第10話 油断


 ヴィムクティが爪で攻撃しオレに迫ろうとしてきた。

 そこを平隊長が忍者刀で止めたところで、諸頭さんが両腕を植物へと変形させ、敵の捕縛を狙う。

 だが悪鬼の動きは素早い。羽で飛び上がり、それを回避した。

 平隊長も近距離攻撃しかできないので踏み込むことが出来ない。オレが刃を飛ばして攻撃するも、全て回避される。

 オレの攻撃を避けながら、ヴィムクティはオレへと向かって来た。早くオレを食べてしまいたいのだろう。


「逃げろ、光!」


 いやどこにだよ、と内心悪態をつき、構える。あいつの狙いは最初からオレのみだ。どこに逃げようとも、あいつは追ってくる。ならば、待ち構えてカウンターを食らわせる手段が有効だ。

 ヴィムクティはオレに食らいつこうと牙をむく。恐ろしいスピードだが、動きは直接的で読みやすい。

 オレは横に跳んでそれを避け、奴が過ぎ去ったその瞬間に背中に斬撃を食らわす。とても分厚い肉体だったが真っ二つに分断することに成功。


「よしっ!」

「おぉ!? 凄いな、あれを一太刀で斬れるのか! だが……」


 しかしオレは、悪鬼デーモン族の厄介さを理解出来ていなかった。

 平隊長が応援を呼んだ本当の理由。

 それは、鬼の屈強な肉体を持っていて吸血鬼の特徴である不死性も備えているどころか、吸血鬼と違い日中も活動出来るからだ。

 つまり、心臓に杭を打つか聖水を浴びせるぐらいしか弱点が無い。そんなことができる者はここにはいない。よって、オレたちの力ではどうしようも出来ないのだ。

 さらにオレの、というか歪流剣術では斬れ味が良すぎて、すぐに体をくっつければ一瞬で再生できてしまう。ヴィムクティはそれに気づいていたのか、体を無理やりくっつけ、すぐに再生した。


「小僧、なかなかやるな。だが、その剣術は我とは相性が悪い。諦めて我に喰われろ」

「……誰が喰われるか」


 そう言いながらオレは、腰に差しているもう一刀を鞘から抜き、二刀で構える。

 それを見たヴィムクティは、鼻で笑った。


「は、二刀だけでなにができる? お前では私を倒すことはでき――」

「やってみなければわからない。さっさとその口を閉じろ、五月蝿いし口臭いぞ」

「なっ……!」


 オレが挑発すると、ヴィムクティは怒りで体をワナワナと震わせる。

 顔が真っ赤になってるな。挑発が通じるかわからなかったが、やってみるもんだな。というか、口が臭いこと気にするのか。気にしないタイプかと思ったが。

 そんなことよりも、この後どうするかだ。

 今あいつは地上から五メートルくらいの場所にいる。ここから技を出しても先程のように避けられるだけ。ならば、オレから近づくまで。


身体強化スイッチ開始オン


 オレは全身に霊力をみなぎらせ、跳躍する。


「なに……!?」

「うそ……っ」


 オレは一回の跳躍だけで、ヴィムクティの眼前にまで迫った。

 身体強化。それは、霊力を筋肉の組織に霊力を流し込み、強制的に活性化させること。これをすることで、通常の何倍ものパワーを出すことが出来る。

 欠点は、それを行った通常の組織は活性化によってボロボロになり、全身に強烈な痛みが走る。ただの霊能者がこれを行えば、一瞬だけ超パワーを出せても、一ヶ月そこらの入院だけでは済まない。

 しかしオレは、ボロボロになった傍から回復する。痛みは、我慢するだけだ。オレは修行中、再生する前提の戦い方も学んだ。痛みには、慣れたっ!


「歪流二刀術、刃旋風じんせんぷう!」


 左右合わせて二十もの斬撃を、四方八方から食らわす技。直線的な斬撃に合わせ、複数の刃はブーメランのように敵の背後まで飛ばすことで、初めて可能になる。さらに間髪入れずに両方の刀に霊力を流し込まなければならないため、かなり難易度が高い技だ。

 しかしコントロールは上手くいき、全ての斬撃が、ヴィムクティに吸い込まれるように向かっていく。


「……チィッ!!」


 斬撃を全て食らい、塵になる悪鬼。死なせることは不可能でも、再生を遅らすことは出来る。オレはそれを狙った。


「予想以上に凄いわね、光君。ねぇ、これならいけるんじゃ……」

「……いや……」


 オレの攻撃に、諸頭さんは希望を感じたのか平隊長に期待の眼差しを向ける。

 しかし、平隊長は浮かない顔のまま。

 その心配は、的中する。


「……!?」

「……やはり、ダメか……」


 ヴィムクティの塵の体が血のような液体になり、全て集まったかと思うと、もう再生していた。


「な……!?」

「……私は全身を血に変えることが出来る。それが間に合わなくなるとは大したものだ。小僧、お前の危険度はよくわかった。霊力を半分以上無駄にするが仕方がない。お前の半身を吹き飛ばしてから喰らうとしよう」

「しま……っ」


 ヴィムクティは口を開き、光線を出した。

 オレは完璧に油断していた。すぐに再生出来るとは思わず、不用意に空中に出てしまった。空中では避けることも出来ない。

 視界が、真っ白に染まる。

 オレは為す術もなく、上半身が蒸発した。


「光っ!」「光君!」





「ハッ……」


 オレが目を覚ますと、そこは先程までいた場所ではなかった。

 真っ黒な空間。ただし真っ暗ではない。自分の体はなぜか視認出来る。

 周りを見渡すが、ヴィムクティはおろか平隊長も諸頭さんもいない。ここには、オレ一人だけのようだ。

 なぜこんな場所にいるのか疑問に思ったが、オレはそれよりも死んだことを悔いていた。


 任務前に、というか百鬼夜行に所属する前から師匠に言われていたのだ。「死んだら一発で『神混じり』だとバレるから絶対に死ぬなよ。これはお前のために言っているんじゃない。俺が苦労してあれほど手を回したのに一瞬でパァにしたら承知しない」と。

 しかし、油断して死んでしまった。生き返るからそこは問題ないのだが、師匠になんて言われるか……。言うときほんとねちっこいからなぁ、あの人……。


 そんなことを考えていると、不意に、前方から足音がした。

 オレが顔を上げるとそこには、人間の女性のカタチをしているが明らかに人の雰囲気をしていない何かが、立っていた。


「死んでも問題ないとか、そういうことを思っているから何度も死ぬのですよ、人間。あくまでも再生するのは私の力。勘違いしないでください、人間風情が」


 その何かは、無表情のまま、オレにそう言い放ったのだった。

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