第7話 光のイカれた行動


「おーい、光くーん、そろそろお昼だから休憩しよう! 根を詰め過ぎるといけないから!」


 先生の声がして、オレはハッとして顔をあげる。

 お昼ということは、もう十二時か。先生の部屋を出たのが八時だったから、約四時間も没頭していたということになる。さすがに疲れたな。

 でも……。


「もうちょっとだけお願いします。もう少ししたら区切りがいいんで!」


あともう少しで目の前にある棚の書物を探索し終わるところまできている。こういうのはきっちりやりきりたい性分なのだ。


「……わかった。でも、一時を過ぎたら強制的に連れ出すから、そのつもりで!」

「はい!」


 先生の許可ももらい、引き続き作業に入る。そして、ある本に目が止まる。

 気になったのは、背表紙に何も書かれていないことだ。今まで見た古書には大体背表紙に題が書いてあった。それが当たり前だが、その本にはなかった。しかも薄い。ノートぐらいだろうか。

 オレはそれを手に取り、パラパラとめくり軽く内容を確認する。


 どうやら、師匠と同レベルの霊力量がある人が書いた本のようだ。

 内容は効率の良い再生の仕方やその使い時などが事細かに書かれているものの、書き方的に日記のように感じる。

 ノートのような薄さといい、おそらく出版するために書かれたのではなく書いた人自身が振り返るために書かれたものだろう。

 しかし当人がわかりやすいように書いたからかオレのような他人でも理解しやすく、これを見つけた人もそう思ったためここに置かれているのだろう。


 たしかにオレもお世話になりそうな内容だが、それはもっと上達してからだ。

 先生はオレから霊力が漏れ出ていると言っていた。しかし、オレは霊力の扱い練習をしている間――いや、今もだが――それを感じ取れていない。ということは、オレはそもそも霊力を感じ取れていないということになる。

 そうなると、オレはず、霊力を感じることから始めなくてはいけない。

 しかし、この本には霊力を感じる方法は書かれていない。師匠のように最初から霊力を感じることができていた人だったのだろう。今のオレが欲しい情報はなさそうだ。

 そう思いながらも、何かないかとその本をパラパラとめくり最後まで確認する。


 すると、その中で再生を止める方法が書かれていた。わざわざ再生を止めることに疑問を感じ、しっかりと内容を確かめるためにそのページを読む。

 どうやら、切られた部位の再生をせず切られた部位をそのままくっつけることで、霊力の消費を抑えるということのようだ。再生を止めるというよりも、霊力の消費を抑える方法と言った方が正確だろう。

 しかし……オレの参考にはならない。オレの再生は「復元」という形のため少し再生の仕方が違う。


 「再生」は欠損部位をニョロっと生やすことだが、「復元」は一瞬で全部が再生するのだ。

 ぶっちゃけオレはその止め方を知らない。もしかしたら欠損したところから霊力が流れるのを止めれば再生しないかもしれないが、確かめようも……。


 ん? ちょっと待て。


 再生を止めるということは、霊力の流れを止めるということだ。

その流れを止めることができるなら、流すこともできるようになるのではないか? 逆転の発想というやつだ。

 あくまでも「再生」と「復元」が同じ原理で治っていると仮定した場合ではあるが、今までの中では一番可能性があるんじゃないか、これ。


 問題は、指でも小さなところでもいいから、体のどこかを欠損しなければならないということ。オレが、その痛みに耐えられるかどうか。

 だが、躊躇ためらってもいられない。今のところ、この方法しか良い手がないのだから。他にもあるか昼ごはんを食べてから再び調べるのがいいかもしれないが、これ以上同じところで停滞していられない。

 こうなったら即実行だ。幸い脇差は持ってきている。血が飛び散るのを気にしなければ、いつでも実行できる。


「すみません先生、大きい方のトイレに行ってきますっ」

「ん? あぁ、いいよー」


 おそらく先生はこの方法に反対するだろうので、さらりと嘘をつく。心配をかけたくないからだ。

 オレは足早に、言った通りトイレの方角に向かう。そしてトイレまで来ると素通りし、その裏手の影に入った。

 血が飛び散ってもバレないように、少しだけ土を掘り起こしていつでも血を隠せるように準備をする。

 そしてオレは左手を広げて地面につき、比較的細く血管の少ない小指にターゲットを絞り、脇差の刃を第一関節にあてる。


「ふーっ、ふーっ、ふーっ……」


 呼吸が荒くなる。

 落ち着け、躊躇ったまま斬ればさらに痛みが増す。できるだけ一気にやるんだ……。


「せー……のっ!」


 オレは思いっきり刃を押し出し、小指の先を斬った。

 思ったよりも簡単に斬れた。おそらく、関節目掛けてやったので骨などに引っかからずに済んだのだろう。

 だが、すぐに痛みがオレを襲った。


「うぅぅぅ、ぅぐぁああがぁぁあ、うううぅぅ……ッ!!」


 オレは必死に悲鳴を抑えた。叔父さんに殺されたときの痛みよりはマシだ。

 それでも、痛い。痛い。痛い。痛い。

 オレ、なんでこんなことしてんだ? もっと方法あるだろ。自ら欠損部位作って練習するとか、バカ通り越してイカれてる。

 だけど、これが一番の近道だ。オレは強くならなきゃならない。師匠の思いに応えるために。叔父さんとの約束を守るために。

 それに、オレの霊能者としての取り柄は死なないことだ。この程度の怪我なんか、この先もっと経験するだろう。もしかしたら半身吹き飛ぶなんていう場面もあるかもしれない。だったらこの程度、耐えてみせなきゃダメだろ……ッ!


 オレは痛みに耐えながら、斬った指を見る。断面からは血がチョロチョロと、しかし確実に出始め、小さな血溜まりができている。

 ここからだ。これの再生を、止めることが出来れば……っ!

 しかしオレの努力虚しく、指は一瞬にして復元されてしまった。


「くそ! さすがに最初からうまくはいかないか……っ!」


 オレは治った小指に再び刃を当て、深呼吸する。そして、再び斬った。


「ぃいぃぃぃ、あがぁああぁぁあ……ッ!!」


 今度は骨に刃が引っかかり、先程よりも強い痛みが襲う。


(今度こそ!今度こそ止めるんだ……ッ! これで終わらせるんだ……ッ)


しかし上手くいかず、再び復元で元通りとなった。


「もう、一回……!!」




 そうして、これを何度も繰り返した。

 もう終わらないんじゃないかと思い始めたがそれを押し殺して切断すること十三回目、努力が実る。


「痛い……痛いけど、これは……できた!」


 見事、「復元」を……霊力を止めることに成功したのだ。

 今、オレは霊力の流れを止めている。指に流れる霊力を感じ取ることができたのだ。

 漸く先に進めて心は舞い上がったが、再生を止めている指が痛すぎるので、すぐさま霊力を流した。

 すると、今度は「復元」ではなく生えて治癒する「再生」に変わっていた。やはり合っていたんだ。「再生」も「復元」も、同じ原理だ。


 考えてもみて欲しい。再生するといっても、普通の再生なら傷口が塞がる、くっつくぐらいで、欠損した部位が治ることはない。

 当たり前だ、治す源である霊力がいくら多いからと言って腕や足、内蔵が全部再生するなんておかしいにもほどがある。

 ならなぜ、あの本を書いた人や師匠は欠損部位すらも再生できるのか。

 オレは、その再生も「復元」の一種なのではないかと考えたのだ。


 ただの治癒、再生なら一般人、並の霊能者でもできる。しかし、一定以上の霊力を持つと師匠のように「再生」と呼ばれる「復元」の劣化版ができるようになるのではないだろうか。そしてさらに、もっと霊力が多くなると、完全な「復元」ができるようになる……といった具合に。

 それならば、その前段階である「再生」を、「復元」ができるオレができないことはないのではないか。

 子どものオレが考えた稚拙な仮説にすぎなかったが、オレが「再生」を使えた以上、合っていたとみていい。今度から使えるのが「再生」か「復元」かはわからないが、霊力の流れの方を意識したので今回だけだろう。もう一回やって試したいが、痛いのでもうやりたくない。


 そんなことよりも、だ。

 霊力を傷口より手前で止めるという行為でわかった。

 霊力がオレの体の至る所に巡っているのがわかる。そして、その霊力が体から溢れていることも。

 これが霊力の漏れだろう。感じてわかったが、これは漏れというよりも放出だ。そう言ってもおかしくない程の量が溢れている。そりゃ、先生が腕輪を作るのも無理はない。

 霊力の扱いが上手くなったら、これもコントロールできるようにしないと。

 オレは斬った指全てと飛び散った血で汚れた土も含め埋めて立ち上がる。


「コツも掴んだし、早く戻らないと。さすがに先生も怪しむだろうし――」

「僕が、なんだって?」

「ひっ!?」


 オレが恐る恐る後ろを振り返ると、先生が立っていた。

 先生はニコニコしながらオレを見ている。だからこそ、その顔に浮かべている幾つもの青筋が際立って見える。明らかに、怒っている。


「えっと、先生……一体どこから見て――」

「君が何かを埋めているところからだけど、チラリと見えた何かですぐわかったよ。光くんちょっとコッチ来ようか?」

「ちょ、待ってください、誤解……じゃないですけどこれにはわけがっ」

「大丈夫、なぜ君がその行動に出たのか見えたときに察しがついたよ。霊力を止めることで逆に流すこともできるんじゃないかとか、そんな辺りだろう? でもね……思いついたのがそれしかなかったからといってそれを相談せずに独断専行したのは間違いだよ。君が一人で頑張ろうとしたのは褒めたいところだけど……それよりも先ず、君を叱る。――覚悟してね。僕の説教は、長いから」

「は、はいぃぃ……」


 先生の据わった目に恐怖を感じ体が硬直する。そんなオレをそのまま、先生は部屋まで引きずってゆく。



 その後オレは、先生に四時間もぶっ通しで説教を食らった結果ご飯抜きにされ、帰宅してからも師匠から説教を受けた。

 オレが取った行動に、「イカれてるとは思っていたが、予想の上をいくイカれ具合に俺も引くぞ」と師匠も呆れていた。

 しかしこれで前に進むことができ、それからはゆっくりではあるが霊力の扱いも身につき、歪流剣術の習得に励んだ。


 そして、五年の月日が流れた。

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