第14話 親友の存在


 オレは今日、というか最近は毎日、師匠の屋敷に通っていた。


 百鬼夜行ひゃっきやぎょうでは親睦を深めるためか、隊ごとに屋敷が用意され、隊長と隊員はそこに住むことになっている。だが前にも言った通り、オレは孤立している。その屋敷にも、百鬼夜行本部にも居場所はない。

 そのためオレは毎日、師匠の屋敷に通って自主練をし夜になれば隊の屋敷に戻る、というような日々を送っていた。そして今日も自主練をしに来たのだ。


 オレは練習場と化した庭で、素振りを行っている。だがオレは、集中できていなかった。……同業者について、考えていたからだ。


 オレは任務で戦闘があるときはいつも守るために動いている。それで死ぬこともしばしばある。

 なのにあいつらはオレに感謝もせず、ただオレを避け、陰口を叩くのみだ。オレが代わりに死んでいなければ、死んでいた筈のやつも複数いる。

 それでもあいつらは、オレに何も言わない。感謝もしない。ただ、罵声を浴びせるだけ。

 たしかに、オレは誰かに感謝して貰いたくて守っているわけではない。だがこうも孤独だと気が狂いそうになる。


 何故あいつらはオレを嫌う?

 何故あいつらは感謝しない?

 何故あいつらはオレをただの化け物だと思っている?

 何故オレはそんなやつらを守って何度も死んでいる?

 叔父さん、オレはもう、何が正しいかわからない。

 何故?何故だ。何故だ。何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故――!


「おーい、ヒカル!」

「っ!?」


 呼びかける声がし、オレはハッとする。

 振り返ると、そこにはハル……春行がいた。


「あー、良かった。俺の声、ちゃんと聞こえたか。さっきからずっと呼んでるのに全然反応しないからさー、心配したよ」


 どうやらずっとオレを呼んでいたらしい。そんなことにも気づけないほど、考えこんでいたのか……。


 ハルは二年以上前に戦闘部隊に所属して忙しくしていたため、オレが修行している間は少ししか顔を合わせる機会がなかった。

 最後に話したのは一年以上も前のことだ。あれから久しく会っていなかった。


「久しぶりだね、元気だった……と普通なら言うとこだけど、大丈夫? あまり顔色が良くないよ? 声が届かなくなる程集中するのは良いけど、根を詰めすぎると体に悪いし、少し休憩したら?」


 そう純粋にオレの体調を気にし、心配してくれるハル。

 ハルは、オレのことをまだ親友と思ってくれているのだろう。

 しかし、オレはもう、誰も信じられなくなっていた。


「いや、大丈夫だ。ちょっと考え事してただけだ。オレには構わず放っておいてくれ。お前にも風評が出たらどうする。オレと関わらないのが身のためだ。さっさと離れたらどうだ?」


 オレは本気でそう言った。

 オレのことを別に嫌っていなくても、そういう理由で遠ざかるやつもいたからだ。

 何度も、見てきた。


「? なんでそんなこと言うんだ? 俺は別に気にしないけど?」


 しかし、オレがそんな考えにあると本気で

わからないというような顔をするハル。

 まるで、あの頃から変わらないとでも言うように。


 そんなハルに対し、オレは猛烈に腹が立った。


 なんでそんな顔をする? オレがどんな風に言われているか知らないわけでもないのに。

 なんでお前は変わらない? オレはこんなにも、変わってしまったのに。

 頭の中が、ぐちゃぐちゃになる。


 オレは気がつけば、ハルを殴っていた。


「……ッ」

「なんでお前はオレにそんな風に振る舞える!? オレは化け物だ! みんなそう言う! ハル、お前もそうだろう?! 内心お前だってオレを化け物だと思ってるんだろ! そう思ってオレに近づいて親友ヅラするのも大概にしろ! そんなもの、オレは欲しくない!!」


 オレは怒鳴った。怒りにまかせて。

 ……これはただの、オレの鬱憤うっぷん晴らしだ。こんなの、八つ当たりだとわかってる。

 それがわかっていても抑えきれないぐらい、オレの心は限界を迎えていた。


 対し、ハルは殴られたというのに、オレに怒ることはなかった。

 それどころか――。


「……いや、俺はヒカルを化け物だなんて思ってない。俺はヒカルの親友だ。そんな言葉、真に受けるなよ。あいつらはただお前を妬んでいるだけだ。気にすることないよ」


 ハルは唇ににじんだ血を拭うことなく、オレの目をしっかりと見据えたまま、微笑んでそう言った。

 オレは、理解出来なかった。

 なんで、そんな自信を持ってそう言えるのか。


「っ、なんでお前はそんなこと言える!? せいぜい三年そこらしか一緒にいなかったお前が! オレが能力を発現させてから今日まで一度も会ってなかったお前が! なんであの時と同じオレだなんて思えるんだ!?  なんで……!」

「まぁ、確かに根を詰めすぎてるなとかそういう小さな違いはあったとは思うけどさ。でも、話しかける前からわかってたよ。ヒカルがヒカルのままなのは。だって、噂を聞いてればわかるよ。色々言われてねじ曲げられてる所は多少あるかもだけど、それだけヒカルが陰口を叩かれるということは、その分ヒカルが頑張って他人の為に命を張ってる証拠だって、俺は知ってるから」

「……ッ!!」

「さっき、ヒカルを見てもそう思えたんだ。あぁ、また自分よりも他人の為に頑張ってるんだなって。だから……」


ハルは笑った。透き通った、笑顔で、言った。


「いつまでたっても、ヒカルはヒカルだ。例え、宿してる神獣の影響で体が変わっていたとしても。心はヒカルのままだ。それは絶対に変わらない。そう思ったんだ」

「っ……!!」


 オレは、何も言えなかった。

 感謝とか言わなきゃいけないのに。ごめんとか言わなきゃいけないのに。

 とても、嬉しかった。泣きそうなくらい。


 そんな顔を見られたくなくて下を向いてしまい、それを見たハルが心配してあたふたしたことは、今でも覚えている。


 理解者が、いた。

 オレはそんな人はもういないのではないかと思い込んでいた。でも、違った。

 見えていなかっただけで、ちゃんといたのだ。目の前に。師匠や先生など、身の回りにも。

 オレが欲しかったのは、多分それだった。それはずっと前から、傍にいたのだ。



 その日から、オレの考え方は変わった。

 やることは何も変わらない。

 例え、これ以上に傷つくことがあっても。

 オレはオレだと信じてくれる人がいるなら、それで良いと、思った。それで良いのだと、思えるようになったのだ。

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