第20話 怨讐は誰が為に1


 恨めしい。

 怨めしい。

 うらめしい。

 ウラメシイ。

 ウラメシイ。ウラメシイ。ウラメシイ。

 ウラメシイウラメシイウラメシイウラメシイウラメシイウラメシイウラメシイウラメシイウラメシイウラメシイウラ█シイウ█メ█イ█ラ██イ███シ█████████。

 ……恨メシイ。

 許サナイ。絶対ニ。

 全員残ラズ、呪イ殺シテヤル――。




 オレたちの制止も間に合わず、炎灯は居間の襖を開けてしまった。

 だが……。


「? 真っ暗で、何も見えない……?」


 襖の先に待っていたのは、何も見えないほどの暗闇だった。

 何かが居るのは確実だが、開けてすぐに襲ってくることがなかったことにオレと薬王樹は安堵した。

 しかし、何も反応がないわけではなかった。


 炎灯の顔の目の前に、三つ穴の空いた白い楕円形の何かが突如出現した。

 上に一つ、下に並んだ二つの穴が空いており、まるで能面かデスマスクのようなのっぺりとした何か。


「え?」


 怪異を退治するという、現実から離れたような仕事をしているオレたちが言うのもなんだが、現実からかけ離れたようなその光景が突如目の前で起こったことで、オレたちの思考は鈍っていた。

 そう、それが、逆さになった人の顔だということに、気づくのが遅れたのだ。


「下がれ、炎灯!!」


 オレは叫ぶのと同時に刀を抜き、炎灯に向かって伸びていた黒い何かを斬り裂く。

 未だ思考が停止していた炎灯は動けなかったが、オレとほぼ同時に動いていた薬王樹が炎灯の服の首根っこを掴んで引っ張るという荒々しい形ではあるが助けに入っていたため、難を逃れた。

 暗闇から伸びていたそれはポトポトと畳に転がる。

 それが何かはわからないが、襖の先に広がっていたのは暗闇ではなく、怪異の体だったのだ。


「臨戦態勢をとれ、炎灯! 来るぞ!」

「ッ……! わかってるわよ!!」


 炎灯の思わぬ行動で何の準備もできず戦闘が開始してしまったが、過ぎたことなのでしょうがない。

 当の本人である炎灯も苦い顔をしているし、自分がしてしまったことは理解できているようだ。まぁ、それでも小言は言わせてもらうが。


「なるべくこいつの黒いやつに触れるな! 何が含まれているかわからない、オレの解析が済むまで直接攻撃は避けろ!」


 先程オレが斬った黒い物体は、もう既に虚数空間に取り込み済みだ。

 これから戦闘をするオレに解析する余裕まではないためソフィアに任せてある。あとは戦闘中にその解析結果が出るのを待つだけ。


「それと炎灯、わかってるとは思うが炎の威力は下げろよ!」

「さすがにそれくらいはわかってるわよ! なめてんの!?」

「さっきオレの制止を無視して襖を開けたから念の為だ!」

「ぅぐ………………悪かったわよ」


 最後にボソッとではあるが謝ったな。

 声が小さいのはいただけないが、嫌いなやつにもちゃんと謝れるようなら何より。


「あとは、なるべくこれを居間に押し込んで戦う! そうして壊れる箇所を少なくする! 以上!」


 オレは口早にそう指示を飛ばした。

 当然だが、怪異がオレが言い終わる前に攻撃を開始したからだ。

 黒く細長いものがいくつも向かってくる。

 もし毒があれば、治るとはいえオレも直接触れたらその間は行動が制限されるため、なるべく避ける。


「炎武、豪炎躯・さい……ッ」


 炎灯はオレの忠告をちゃんと聞いてくれたのか、出力を抑えた炎を手に纏い、それで向かってくる黒いのをいなして対処している。


 炎灯はその持っている能力で誤解されがちだが、体術はかなりのもので、近接戦もそつなくこなす。

 考えてみれば当然で、能力抜きの評価がB-なのはその体術があるからである。薬王樹ほどとはいかないが、少なくともオレの体術の技術よりかは上だ。

 つまり、能力を除いても、炎灯は足でまといにはならない。

 ……さっきのはノーカンで。


「どぉりゃあ!!」


 オレと炎灯が黒いのの攻撃に対処する中、比較的向かってくる攻撃が少なく余裕のあった薬王樹は掌底を突き出す。

 それは覇極流体術でも基礎中の基礎の動作。技でもなく、ただの掌底。

 そのただの掌底が、向かってきていた少数の黒いのごと、居間から出ようと乗り出していた怪異を後方に吹き飛ばした。

 それを見ていると、薬王樹の異名が「拳聖」であることに納得できる。

 ただの拳、掌底だけで怪異と渡り合う人物は、そういないからだ。


 吹き飛ばされた怪異を追ってオレたちも居間の中に入ると、その怪異の容貌がようやく見え始める。


 相変わらず体は黒い何かで覆われていて、それが本体なのかそうでないのかさえわからない。

 少なくとも見た目上は昆虫のように頭、胴、腹にわかれており、腹に至っては虫のそれ。

 そこから何本も、まるで鎌に似た形をした長い脚と手が生えており、顔さえ除けば虫がごちゃ混ぜになったかのようにしか思えない形をしている。

 そしてその顔も、口と目から黒い液体が絶えず溢れるように垂れており、異様としか言いようがない。


 明らかに、人の原型を保っていない。

 間違いなく、ただの幽霊ではなかった。

 どうしてこうなってしまったのかかなり気になるところだが、今はこれを無力化することが最優先だ。

 薬王樹の攻撃で怯んでいる今が、攻める好機。


「歪流二刀術、八華はっかせん!」

 

 オレは素早く二刀目を抜き、八連撃の攻撃で怪異の手全てと脚のいくつかを斬り落とす。


「炎武、赫閃かくせんの矢!」


 怪異がオレの攻撃により悲鳴を上げるよりも速く、攻撃した炎灯。

 炎の攻撃というよりもそれを圧縮した熱線のような攻撃で、一切火の粉が飛び散っていなかった。

 本領を発揮できていない状況だが、今のところ炎灯は戦力として見劣りしていない。流石の一言だ。


「████████████!!」


 その熱線は顔に命中し、怪異は堪らず手で顔を覆う。


「覇極流体術、轟拳貫鉄ごうけんかんてつ!」


 そして薬王樹はその手ごと、今日の最大威力の衝撃を顔に炸裂させる。

 さらに後方に吹っ飛んだ怪異は凄まじい勢いで後ろの襖に激突した。

 本来なら襖の方が衝撃に耐えきれず壊れてしまうだろうが、大量の呪符により結界の役目をしているのか岩壁のように硬くなっていた。

 そのため、怪異の体の方が耐えきれなかったようで、体の一部である黒い半固形状のものが辺りに飛び散る。

 そしてズルズルと重力にしたがって床に落ち、静かになった。

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