかった。
だからこそ、こんなやり方が出来た壽松木 達彦という人物が、とても恐ろしく思う。少なくとも、普通の精神状況じゃ無理だ。愛していた妻の体でこんなことをするなんて、イカれている。
「憶測でしかないですが、こんな方法をとった理由は奥さんの霊を使役し、イジメの主犯格らを呪い殺すためでしょう? 恐らく、薊さんは生前の霊力が多く、また、虐められた怨みなどといった要因が重なり、霊として貴方の前に姿を現した。その力を利用すれば、呪い殺す確実性が増すと考えたんじゃないんですか?」
怨霊であれば尚更だ。元からある負の力を増幅させれば、労力も少ない。
「霊が出現した直後なら、霊と死体にはまだパスが繋がっていたことでしょう。そこに蠱毒を行うことで、蠱毒の呪いを霊に帯びさせようとした。そんな方法を取った理由は恐らく……いじめられた奥さん自身に復讐してもらうため、ですか?」
「ま、待って下さい!」
オレがそこまで述べると、達彦さんは声を荒らげて制止する。
「はい?」
「か、勝手に話を進めていますが、なんで私がやったと考えているんです? それに、私は霊能者じゃない。そんな方法が取れるわけがない! し、証拠はあるんですか? 私がやったという証拠が――」
「失礼ですが、『証拠はあるのか』と言う人は大抵犯人ですよ。……というか、いい加減芝居解いてくれません? オレが喋る量とんでもないことになるんですが」
「だから、私では――!」
「『愛する妻にそんなことできるわけがない』」
「!!」
「一言目でそう言えなかった時点で、自分が犯人と言っているようなものです。――本当は、それを言って欲しかったんですけどね」
「……っ」
オレの言葉に、達彦さんは押し黙る他なかった。
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