第22話 怨讐は誰が為に3
絶対に、許さない。
私は、絶対に許さない。
あいつらを、呪い殺してやる。
たとえ世間があいつらを許したとしても。たとえ██が許したとしても。
絶対に、殺す。
たとえその方法が人道から外れていようとも。たとえ倫理に反していようとも。
私は絶対に、あいつらを殺す――。
「ねぇ、あんなことできるんだったら倒せたんじゃないの、あれ」
居間が壊される心配もなくなり一段落したので二人に休憩を出した。その休憩中、炎灯がそう質問してきた。
逃げるという手段を取ったからか、いつもよりもさらに機嫌が悪そうだ。なまじ強いため、戦略的撤退もしたことがないのだろう。
「まぁ、倒せはしただろうな」
「じゃあなんで……」
「この任務は除霊が目的ではあるが、依頼者から、浄霊も視野に入れてほしいとの要望もある。しかし、あそこまで異形化してる以上、その原因も探らなきゃならない。その原因も探らず、浄霊のことも考えずサクッとハイ倒しました、じゃあ依頼者も納得しないだろう。そうなって良いのか?」
「ぅ"……それは…………」
実際、倒すことはそう難しいことじゃない。オレの場合、居間に入らなくても中の構造さえ理解できれば居間を壊すことなく、怪異のみを呑み込むように虚数空間を展開させれば済む話だ。
そうしなかったのは、浄霊できる可能性を棄てたくなかったからだ。まぁ、途中からは浄霊のことよりも、どうして異形化したのかを調べたかったからというのもある。
「……わかったわよ。じゃあどうすんの、これから。調査すると言ってもあれじゃあ……」
「あぁ、あの怪異からはあれ以上のことはわからなそうだしな。だが、これがある」
そう言ってオレはゴム手袋をすると、虚数空間からあるものを取り出す。
「……なにそれ」
「最後の方に、死体から出てきたあれだ」
「い"!?」
炎灯が後ずさり、顔を顰める。
そうなるのも無理はなく、死体から出てきたものなど誰も触りたがらないだろう。
「あんた、よく触れるわねそんなのっ」
「いや、オレでも素手じゃ流石に気が引ける。だからこうして手袋を」
「それでも無理って話をしてるの!」
さらに、出てきたものには黒ずんだドロドロとした液体……つまりは時間が経ちすぎて腐敗しかけた血が纏わりついている。それだけじゃなく、他にも何かの液が纏わりついており、かなりぐちゃぐちゃだ。
触れ、と言われても触ることができるやつは少数だろう。霊能者か本職の監察医などぐらいしかできないだろうな。
「いや、霊能者ならできると言わないで。できないやつ私だけじゃないから」
「とは言っても、これは貴重な資料だ。調べなきゃ始まらない。……まぁ、この中身を見たときからある程度は想像できてるけどな」
「え? それ、ほんと?」
この資料に加え、ソフィアが解析した毒の数々、呪いを帯びた毒、というのものから考えられるのは一つしかない。
だが……。
「今は教えられない」
「は!? なんでよ!」
「まだ確定してない。それに、それだけじゃあそこまでにはならないからだ」
そう。
もし予想が当たっていたとしても、異形化の原因ではないからだ。いや、原因の一つと言っていいだろう。
言葉通り、それだけじゃあ、あのような怪異には成り果てない。
まだ、何かある。
「それが何なのかを調査するために休憩をとらせたんだ。調査は主に分身の式神と、
「待機って、どれくらい……」
「まぁ、一日で終われば良い方だな。こちらもお願いする立場だ、急かすわけにもいかない」
「その調査、私たちでもできないの? さすがに退屈すぎるんだけど」
「地道な調査で良いのであればだが……なるべくはここにいて欲しい。すぐに壊される心配はないとはいえ、あれを見ておく役は必要だ。結界を張ったオレはもちろん、あと一人は欲しい。その場合、どちらかに調査に行ってもらうことになるが、どちらがいい? その判断は炎灯と薬王樹に任せる」
「……わかった。少し陽と話してくる」
炎灯はそう言うと、離れた場所にいる薬王樹へと向かっていった。
数分後、炎灯と薬王樹の、多少の言い争いを含めた話し合いは終了し、今度は薬王樹がこちらに向かってくる。
話し合いの結果、二人ともここに残るそうだ。まぁ、こちらとしては有難いが、おそらくオレから目を離したくないってのが本音だろう。嫌われてるのが功を奏したな。
オレは薬王樹に改めて、居間に注意しながら休憩しておくように伝えた後、無線を先生へと繋ぐ。
「先生、物部 光です。今大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だよ。どうかしたかい?」
「実は、先生に調べて欲しいことが――」
先生は技術部隊の隊長で諜報部隊でもなんでもないが、顔が広く、色んな人のコネを持っている。それに頼ろうと考えたのだ。
オレは今受けている依頼のこと、怪異の状態などの状況を説明し、調査して欲しい内容とどうして調査して欲しいかを伝えた。
「――そうか、そんなことに……。わかった、こっちでも調べてみるよ。そっちは大丈夫かい? 話を聞くかぎりかなり異様な状況みたいだけど」
「大丈夫です。かなり異質な強さを身につけていますが、それでもオレどころか薬王樹や炎灯どちらかだけでも片付けられるレベルです。そこは問題視していないんですが、もう一つお願いがありまして……」
「? なんだい?」
「他に、調べて貰いたい人物がいまして――」
オレは、依頼を受けている間に怪しく感じた人物のことを伝えた。
「――なので、そいつの身辺調査を別でお願いしたいんです。大丈夫ですか?」
「うん、それくらいならオッケーさ。遠慮せず、もっと頼ってもらって良いんだからね?」
「もう充分に頼らせてもらってますよ。……じゃあ、そういうことでお願いします」
オレはそう言って無線を切る。
後は、先程言ったように先生とは別にオレの分身が調査しているため、その結果を待つだけ。
そう思い、オレは薬王樹たちと一緒に居間に注視しつつ、時が経つのを待った。
数時間が経ち、夜中の十二時を過ぎた頃。
いきなり、感知結界が反応した。
オレは最初、居間の怪異が封印を破ったのかと思った。しかし、結界から感じる手応えは、内からではなく外からの衝撃だった。
反応した場所を見てみると、結界の上に複数の怪異が群がっているのを視認できた。
薬王樹たちもそれを確認できたらしく、訝しんだ様子でそれらを見ていた。
「なんだ? あの怪異の霊力にあてられたのか?」
「でも、あれの霊力は居間から全然出てないけど……。それに、あんなに群がるほどの霊力なんてどこからも……」
「待ってろ、オレが祓う」
そう言って素早く屋根の上に登り、結界の外に出ると、テキパキと怪異を斬り捨てる。そこまで強いのもいなかったため、簡単な作業だった。
これで終わり――と思いきや、前方からまた違う怪異らがこちらに向かっていることに気づく。
「……?」
怪異が何度もやってくるという時点で不可解だったが、特に何も考えることなく、霊力をほんの少しだけ解放した。怪異は霊力を求めるからだ。
そしてオレに向かってくる怪異を斬ろうと構えたオレだったが――。
怪異はオレを素通りし、彼女のいる居間の上辺りに群がったのだ。
「!?」
明らかに、おかしい。
自分で言うのもなんだが、オレの発する霊力は怪異にとって美味しく感じるらしく、霊力をうまく扱えなかったときは大量の怪異に囲まれたこともあった。
そんなオレの霊力をチラつかせてもこっちに一匹も寄ってこなかったのは初めてだった。
いよいよおかしいと思い、オレは一旦結界の中に入ると、薬王樹たちに指示を飛ばす。
「薬王樹! 炎灯! どっちか、上に寄って来る怪異を適宜退治してくれないか?! おそらく、まだ怪異が寄って来るはずだ!」
「それはいいが、何かあったのか? 確かにこれだけの怪異が寄って来るのはおかしいが……」
「多分、この家にはまだ何かある! オレはそれを調べる! その間、頼めるか?」
「……アンタの言うこと聞くのは癪だけど、私がやるわ。私の力、ずっと抑えてるとキツいからテキトーにガス抜きしとくわ」
「じゃあ俺は居間の監視だな。舞、行ってこい」
「助かる! 頼む!」
二人はオレを嫌ってはいるが、きちんと動いてはくれる。これも、一緒に任務を受けていなかったら分かり得なかったことだ。
噂などを聞いていると全く言うことの聞かないじゃじゃ馬というイメージがあったが、もしかしたらオレと同じようにねじ曲がった醜聞で苦労しているのかもな。
そんなことを思ったが、今考えるべきことはそれじゃない。
なるべく速く、怪異が寄る原因を確かめなければ。
「――」
と言っても、調べる場所は多くない。怪異が寄ってきているのが居間なのだ、その近辺を調べればいい。
最も怪しいのは天井だ。床にあってもおかしくはないが、それだと上ばかりに集まってくる理由には足りない。
しかし、どうやって調べる? もし怪異を呼ぶ何かが居間の天井にあったとしても、一度封印を解くしかない。それでは意味が……。
そこまで考えたところで、最後の封印を施したときに呪符を欄間の隙間から潜らせて張ったことを思い出す。
「そうだ、天井裏だ……!」
天井裏であれば封印を解く必要もない。さらに、彼女の上司が天井裏に連れさられたと聞いたときから調べたいと思っていた。
もしかしなくても、そこに何かがある可能性が高い。なかったら……最終手段で封印を解くしかないか。そんときはそんときだ。
オレは他の部屋にあった押し入れから天井裏に入り、居間(の天井付近)に向かいながら、他の場所にも注視しつつ捜索する。
そして、居間の天井裏にオレが張った呪符とは別に、違う呪符が張られているのを発見した。
独特の文字と紋様が使われているため詳しいことはわからないが……間違いなく、これが怪異を呼んでいる原因だ。
オレはその呪符を虚数空間へと入れることで、呪符の効果を失くすとともにそれの解析を開始する。
「さて……あとは黒幕を問い詰めるだけ、だな」
天井裏にいるため締まらない格好をしている状態ではあるが、調査が終わり次第その準備を始める決意をしたオレであった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます