第17話 二人の実力 後編


 最初に飛び出したのは、以外にも炎灯だった。


「炎武、豪炎ごうえん!」


 炎灯がそう叫ぶと、炎が炎灯に纏わりつくように燃え盛り、その炎は両手両足に定着した。原理はなんであれ、付加術エンチャントのようなものだろう。

 炎を纏わせた炎灯は足を止めず、一直線に煙々羅へと疾走する。

 そして……そのまま炎灯は煙々羅に向かって跳躍した。


「!!?」


 煙々羅から驚愕した気配が感じられた。

 それもそのはず、煙々羅が現在いるのは地上から四、五メートルも上にいる。煙々羅は体が煙のため、自在に飛ぶことが出来るのだ。

 そのリーチ差をいきなりゼロ近くまで縮められたのだ、怪異といえど驚愕するのも無理はない。

 恐らく、纏わせた炎で擬似的な筋力強化の効果を出しているのだろう。まぁ、素の身体能力も大したものであるようなので、それが一番大きい気がするが。


「やぁぁッ!!」


 威勢の良い掛け声とともに、炎灯はその拳を煙々羅に叩きつける。

 しかし、意表を突いたとはいえ真正面からの攻撃だったため、煙々羅はこれを避ける。

 だが、炎灯の纏った炎が、掠っただけの煙々羅の顔を、ほんの少しではあるが焼き焦がした。


「ケケァァァッ!!?」


 予想以上のダメージを受けたのか、悲鳴を上げる煙々羅。

 だが、炎灯はただ飛び跳ねただけなのでそれ以上の追撃は出来ず落下する。

 追撃のチャンスなのに勿体ないとオレがそう思ったその時、薬王樹が動いた。


覇極はこく流体術、しんりょう!」


 薬王樹は煙々羅から少し離れた所から、指を畳んだ掌……掌底を空中に叩きつけた。

 すると、バチッ、バチッという何かが弾けたような音が様々な場所から聞こえたかと思うと、いきなり煙々羅の目が爆ぜた。


「ゲギャアアァァァッ!!!」


 煙々羅は堪らず絶叫する。恐らく、煙々羅は何が起きたのか一切理解できていないだろう。後ろから見ていたオレは感心した。


 煙々羅の目がぜたのは、煙々羅の目を構成する霊子れいしが破壊されたからだ。その前に周囲から破裂音がしていたのがその証拠だ。

 それを可能にしているのが、薬王樹が使う体術、覇極はこく流。

 対怪異のために作り上げられた体術、それが覇極流だ。主に身の回りに漂う霊子と怪異の体を構成する霊子に干渉して戦う、まさに怪異を倒すためだけの体術。


 しかし、オレが感心したのはそこではない。

 恐らく二人は、最初からこの流れを読んでいたのだ。

 まず最初に炎灯が牽制をし、本命を薬王樹が叩く。

 合図も何も送っていなかったため、いつもあのようにやっているのだろう。まさに阿吽の呼吸。一連の動きに無駄がない。


 だが……ここからなのだ。煙々羅の厄介な所は。

 そう思った矢先、痛みに悶える煙々羅は、このままでは負けると悟ったのか体を霧散させ始める。


「もぅいっちょぉう!!」


 それに気づいた薬王樹はさらにもう一発叩き込む。

 しかし、体が既にバラけているからか、煙々羅にダメージがいっているようには見えない。

 そうこうしている間に、煙々羅は完全に周囲に溶け込んでしまった。


 煙々羅はそこまで強くないが故に、自分が不利になるとすぐ逃げる。それを捕まえるのは至難の業だ。

 さらに、煙々羅のもう一つ厄介な点……一番厄介と言える点が存在する。


 それは、強くなりやすいという点だ。

 煙々羅は逃げても尚追い詰められると、自分の体全てを相手に吸い込ませる……つまり、相手の体に入り込むという特徴がある。

 それだけならまだ良かったのだが(良くないが)、そこから煙々羅は相手の内にある霊子、霊力を取り込みながら体ごと喰い尽くし、体を喰い破るという中々にエグい方法を取るのだ。

 この方法だと相手を内から攻撃するので為す術なく殺すことが出来る上に、霊力を喰らうのでその分強くなる。また、取り込ませればいいので相手が煙々羅より強くても関係ないという一種のジャイアントキリングでもある。

 それを何回も繰り返していれば、そこらの霊能者では手が付けられない程強くなってしまう。

 故に、油断していると全滅も有り得るという凶悪極まりない怪異、という認識で定着している。


 そして今現在、状況は最悪と言ってもいい。

 そんな煙々羅がどこにいるかわからないからだ。

 結界があるため中からは出られないが、それはオレたちが標的にもなるという裏返しでもある。

 いつ出てくるかもわからず、下手に動けば煙々羅を取り込みかねない。


 ここからどうするのかと、オレは二人の方へと視線を送る。

 しかし、二人は至って冷静だった。

 しかも、二人ともさっきの場所から一歩たりとも動いていない。

 どうする気なのかオレが疑問に感じると、炎灯が動いた。


「炎武、不知火しらぬい


 炎灯の手の中で、炎が燃える。

 そして同時に少し離れた場所から煙々羅の悲鳴が聞こえてきた。


「そこかっ!」


 すぐさま薬王樹が動き、炎灯もその後を追う。

 オレもそれに続くと、そこに待っていたのは本体である顔が、炎で包まれた煙々羅であった。

 一体どうやって煙々羅の居場所を掴んだのかと疑問に感じたが、すぐに気づいてハッとする。


(そうか!手の内にある炎と連動させたのか!)


 炎灯の炎は、炎灯自身の霊力でつくられている。

 その炎で傷ついた煙々羅の顔にはその残滓、火の粉が付いてしまっていたのだろう。

 その火の粉を手の内に発生させた炎と連動させて燃やすことにより、煙々羅の居場所がわかると同時にダメージも与えられるという寸法だったのだ。


 要は、最初からこうなるように仕組んでいたのだ。

 最初の攻撃で倒せるのならおんの字。倒せないのなら、逃げられてもいいように最初の攻撃を少しでもかすらせることで、最終的に倒せるように。

 それに気づいたオレは舌を巻く。


(これは……予想以上の強さだな)


 オレがそう感心していると、煙々羅は飛ぶ力を段々と無くし、力なく地面付近まで高度を下げていく。


「オラァっ!」


 そこに、薬王樹が少々野蛮な声を出しながら、燃え盛る本体に掌底を食らわした。


「ギャアアァァァッ!!!」


 断末魔を上げながら、掌底の威力により文字通り吹き飛ぶ煙々羅。

 その衝撃に耐えきれず、煙々羅は空中で体が崩壊した。

 無事、煙々羅の討伐が完了したのだった。




 討伐も終わり、戦闘の後処理をしている二人を余所に、オレは考え事をしていた。


 元々、この依頼は炎灯と薬王樹、二人の実力を見るためだった。

 しかし、煙々羅では話にならなかった。

 書類には炎灯の等級はB-、薬王樹はBとあった。

 だが、脅威度Bの煙々羅をものの数分もかからずに倒せるところを見るに、二人はそれ以上の実力がある。

 まぁ、このランクも実質能力抜きでの評価なので、当然と言えば当然だが。

 因みに、オレの等級はA-である。


 二人がいてもオレと同程度の脅威度の怪異を討伐する任務に連れていっても問題ないと確信したオレは、後処理が終わった二人に近寄る。

 二人は強い。強いが故に、オレも負けないくらい強いとわからせなくてはならない。

 オレはこの二人の隊長だ。隊長が舐められてはいけない。二人に指示できるくらい強いというところを見せなくては。


「二人とも、お疲れ様。と言ってもそんなに疲れてないだろうから、もう一つ依頼を受ける。今度は、オレの実力を見せる番だ」


 オレはそう言うと、次に受ける依頼の内容を二人に見せ、その場所へと向かうのであった。

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