第12話 捕食者(プレデター)、誕生


 光の意識が現実に戻る直前、現実では平と諸頭が、光の体を守りながらギリギリの状況で戦っていた。


 平がヴィムクティを誘い込み、諸頭が地に這わせた植物で捕縛を狙う。


刺棘の窒息牢ロゼリア・クローズド!」


 薔薇特有の棘がある茎で雁字搦がんじがらめにし、ヴィムクティを捕らえる。しかし、ヴィムクティは光を消し飛ばした光線ですぐに逃れてしまう。

 そしてその光線で諸頭は負傷する。


「ぅ、あぁ……!!」

「済まない、オレがあの対毒薬を持ってきていないせいで……!」

「っ、今はそんなことを言っている場合じゃないわ。他に打開策を考えないと……!」


 諸頭は合わさっている植物型の怪異の能力により、植物の持つ性質を大体使うことが出来る。

 その中には当然、毒を持つものも含まれる。その毒を複数にも重ねて、再生できる者でもすぐに解毒するのは不可能な技を、諸頭は使うことが出来る。

 しかし、それは人間にも毒で、即死も有り得る程の毒だ。しかも霧状に出すので風に流されやすい。今、この広い平原で使うにはあまりにも不向きな技である。


「そろそろ飽きたな。さっさと貴様等を殺してその小僧の死体を喰らうとしよう」

「そんなこと、させるわけ……!」

「そんなことは、させない……!」

「「「!!!?」」」


 平と諸頭の後ろから、声が聞こえた。それは、光の死体がある場所から。ヴィムクティも含め三人は驚愕する。

 本来は有り得ない。有り得ないはずだが、確実に声がした。三人がその声の方向を見る。


 そこには、上半身を含め完全な姿に戻った光がいた。そう、再生……復元したのだ。


「そんな馬鹿な! 半身以上も失って生き返るはずがない! そんなことは、様々な能力と霊力をたくさん喰らった我でも出来ない! 貴様がそれを成すなど……!」


 ヴィムクティは狼狽していた。先程光に切り刻まれたものの、部位が消滅するまでの攻撃は受けていない。だから、ヴィムクティも難なく再生できた。

 しかし、欠損するとなると話は別になる。それを治すには莫大な霊力が必要になるからだ。それにも限度があり、頭など、光のように頭を含めた上半身ごと消し飛ばされれば悪鬼族はおろか吸血鬼でも死んでしまう。

 そこまでされても死なないのは、神獣以上の存在のみとなる。

 それを人の身で成したのだ。結論は見えている。そう――。


「……有り得るとしたら、あれしかない。『神混じり』だ……」

「嘘……あれって伝説上じゃないの? でもそれじゃないと説明が……」


 二人が未だ混乱している中、オレは立ち上がる。

 敵を、倒す為に。この二人を、守る為に。


「ごめんなさい、平隊長、諸頭さん。オレは二人の言う通り、『神混じり』です。黙ってて、すみませんでした」

「いや、かなり、おっかなびっくりしてるけど、大丈夫なのかい? 体」

「ええ、大丈夫です。待たせてすみませんでした。再生するのに時間がかかって……。でも、もう大丈夫です。ここは、オレに任せてください」

「そんな! 危険すぎる! たとえ再生するといっても光君だけじゃ……!」

「いえ、下がってください。ので、巻き込むかもしれないんで」

「……? それは一体どういう――」

「貴様、許さんぞ! 私を超える者など、いてはならない! 全て喰い尽くしてやる!!」


 話を遮るように、ヴィムクティがオレに向かって来る。オレはそれを跳躍して避けた。

 そして。

 オレは背中から生やした羽で空を飛んだ。ヴィムクティや吸血鬼と同じような、コウモリの羽で。

 それを見た全員はまたも驚愕する。


「!? 貴様、その羽……一体どういう……」

「お前に食らった光線の霊力から解析したのさ。羽や羽を動かす筋肉はどのように作られてるかとか、お前の能力とかもな。しかし……随分喰ったな、お前。いくつも能力があったぞ」


 オレがそう言うと、ヴィムクティは理解できなかったのか唖然とする。


「何を、言っているんだ……貴様」

「つまり、もらった……いや、喰ったのさ。お前の能力全てを。お前が元々持っている身体的特徴や特性、能力に加え、お前が奪った様々な能力全部だ」

「そん、な……莫迦な! そんなこと有り得るはずがない! あの一撃だけでそこまではできないはずだ!! それこそ、我が持つ『能力スキル吸収ドレイン』でさえも……!!」

「あぁ、知ってるよ。『能力スキル吸収ドレイン』は、一から十まで吸わないと本来の力を使うことは出来ないんだろ? でもオレには可能なんだよ。なんせ、お前のよりも格上だからな。あいつの……いや、オレの能力は」


 オレはヴィムクティよりもずっと高いところを飛翔、オレはお前よりも上だと言わんばかりに、高らかに宣言する。


「オレの能力は『捕食者プレデター』。対象の一部を取り込むだけで、そいつの能力や遺伝子レベルの特徴を全て使えるようになる。さらに解析もできるからどのように使えるかも理解できるし、取り込んだものが毒であっても無効化出来る。それが、オレの能力だ」


 厳密に言えばオレのではないが、他の人にとってはどうでもいいことだろう。

 現実に戻るまでの数分間、オレはソフィアにこの能力の詳細と扱い方のレクチャーを受けていた。

 オレの半身を消し飛ばした光線はもう既に消えていたが、霊力の痕跡である霊痕や霊力の一部さえあれば吸収、解析が可能であるため、オレの体の断面に残っていた光線の霊子を吸収し、こうして行使できている。やってみるまで出来るか不安だったが、問題なくいけた。

 本当に、ソフィアに感謝しなくては。

 オレは今、誰にも負ける気がしない。


 それに対しヴィムクティは、頭が追いついていない様子だった。

 しかし次の瞬間、ヴィムクティは、逃げ出した。一目散に。本能でわかったんだろう。オレに、敵わないことを。

 オレは羽とそれ動かす筋肉も強化し、ヴィムクティを上回る速度で追う。飛ぶのは初めてだったが、ヴィムクティの動きを模倣コピーしたためすぐに追いつき、オレはヴィムクティを蹴り落とし地面に叩きつける。

 そしてオレは、すぐさま能力スキルを発動する。


「っ貴様、調子に乗る……な……。……なんだ? 何なんだこれは!?」


 ヴィムクティが落ちた地面には黒い沼のような何かが出現し、ヴィムクティはそれに引き込まれるように沈み始めていた。

 それはもちろん、オレが出現させたものである。


虚無の纏沼エンプティ・ポンド

「貴様、一体何を……! これはなんなんだ!!?」

「話は最後まで聞くもんだぞ? まだ言ってなかったが、オレは虚数空間を行使できる。その虚数空間に取り込むことで霊力や能力を吸収、解析するのさ。さらにはそれを体外でも展開できる。こうして、お前を引きずり込んでいるみたいにな?」


 そう。この能力の本当に恐ろしいところは自在に扱うことのできる空間を持っている点だ。自身のみが保有し自在に扱える空間があるだけでも強力極まりないのだが、それが虚数空間というのだから、規格外さがよくわかる。

 虚数空間はブラックホールと似て非なるものである。ブラックホールはその超重力で光さえも離さない天体だが、虚数空間は真空よりも何もない空間であり、何もないが故に引きつける力のあるあくまでも空間である。科学的用語で言うと絶対真空が最も近い概念だろう。

 虚数空間も絶対真空も実現不可能とされているが、この能力はそれを可能にしているのだ。しかもそれが自在に扱える。本当に、恐ろしい能力だ。


「……そんな……ではまさか、これは……」

「気づいたかもしれないが、お前をそこに引きずり込んで、お前の全てを喰い尽くす。だから、お前は死ぬんだ。同胞をたくさん喰って殺してきたお前には、お似合いだろ?」


 オレが皮肉を込めてそう言うと、ヴィムクティの顔が恐怖一色で塗りたくられた。

 恐らく、彼にとってその感情は初めて感じたものなのだろう。それが何かわかっているような様子ではなかった。

 だが、間違いなく彼は恐怖した。オレに。「神混じり」ではあるが、たったの十二歳の少年に。

 ヴィムクティは叫ぶ。その姿は、他を喰らってきた強者とはとても思えぬ程、惨めであった。


「……ッッ! 貴様、この、化け物めえェェエエエっ!!!!!」


 絶叫するヴィムクティを、虚無は無慈悲に飲み込む。跡には、何も残らなかった。


「……さて平隊長、諸頭さん、本部に戻りましょう。あ、応援を呼んでたんですよね、それを待ちます……か……」


 無事に倒すことが出来たため、オレは二人にこれからどうするかを聞こうとした。しかし、言葉を繋げることはできなかった。

 隊長たちのオレを見る目が、先程までと違ったからだ。

 怯えた目。恐怖した目。そのどちらでもあり、そして……。

 化け物を、見る目であった。

 もちろん、そんな目を向けられたことはないため確証はない。しかし向けられた目を見た瞬間、わかってしまった。その目が、そういう目であることを。


 オレは真に理解していなかったのだ。師匠がどうしてオレを「神混じり」だということを公にはしなかったのかを。オレが「神混じり」と知っても尚優しく接してくれる人ばかりで、オレは何もわかっちゃいなかった。

 何回、何十回、何百回も死なないと本当の意味で死なないというだけでも化け物の類だ。そしてそれに加え強力すぎる能力さえ手にしている。同じ人の形をしていても、恐れるのが普通だ。それが普通だということを、オレは知らなかった。

 だが、知らなかったではもう遅い。後戻りは、できないのだから。




 後にこの日の出来事は、霊能界が記す裏歴史書、通称「隠暦書」に記録された。

 ここに「捕食者プレデター」が誕生した、と――。


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