第21話 怨讐は誰が為に2


 怪異が静かになったのを見ていたオレたちは、怪異の動向を窺いながら口を開く。


「……どうする? 調査……できるの? これ」

「あの覆ってるやつをどうにかしないと調べられなくないか? というかなんで覆われてるんだ?」

「明らかに普通の幽霊じゃないのは言うまでもないけど……何より霊力の質が気持ち悪い……。まるで色んなものをごちゃ混ぜにしたかのような……」

「確かに言えてるな。しっかし、改めて見ると見た目も人間の形してなくて気持ち悪いな、ちょっと」

「……とりあえずこれ以上暴れられても困るし、今からこれをまるごと虚数空間に取り込む。それから――」


 そこまでオレが言ったところだった。

 そこで怪異が突然動き始めたのだ。


「! 離れろ!!」


 全員、話していたとはいえ警戒は解いていなかった。

 なのでオレたちは再び構えたのだが、その瞬間に怪異が、口から黒い針のようなものを数十本、オレたちに向けて放たれた。


「チッ……!」


 おそらく反射だったのだろう。

 炎灯は舌打ちしながら、手の中で発火させた炎を放とうとする。

 だが、今からやろうとすることを考えると、明らかに今までの比ではない火力を出そうとしていた。


「やめろ、炎灯!!」

「!」


 その炎が放たれたら確実に家に火がつく。

 そう判断し、オレは炎灯に制止する言葉をかける。

 先程と違い、炎灯はすぐ炎を消した。

 だが、火災の危機がなくなっただけで、自分たちの危機は去っていない。


(思わず火消しちゃったけど、どうすんのよコレ――!)


 特に、オレたちよりも前に出ていた炎灯に危機が迫っていた。

 しかし。


虚無の嘆壁サイレント・ウォール!」


 オレは黒い針とオレたちの間の空間に、壁のように虚数空間を展開する。

 突如として放たれた怪異の攻撃が全て、それに消えていった。


「「――!!」」


 至近距離で見ていた炎灯はもちろん、薬王樹からも驚いた気配を感じとった。


(うそ、あれを一瞬で……!? いやそれよりも、この規模を一瞬で展開できるの!?)

(これが空間系の能力……! 味方で良かったと本気で思うぜこれ……)


 そういえば、知ってると思って二人には言ってなかったな。見せるのも今回が初だ。

 しかし、二人の反応を見る限りオレの能力は知らなかったようだ。意外とオレの能力は広まっていないのか?

 もしくはあれか、化け物とか「神混じり」とかの噂が主だっているから能力に関してはあまり広まっていないのかもしれないな。


『ヒカル、解析できました。今伝えても?』

「!」


 そんなことを考えていると、解析が終わったソフィアから念話が入る。


『あぁ、頼む。どうだった?』

『結論から言うと、毒ですね。成分はペプチドにセロトニン、タンパク質、ヒスタミン、ポリペプチド、ピペリジンアルカロイド……かなり多種多様な毒が混ざってます』

『……その成分、全部虫関連か?』

『! よくわかりましたね、その通りです』

『最後のはヒアリの毒成分とすぐにわかる。あとはスズメバチとムカデか? 毒虫のオンパレードだな』

『まだ他にもありますが、一番重要なのはこれら全てに呪いがかけられてることです。恐らく、呪詛ずそ的な何かの影響かと』

『……わかった、恩に着る。助かった』

『いつものことです。では、頑張ってください』


 ソフィアはそう言い残し、念話が切れる。

 しかし、なぜ毒の成分が殆ど虫なんだ? 呪いがかけられてることに関しては怨霊だからということで片付けられるが、虫となると話は別だ。

 一体、彼女に何が……?


 いや、考えるのは後だ。今は対象を沈黙させるのが最優先。

 現に今、怪異は力を蓄えている途中だ。

 行動を起こす前に、さらに畳み掛ける!


「歪流二刀術、刃旋風!」

「!」


 オレはさらに怪異の手足を斬りとばす。

 怪異は反撃しようと口から何かを出そうとするが――。


「覇極流、剛昇拳!」


 薬王樹による下からの衝撃がアッパーの要領で突き上げ、攻撃が中断される。


「炎武、赫閃の矢・三連ッ」


 さらに、炎灯から放たれた熱線が追い討ちをかける。

 容赦なく向けられた攻撃に為す術なく、怪異は悲鳴すら上げることもできない。


虚無の飛礫エンプティック・ボム


 そしてオレは怪異にいくつもの、拳大ほどの小さな虚数空間の塊をぶつける。

 これがダメ押しの一撃となり、怪異は呻き声を上げながら再び静かになった。

 しかし――。


「ねぇちょっと、あれ……!」

「「……!?」」


 最後のオレの一撃で、覆われていた黒いのがとれ、中身が露わになっていた。

 その中身は白く、生気のない……死体だった。


「どうなってるんだ!? あれは幽霊って話じゃねーのか!?」

「……あぁ、そのはずだ。だが、あれは――」


 霊能者が死体と幽霊の体を見間違えるはずもない。中から出てきたのは間違いなく、死体だった。

 尚更意味がわからなくなってきた、そのときだった。

 オレの攻撃により、体を覆っていた黒い呪いの毒(以後、呪毒と呼称)が一部消えただけでなく、今あらわになった死体にも傷をつけていた。

 その死体の腹部付近の傷から、黒い物体が零れ落ちたのだ。


「!? あれは――?」


 今いる距離からはそれが何かまでは判別出来なかったので、すぐさまそれを虚数空間に取り込む。

 すると、怪異は再び動き始めた。


「█████████――!!!」


 言葉にもなっていない、まるで獣のような咆哮を発する怪異。

 そしてその咆哮に共鳴するかのように、死体を包む呪毒の量が増していく。呪毒は再び死体の全てを覆い、オレが付けた傷も見えなくなった。


「まさか、再生!?」

「マジでなんなんだこいつ!」


 それだけではなかった。

 さらに呪毒の量は増し、膨れたかのように表面積を拡大してゆく。

 オレは、それに悪寒を感じた。


「オレの後ろに下がれ、何か来る!!」

「「――!」」


 オレは思わずそう叫んでいた。

 そして直後、それが正しかったと証明される。

 二人がオレの後ろに向かった瞬間、呪毒が弾けた。

 いや、弾けたと言うよりも、あれで攻撃していた時と同じように細長く伸びたいくつもの呪毒が、四方八方に向けて展開されたのだ。まさに無差別攻撃のように。


「虚無の嘆壁!」


 オレは自身の目の前に虚数空間を展開し、それを防ぐ。

 しかし、それはオレたちに向けられたものだけで、他の場所に伸びていった呪毒は天井や襖、壁、床、欄間など至る所に張り付く。

 そして張り付いただけでなく、それぞれにとんでもない力が込められているらしく、居間全体から軋む音が鳴り響き始める。


(これは、マズい……!!)


 この居間の四方には全て封印の呪符が貼られており、結界のような強固な空間となっている。

 しかし、床や天井にそれは貼られておらず、普通の家の強度と変わらない。そんな場所に怪異の力が加われば壊されてしまう。

 さらには呪符が貼られている襖からも軋む音がしている以上、この状況が続けばいつ壊されるかわからない。


「炎灯、薬王樹! 今すぐここから退却する!」

「はぁ!? ここまできて!?」

「ここまできたからだ! このままじゃいずれ、居間どころか家自体が崩れかねない! そしたら依頼も達成できないだろう?!」

「ぐっ、それは――」

「いいから早く出てくれ、オレはこいつを一旦鎮めてから離脱する!!」


 オレは懐から十数枚の呪符を素早く取り出すと、その内の五枚を使用する。


符術ふじゅつ 撃式げきしきノ壱、五星爆ごせいばく!」


 呪符が一直線に怪異に向かい、その眼前で五芒星の形に配置、直後に爆発した。

 顔がけるように調整したが、大してダメージは与えられていないだろう。変に致命傷を与えてこれ以上暴れられても困るしな。

 本当の目的は目くらましと、至る所に張り付いた呪毒と少しでも切り離すことだ。ぶっちゃけ目くらましさえ効いてればいい。

 オレは残った十余枚の呪符も使い、それも怪異に向けて飛ばす。


「符術 縛式ばくしきノ貮、禁身縛鎖きんしんばくさ!」


 呪符全てが怪異の体に張り付いた瞬間、呪符から霊力で形作られた鎖が出現し、怪異を縛ってゆく。

 保険で十枚以上使って縛ったが、脅威度がB以上であるため長くは効かないだろう。だが、少しでも動きを止められればそれでいい。


 この隙に後ろにいた二人は居間から出ていたようなので、オレもその後に続いて部屋を出る。

 オレも無事居間から脱出できて一安心――とはならない。オレにはまだやる仕事が残っている。

 襖を閉めた後、オレはさらに呪符を懐……ではなく虚数空間から数十枚取り出し、霊力を用いて操る。


「符術 縛式ノ參、封呪禁牢ふうじゅきんろう!」


 数十枚の呪符が一気に散りばり、目の前の襖だけでなく他の居間三方の襖に張り付く。また、床の隙間や欄間、天井の隙間から居間の上下にも何枚もの呪符が張り付く。

 これで擬似的な結界が出来上がった。

 前に霊能者が貼った呪符の効果もまだ残っている。これで一日以上はもつだろう。


「ふぅ……」


 漸く一段落し、オレはため息をつく。


 初共闘の戦闘は、戦略的撤退で一旦終了したのだった。

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