第19話 初の共闘任務


 実力を確認し合ったその翌日、オレたちは新たな依頼を受け、その場所に来ていた。


 オレたちが今いるのは依頼人の住宅前。

 見かけはただの古い日本家屋の一軒家なのだが、中から異様な空気が漂ってきており、怪異が見えない一般人でも避けたくなるような雰囲気が出ている。

 実際にその目の前にいるオレたちも、全員揃って顔をしかめた。


「うわ、何これ。昼間なのにここまでの存在感とか、今まで感じたことないんだけど」

「確実にヤバいやつだよなぁ、これ。ホントにただの幽霊なのか?」

「オレもここまでとは思わなかったな。だが、それを確かめて解決するのが今回の依頼だ」


 怪異はなにも、妖怪のような人外ばかりではない。

 死んで霊体となった者、つまり幽霊や怨霊などと呼ばれる元人間も、怪異の枠組みに入るのだ。




 今回の依頼主は壽松木すずき 達彦たつひこさん、二十八歳。

 事の発端は、彼の奥さんの自殺だった。


 彼らは共働きしており、それぞれ別の会社で勤務していた。

 彼の方はなんともなかったのだが、彼女の働いている職場が問題だった。

 彼女は職場で執拗な嫌がらせ……つまりイジメを受けていたのだ。

 上司も同僚もそれに加担しており、会社内では頼れる人がいなかったと言う。

 当初は、問題ないと彼女は強気だったのだが、それが何ヶ月も続くと心身共に疲れ果ててしまった。

 彼はイジメの主犯格らを訴えようと彼女を説得したが、そんなことをしても勝てるかどうかわからない上に、勝てたとしても結局職場で腫れ物のように扱われるだけだと、頑なに首を縦に振らなかったそうだ。

 そうこうしている内に……彼女はイジメに耐えきれず、自宅の居間で首吊り自殺をしてしまったのだと言う。


 これだけでも痛ましい、なんとも腹立たしくて悲しい話なのだが、この後が本題だった。


 彼は悲しみにれながらも、彼一人だけで彼女の葬式をあげたと言う。

 そうしたのは天涯孤独の身であったのと、彼女を殺したに等しい、彼女の勤務先の上司や同僚を呼びたくなかったからだ。誰だってそうするだろう。


 しかし、どうやって嗅ぎつけたのか、その葬式に彼女の上司が乗り込んで来たのだ。

 その上司に彼女を悼む気持ちは毛頭なく、終始ヘラヘラした笑みを浮かべていたと言う。

 そしてあろうことか闖入ちんにゅうしただけでなく、面白半分で彼女が自殺した居間に上がり込んだそうだ。

 とうとう彼は耐えきれず激昂し、その上司の胸ぐらを掴んで殴ろうとした――その瞬間に、それは起こった。


 彼女が首吊り自殺した場所の天井から、ドロリとした黒い物体が垂れてきたと言う。

 いきなりのことで頭が理解できなかったらしく、それが自殺した彼女の髪だときづくのに時間がかかったと話していた。

 その間にゆっくりと、彼女の幽霊らしき者が頭を下にした状態で下がってきたのを二人は目撃する。

 そしてそれは目にも留まらぬ速さで上司の腕を掴みあげると、悲鳴をあげる上司ごと天井に吸い込まれていったのだ。

 それから何かが折れる音、ひしゃげる音、潰れる音、破裂する音など様々な音が天井裏から響き渡ったかと思うと、それきり何事もなかったかように、それは姿を現すことはなかったと言う。


 彼はいきなりのことで理解できず一日中放心状態だったそうだが、漸く事態を飲み込めた彼は霊能者に依頼した。

 やってきたのは等級C+の霊能者で、そつなく除霊をしようとしたのだが、失敗したらしい。

 なんでも除霊に反発した霊が暴走し、ただの霊とは思えないほどの力を奮い霊能者に襲いかかってきたのだそうだ。

 霊能者は命からがら逃げ出したものの、それを居間に封印することには成功した。

 そのため、現在居間の中でどうなっているのか、誰もわからない。



 結局除霊はできなかったため、再度出された依頼がオレの目に止まり、こうして今その家の前にいる。

 三人揃って家を眺めていると、炎灯が口を開く。


「C+を圧倒するほどの力があるってことは、生前に相当霊力があったとか?」

「それと、自殺したぐらいだし恨みとかの念が強かったのもあるんじゃないか?」


 人間が死後幽霊になる詳しい条件はわかっていない。


 だが、絶対とも言える前提条件が二つあり、一つは生前の霊力、もしくは死ぬ直前の霊力が多かったこと。

 老衰などで亡くなった場合はこれに該当しないが、事故や病気、今回のように自殺した事例などでは、本来老衰するまで使う予定だった霊力が身体に有り余っている状況が多く、それをエネルギーにして幽霊になる、というのが一般的だ。

 もう一つは、死んだ時に抱いていた念が強ければ強いほど、幽霊になりやすいという傾向がある。

 これが特に恨みや悲しみ、怒りなど負の感情であれば尚更だ。これは、負の感情の方がエネルギーを作りやすいからだとも言われている。

 怨霊、悪霊がいても、良い霊が少ないのはこのためだ。


 二人が言うように、この条件のどちらか、もしくは両方が原因で幽霊になったと考えるのが妥当ではあるのだが……。


(それだけで、ここまでの圧を放てるようになるのか……?)


 例え二つの条件が重なったとしても、ここまでになるとは聞いたこともない。

 実際、それらが重なった場合でも大抵はC程度の実力で倒せるほどだ。この依頼を最初に受けた霊能者もそう考えたはず。


(だが、そうはならなかった……)


 C+の実力を持っていても逃げ出すしかなかったほどの力を、彼女は持っていた。間違いなく、B以上の脅威度だ。

 そこまでになるには、もっと別の原因があるはずだが……。

 オレはそこまで考えて、頭を振った。


(それを今考えても正解はでやしないか。それこそ、さっき言ったように直接確かめるしかない)


 オレがそう考え直したところで、炎灯がある提案をする。


「ねぇ、私の炎で家ごと燃やすのはどう? それなら彼女をここからでも直接叩けるし、浄化もできる。家は依頼主に許可もらって、百鬼夜行ひゃっきやぎょうの方で新しいの用意したら文句言われないんじゃ?」


 浄化というのは、文字通りけがれを祓って清浄にすることを指す。

 炎灯の使う炎、というよりは炎全般に言えることだが、燃やすという行為は浄化にとって一番の方法なのだ。


 古来より、炎によって燃やすという行為は神聖なものとして扱われた。

 今も行われる火葬も、元は死という不浄を祓う目的として炎が使われたことが由来だ。

 それが今でも日本人に、強いては世界中で信じられているのだ、効果がないわけがない。

 故に、炎によって浄化できないものはないとされている。

 だから、炎灯の提案も悪くはないのだが……。


「良い案だが、それはできない。依頼主の願いで家は壊せないんだ。戦闘で多少は傷ついても良いが、妻と過ごした思い出を壊したくない、と言われてはオレたちにどうすることもできない」

「それは、確かに……」


 提案が却下されたこと、依頼主の思いに同情したことで炎灯は少ししょんぼりとした顔をする。

 そんな炎灯の頭をわしゃわしゃと荒っぽく撫でる薬王樹。


「お前らしくもねーな、舞。いつもなら、怖気付くことなく直接やるのによ。それなのにここから家ごと焼こうなんざ、お前が言うとは思わなかったぜ?」

「だって、ホントに嫌な予感しかしないのよ、この家。私もらしくないとは思うんだけど……」

「ふーん……?」

「ともかく、早く家に入るぞ。鍵はもらってある」


 炎灯の勘も気になるが、いつまでも家の前で突っ立っていたら地元の人に不審に思われるかもしれない。

 オレが鍵を開けて家の中に入ると、空気がさらに重くなったのを感じた。二人が無言になったのも、それを感じたからだろう。

 オレは進みながら、居間に着く前に二人に忠告する。


「先程言ったように、家を壊すのは依頼違反にもなりうるから戦闘には細心の注意をはらうように。特に炎灯、お前の炎は引火して火災になりかねない」

「わかってるわよ、アンタに言われなくても自分がよく理解してるわ」

「俺は覇極流で壊さなければなんとかなるって。ある程度照準は絞れるしな」

「わかった。オレもできるだけ霊力を飛ばさずに直接斬るようにする。二人もそのつもりで、良いな?」

「……」

「りょーかいっと」


 そうしているうちに、目的の居間にたどり着いた。


 幽霊がいる居間は、なんとも不気味な雰囲気だった。

 それは単に幽霊が出しているであろう圧だけでなく、彼女を封印している呪符が、ふすま貼られていたからだ。

 それを見たオレたちは、異様な光景に言葉を失いかけた。


「なに、これ……」

「凄まじいな……」

「おい来てみろ、こっちにもびっしり貼ってあるぞ」


 廊下から開けられる襖にだけでなく、客間から居間に行ける襖、台所からの襖、居間の背にあたる壁にまで封印の呪符が貼られており、居間の四方全てに呪符があった。

 これだけで、これを貼った霊能者がどこまで本気だったかがよくわかる。

 だが、それでも不十分だったのか単に彼の力が足りなかったからなのか、襖の境目付近にある呪符に異変がみられた。


「なにこれ、カビ……?」

「カビ、っぽいな」


 それらには全てカビが生えており、呪符の効果が弱まっているのが丸わかりだった。

 早く受けて正解だった。これを放置しておけば、間違いなく数日で居間から彼女が出てきただろう。


「気持ち悪いわね……」

「なんだ? ビビってるのか?」


 炎灯が尚更怖気付いたような態度を示し、それを見た薬王樹はニヤニヤと炎灯を煽る。

 ……このやり取りを見ていると、まるで友人というよりも兄妹のように見えるな。


「ば、何を言ってるのよ! 私がビビるわけないでしょビビるわけが! そんなこと言うなら証明してやるわよ、この襖開けたらビビってないって言えるでしょ!」

「え? ちょっ、おまっ、バカ!」

「は? 何してるんだ炎灯! 止めろ!」


 だが炎灯は煽りを受けると、怒りのままに襖を開けようとする。

 煽った本人の薬王樹は予想外だったのかそれを止めようとした。


 恐らく、炎灯は先程の発言といいまず怖気付くような性格ではないのだろう。まぁ、これはオレでも予想はつく。

 だが、幽霊から何かを感じているのか、先程から弱気に思えるような発言ばかりで、薬王樹もそれをからかっていた。

 炎灯も同じことを思っていたようで、らしくないのを誤魔化すためにこのような暴挙にでた。

 だからこれには薬王樹も驚く他なかっただろう。


 オレもいきなり前準備もなしに襖を開けようとする行為が予想外すぎて目を離しており、直ぐに止められる場所にいなかった。

 まぁ、オレが止めようとしても叩かれるのは目に見えているが……。


 結局、オレたち二人の制止は間に合わず、炎灯は襖を開けてしまった。

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