第18話 光の実力
煙々羅討伐の後処理を終えた光たち三人は、煙々羅出現地から十数キロ離れた山奥に移動していた。
今回は先程と違い光が一人で戦うため、光は二人よりも前に出て、それを待ち構えた。
そして、それが姿を現す。
その怪異の名は、
脅威度A-の怪異であり、日本各地に伝説を残す、鬼や河童などに並ぶ有名な怪異の一つである。
有名、というだけでもその強さが窺い知れるのだが、この怪異の特徴と言えば間違いなく、その大きさだろう。
目の前に現れた大蛇は、ざっと見ただけでも全長二十メートルを超すほどの体躯。顔も大きく、口を少し広げただけでも人二人まるごと飲み込めるほどに大きい。
怪異といえどここまでのクラスは中々おらず、今回戦う光はおろか舞や陽さえも対峙したことがない大きさである。
しかし光はそれに怖気付くこともなく、刀を持ちながらも自然体のままそれの目を見据える。
大蛇も光の様子を窺うかのように凝視していた。
そうして睨み合いの時間が数分過ぎた後、一向に動こうとしない光にイラついたのか、先にしびれを切らしたのは大蛇だった。
尻尾を鞭のようにしならせ、その巨体からは想像が出来ないほどの速度で攻撃してきた。
光はそれを読んでいたのか、大蛇の攻撃を躱しそのまま大蛇へと突っ込んだ。
そして光は霊力を纏わせた刀で攻撃した――のだが、とてつもなく硬い鱗に阻まれ、その体に傷がつくことはなかった。
(く、予想以上に硬い……!)
光は今まで色んな怪異と戦ってきたが、能力を使っていないとはいえ全力で攻撃したのにも関わらず傷一つつかないのは初めてだった。
大蛇はその隙に再び尻尾での攻撃を仕掛けてくる。
それに気づき光は危なげなく躱すも、再び距離を取ることを余儀なくされる。
それを後ろから見ていた舞と陽は、大蛇の攻撃範囲内にいながらもどこかリラックスした様子で話していた。
「聞いていた通り、かなり硬そうね」
「みたいだな。霊力耐性もあるって話だが、舞、お前なら炎でどうにかできそうか?」
「……あの感じだと、私の最大火力一歩手前でも、数回は焼かないと貫通は無理そう」
「やっぱか……。俺の体術でもキツそうだ。一応一撃でどうにかできる技はあるが、あれはゼロ距離で撃ち込まないと効果が薄いからな……。それまでに攻撃食らう自信ある」
「私も、一人ではキツい。それをあいつ一人で、しかも能力無しでやるとか、無謀もいいとこよ」
大蛇は有名な怪異ということもあり、そこらの怪異よりも格段に強い。
霊力を纏わせ切れ味を上げた攻撃だけでは傷つくことのない、霊力耐性をも兼ね備えた鱗に守られた頑強な肉体。
図体に似合わない移動速度。
鞭のような攻撃を可能にする尻尾。
人の体はおろか武器をも軽々と砕く牙。
目だけでなくピット器官を駆使し、赤外線レベルで探知する感知能力。
どれをとっても脅威で、等級A以上の霊能者でも手を焼く。それが、今光たちの目の前にいる怪異である。
舞の言うように、それを一人で、能力も使わないで倒すなど無謀も無謀。
但し、光ならばその話は別である。
光は大蛇の様子を窺いながらも刀を鞘に戻すと懐から鎖鎌を取り出し、分銅側の鎖を短く持ち右手で鎌を頭上で素早く回転させる。
そして大蛇がアクションを起こす前に、右手の筋力強化を施すと、その手にある鎌を大蛇に向かってサイドスローの要領で投げた。
通常の
それに驚いた大蛇はそれを振り払おうと暴れようとするが、光はその隙に左腕にも筋力強化を施すと、鎌側の鎖が巻き終わる手前で分銅側の鎖を力の限り引き寄せる。
「シャ?」
一瞬何が起きたのか理解出来なかったのか、呆けたような声を出した大蛇は、人間の範疇を超えた力で引っ張られ体勢が崩れる。
すると、巻きついている途中で支柱が動いたため鎌の軌道が変わり……鎌の刃先が大蛇の右目に深々と突き刺さった。
「ギシャァァアァァァ!!?」
例え全身硬い鱗で守られていたとしても、目はそうではない。
それを突かれた大蛇は痛みにのた打ち回る。
しかし、光の攻撃はまだ終わっていない。
光は左手に鎖を持ったまま大蛇の頭上へ跳躍すると、空いた右手で先程とは違う刀、直刀を抜く。
その直刀に極限まで尖らせた霊力を纏わせると、空中で停止した瞬間に構えた。
「歪流剣術、
本来は
槍の如く一直線に放たれた直刀は光の狙い通り、尻尾の鱗の繋ぎ目に吸い込まれ――肉を抉るどころか貫通し、そのまま地面へと突き刺さった。
「ジャシャァアァァァアアッ!!」
大蛇は再び悲鳴をあげる。
片目を失い、尾も地に縫い付けられたのだからそれも無理はないのだが、その行為にはなんの意味もない。
無事尻尾を封じたことを確認した光は、自由落下をすると同時に再び左手に筋力強化を施すと、鎖を自分の方へと引っ張りあげる。
その尋常ではない力でも何トンもあろうかという大蛇の巨体を持ち上げることはできなかったが、引っ張ることには成功した。
さらに、落下をしている途中で引っ張ったため、光自身の体も大蛇へと引き寄せられる結果となる。
それこそが、光の狙ったことだった。
大蛇を少しでも引き寄せて光も大蛇へと近づくことで、普通に落下するよりも速く攻撃出来るように。
光は大蛇の頭めがけて素早く落下すると、その途中で抜いた刀を顔に深々と突き立てる。
大蛇が痛みで暴れたことにより少し調節が狂い、口の上へと落下することになってしまったためそれは致命傷とはならなかった。
大蛇もこのまま殺られるつもりはないと言わんばかりに光を睨みつけ、振り払うべく頭ごと体を揺らそうとする。
だが、光がその刃を突き立てた時にもう、大蛇の命運は尽きていた。
「歪流剣術、
光の刀の刃全体から、広がるように霊力の刃が放たれる。
これが普通に放たれただけであれば
メリメリッ、という音を立てた直後、まるで抵抗がないかのように刃は大蛇の顔を引き裂いてゆく。
そして刀の向きは顔の奥――つまり脳へと向けられているため、その刃は容赦なく、脳を右脳と左脳に分かつ。
それでは止まらず顔はおろか首を過ぎ、体の半分まで裂いたところで漸く止まった。
さらに刀の峰からも霊力を放っていたため、体の中央から顔の先まで見事に真っ二つにされた大蛇は断末魔をあげることもできず、息絶える。
死骸と化した大蛇はズゥン、と大きな音を立てて崩れ落ち、顔の先から塵となって消えていく。
地面に降りた光はそれを確認すると、鎖鎌と直刀を回収しにそこへと向かっていった。
傍からその一部始終を見ていた舞と陽は言葉を失くす。
分かってはいた。光がA-以上の実力があることに。
それでも、能力を使わずに同じランクの怪異をここまで圧倒するとは思いもしなかった。
霊能者の等級評価は主に、技能など能力なしの素の戦闘力と能力の二つでなされる。
しかし、重視されるのは能力ではなく個人の素の戦闘力だ。
それは能力を持たない者にも公平な評価を促すと同時に、能力に頼りすぎないようにするためである。これは特に、強力な能力を持つ者ほど顕著だ。
当初は能力込みで評価がなされていたのだが、能力面では敵と並んでいても戦闘力や身体能力が劣っているのにそれに気づかず能力に慢心し、能力に溺れた者が任務に失敗し死亡する事案が続出したため、二度とそのような事態を引き起こさないよう、現在このような評価が取られている。
その、能力によらない素の戦闘力を重視したことにより、百鬼夜行などの組織だけどころか霊能者全体の質が向上しており、その水準は怪異全盛の平安期と江戸時代中期に及ぶとさえ言われている。
その評価の中、A-という高い評価であるということはそれだけ素の技能が卓越していることを示唆する。
それでも、二人は疑問に感じていたのだ。
本当にそれだけの力があるのか、と。
その評価は不死や能力によるものが大きいのでは、と。
それゆえ、二人は疑いの目をもって光の戦闘を見ていた。
しかし、そんなことはなかった。
それどころか、素の戦闘力でも評価以上の力があることを伺わせる結果であり、これに能力が加わったらどこまで強いのかわからないほどだ。
驚きを飲み込み、暫く続いた沈黙の中、陽は漸く口を開く。
「これは、予想以上に凄いな……。このままじゃ足でまといになりかねない……。気を引き締めねーとな」
「…………」
冷や汗をかきながらも、どこか楽しそうにそう言った陽に対し、無言を返す。
舞もそのことがわかっているため、口にしなかった。
陽もそれを同意と見なし、それから特に何も言うことはなかった。
しかし、これからのことで楽しみがいっぱいな陽に対し、舞は唇を噛み締め、怒りを露わにする。
(わかってる。今の力じゃ、アイツに及ばないこと。でも!)
光を睨む力が増し、目元がより一層キツくなった。
(でも! だからといって認めるわけにはいかない……! あんな、仲間のことを仲間とも思わないようなヤツに、そんな力があるだなんて!!)
光ほどではないが疎まれていた二人でも、光の噂は耳に入っていた。
小隊が違うとはいえ仲間を傷つけたこと。
仲間の能力を喰って自分のものにしたこと。
命令を無視し単騎で突っ込み、怪異全てを喰らって自分の力にしたこと。
常に戦いの前線に出て闘うことで他の仲間の活躍の場を奪っていたこと。
枚挙に遑がないほどの多くの噂を聞いてきた。噂だけでなく、その場にいた本人から話も聞いたことがある。
もちろん全てが真実ではないだろうが、火の無いところに煙は立たないと言う。
故に、舞の中で光は「力はあるがそれを他人のためではなく自分のためだけに使う卑怯者」というイメージが定着していた。
だから、舞は憤った。
それだけの力がありながら、なぜ
(私は絶対に、アンタを認めない!!)
光は自身の実力を二人に見せつけることには成功したが、その関係に溝が深まることはなく、逆に暗雲が立ち込めるような結果となった。
しかし光はそれに気づくことなく、その日の任務は終了したのであった。
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