第11話 邂逅


 いきなり目の前に現れた何かに戦慄しつつも、オレは平静を装い問う。


「お前は一体、誰なんだ? そんなナリしてるが、人間じゃないだろ?」

「誰、と聞く前に自ら名乗るのが人間の作法ではないのですか? 無礼ですね、まったく」


 その何かは(おそらく)怪異であるというのに、人間の作法について指摘しため息をつく。

 怪異に言われて直すのもなんかしゃくだったが、こいつの言う通りなので言い直す。


「……オレは物部 光だ。お前は、誰だ? 怪異、だよな?」

「えぇ、そうですよ。私は貴方たち人間が怪異と呼ぶ者。強いて言えば、私は神獣です。、と言えばわかってもらえるでしょうか?」

「……!! お前が……ッ!」


 目の前にいるこいつが、オレの中にいる神獣だと言うのか。信じるに足るかはわからないが、神獣というのは間違いなさそうだ。こいつからは何の気配も感じないというのに、ヴィムクティ以上の悪寒を感じる。

 ……いや、気配を感じないのはもしや。


「そんなお前がオレの目の前にいるということは、ここはもしやオレの精神世界みたいな感じのところか? だからお前の気配がない?」

「半分正解です。人間のくせに、察しは良いようですね」


 オレの仮説に、神獣は半ば肯定した。

 丁寧な言葉使いにも関わらず、どこか見下した物言い。それがより一層、こいつが人間以上の存在だということに真実味をもたせている。


「ここは、私の能力の空間です。虚数空間と、人間たちの言葉では言うのでしょうか。今、貴方の精神……意識をここに持って来ています。少し、言いたいことがありましてね」

「オレに? ……体を乗っ取らせろ、とかか?」

「それが出来たら良かったのですが。どうやら出来ないようでしてね。最初に貴方が死んだ時、完全に自我が消失していたのにも関わらず私は乗っ取ることは出来なかった。今も、こうして貴方の意識を持ってくるだけでも精一杯です。口惜しいですが」

「……そう、なのか」


 こいつが、オレの体を乗っ取ることはない。そう言った。

 こいつには可哀想だが、オレにとってこれほど良い知らせはない。

 忘れかけていた、恐怖。体の内にいる神獣が、暴れ出さないかという心配。

 それが払拭されたのだ、嬉しがるなという方が無理だ。


「……で? オレに言いたいことって何だ? 何かして欲しいとか、か?」

「……私が言いたいのはですね、死にすぎだということです」

「死にすぎ……?」

「だってそうでしょう、短期間の内に計十九回も死ぬとか多すぎでしょう?! 人間の中にいることでさえ嫌だというのにこんな死んでばっかじゃうんざりしますよ! こっちの身にもなってください!」

「お、おう。それはまあ、確かにそうだな……。なんか済まないな……」


 いきなり怒りだした神獣に、オレはたじろいでしまう。

 十九回ということは、一回は今回の件だとして、十八回は最初の時か。数えてなかったし数えることもできない状況だったが、全部覚えてるのか……。しかし五年を短期間とは、時間感覚が人間と違うな。当たり前か。


「一応、これからは気をつけるよ」

「一応って……。はァ、直す気はなさそうですね。これだから人間は……」

「仕方ないだろ。オレは仲間の人に限らず色んな人を守りたいんだ。たとえそれでオレが何回も死ぬことになったとしても、な。しかしお前、何の能力を持っているんだ? 虚数空間を操る怪異なんて聞いたこともない。というか、お前名前言ってないじゃないか。名前くらい、お前にもあるだろ」


 そうオレが問うと、神獣の顔に影が落ち黙ってしまう。

 何か変なことを言ったかとオレは訝しんだが、数秒の後口を開いた。


「……覚えていません」

「……え? 覚えていない? それは……記憶喪失ってことか?」

「はい、恐らく。私には、貴方が最初に死んでからの記憶しかありません。だから、私の名前を覚えていない。貴方の中に入るまで何をしていたかも覚えていません。だから、名前があるのかも、それまで存在していたかすらも、今の私にはわからない。どうして貴方の中に入ってしまったのかも。わかっているのは、持っている能力の名前とその使い方だけ。……だから今の私には名前はありません。何の怪異でもない。保有する虚数空間のように、ただの虚ろな神獣なんですよ、私は」

「そう、だったのか……」


 神獣の告白に、オレはかける言葉を失くした。なんてかければ良いかもわからないし、その言葉も出てこない。

 そうしてオレが迷っていると、神獣は話を続けた。もう、止まらないというように。


「だから私はずっと、寂しかった。私自身が何者かもわからないのに、誰にも言えない。唯一喋ることができる相手は貴方しかいなかったというのに、貴方はそれに気づかなかった。五年も、ずっと。ずっと私は貴方に語りかけてた。ずっと。ずっとずっとずっと! でも、貴方は気づかなかった……!」


 せきを切ったかのように溢れた感情と言葉を出し切った神獣は息を整え、オレを睨む。


「……だから私は貴方が嫌いです。貴方が今更私を、私の能力を求めたとしても、くれてやるつもりはありません。せいぜい、後悔して現実に戻ってください。あちらが出口です、どうぞご勝手に帰ってもらって結構です」


 一息でそう言い切った神獣は指さした方向に白い空間の穴を出現させた後、スタスタとオレから離れオレに背を向けるように座り込んだ。

 オレはというと、その場から動くことが出来なかった。神獣の言葉が、胸に刺さったままだったからだ。


 記憶がなく、不安しかない状況に話せる相手がいないのは、どれほど辛いものだったのだろう。唯一喋り合える可能性のあるオレですら、神獣の言葉は届かなかった。

 ……いや、オレが聞こうとしていなかったからかもしれない。体を奪われるのが怖かったという理由で、オレの中にいる神獣がどんな状況にいるか知ろうとしなかった。

 それなのに、神獣の力を使って我が物顔でいたのだ、オレは。とんだサイテー野郎だ。そりゃ嫌いにもなる。

 オレは意を決し、神獣の元へと歩み寄る。


「……すまなかった。何も、知らないで。何も、知ろうとしなくて。謝って済むわけじゃないのはわかっている。それでも……すまなかった」


 オレは背を向けている神獣に向かって頭を下げた。こんなんでどうにかなるわけがないが、謝りたかった。


「……同情してもらいたくて、話したんじゃありません。ただ…………貴方にはもっと早く、気づいて欲しかった……。ただ、それだけです」


 背を向けたままそう言って、再び黙る神獣。

 そんな彼女にオレはあることを提案する。


「これからはお前の話もちゃんと聞いてやる。……いや違うな、ちゃんと、聞く。その証として、お前に名前を付けさせてくれ」

「私の、名前を……?」

「あぁ。名無しじゃ話すにも不便だろ? ……あぁ、オレが名付けるといってもオレが上とかそういうのは関係ない。あくまでも、対等という証だ。……どうだ?」


 オレがそう言うと、神獣は一瞬ポカンとした顔をした後、笑いだした。それも、高々と。


「ぷ、アハハハハハハハッ!! 対等、対等ですか! よりにもよって、神獣であるこの私と!! アッハハハハハハハハ!」

「……ダメか?」


 神獣は一頻ひとしきり笑ったあと、笑いすぎで滲んだ涙を拭う。そして、口元を緩めた。


「いえ、逆です。気に入りましたよ、貴方のことを。平気でそんなことを口に出来るのは、貴方をおいて他にはいないでしょうから。……それで、私の名前はどのようなものなんです? 変なのだったら承知しませんよ」

「それはもう、決めてある」

「ほぅ……?」


 オレは少し溜め、その名を口にする。少し皮肉かもしれないが、この名前のように"智慧"ある者となって本来の記憶を取り戻せるようにと願いを込める。


「――ソフィア。お前の名前は、ソフィアだ」

「ソフィア……」


 神獣はその名前を噛み締めるように口の中で唱える。そして数回名前を口にすると、再び微笑する。


「人間にしては、中々良いじゃないですか。わかりました、私はこれからソフィアと名乗ります。貴方も、そう呼んでくれて結構です」

「気に入ってくれたようで何よりだ。じゃあ、オレはお前をこれからソフィアって呼ぶが、お前も『貴方』じゃなく光って呼んでくれ。その方が、対等っぽいだろ?」

「そうですね、それくらいは良いでしょう。――では改めて、宜しく、光」

「あぁ。宜しく、ソフィア」


 オレたちは手を取り握手する。

 すぐに対等な関係になるとは思わないが、これから仲良くなれる、そんな予感がした瞬間であった。



 とりあえず一段落したところで、オレはソフィアが空けた穴から現実の世界へ戻ろうとする。能力云々に関しては先程拒否されたので、これ以上は望めないだろうと思ったからだ。

 それを見ていたソフィアは、オレに声をかける。


「……いいんですか? 私の能力について、教えてはいませんけど」

「まぁ、教えては欲しいが、それはまた今度にするさ。せっかくソフィアと仲良くなれそうなんだ、これ以上は望まない。それに、一度死んだからといって敵わないとは限らない。何度だってあいつに挑んでやるさ。……まぁ、何回かは死ぬかもしれないが、そこは許してくれ」


 そう苦笑しながら言うと、ソフィアは怪訝そうな顔をした。


「前から気になってましたが、なぜ貴方は他人の為なんかに死ねるんです? 普通、そこまでしないでしょう。しかも、今日知り合ったばかりであるというのに。そんな義理、彼らにはないでしょう?」

「確かに義理はないが……オレは、誰かが死ぬのは見たくないだけだ。だから、誰も死なないように戦う。それだけだ。例えそれでオレが何度死んでも、それで誰も死なないなら、オレは死を選ぶ」


 オレがソフィアの目を真っ直ぐ見てそう言うと、ソフィアはますます分からないといった顔をする。


「……何故光は、そこまで他人の為だけに、そんなことを言えるのです?わからない。辛いのは貴方だけになるのですよ?」


 その問いに、オレは一息おいて口を開く。


「オレは、叔父に憧れてた。家族を守る立場にいた、あの人を。その人が、オレに、誰かを守れる人になれと言ったんだ。だからオレは叔父さんのような、誰かを守れる人になりたい。……それだけじゃない。オレはただ、また目の前で、誰かが死んで欲しくない。守れなかったなんて、後悔したくないんだ。結局は、オレの我儘だ。だからそれでオレが辛いめにあっても、たとえ何回死んだとしても、関係ない。それよりも、誰かを死なせたことで後悔をすることの方が嫌だから」


 だからオレは、強くなりたい。もっと強く。どんな手段を使っても。誰かを守れるなら、それで。


「……やっぱり、私には理解できません。私に死んだ経験がないからか、神獣だからかはわかりませんが。でもまぁ、良いでしょう。教えてあげますよ、私の能力」

「え? いや、でも……いいのか?」

「もちろん、まだ許したわけではないです。でも、教えなかったせいで誰かが死んだとか後から文句を言われる方が面倒なので。特別ですよ?」

「あぁ、わかってる。ありがとう、ソフィア」


 教えてもらえるとは思っていなかったので、オレはめいいっぱい頭を下げる。

 どんな能力をソフィアが持っているかはわからないが、あるのとないのとでは大きな差がある。願ってもない。


「まぁ、ただ単純にあんなの能力を持っているやつに負けて欲しくないというのが本音です。それくらい、私の能力は強力ですからね。精々、うまく使いこなせることを祈りますよ、光」



 それからソフィアの能力を詳細に聞いて使い方のレクチャーを受けた後、オレは意識を現実に戻す。

 平隊長と諸頭さんを、ヴィムクティから守るために。

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