第6話 書庫での探索


 先生に連れられ、オレは百鬼夜行の擁する書庫まで来ていた。


 百鬼夜行の書庫は本部の屋敷の一角にあり、厳格に保存、管理されている。

 そのため、本を閲覧するだけでも元帥か部隊長の許可がいるのだが、先生は技術部隊の隊長であるので、付き添ってもらうことで実質パスである。


「はい、ここが書庫だよ。本の取り扱いには気をつけてねー」


 そう言って書庫の扉を開けると、そこには天井近くまでの高さがある棚がいくつも並んだ、本格的なものとなっていた。


「おぉー……!」


 見たところ埃っぽくなく、湿気も感じない。よく手入れされているのがわかる。

 棚に空いているスペースがない程の本が収容されており、どこにいても視界に本が入るようなその空間に、オレは思わず感嘆した。

 実のところ、オレは本が大好きなのである。特に歴史のことが書いている本や書物は大好物と言って良い。

 図書館で勉強していたのも、本を借りる手間を省くという名目だったのだが、実は図書館にあるような古い書物の匂いが好きで落ち着くため、わざわざ通って勉強していたのだ。


 そんな書物が今、オレの目の前に何百何千、もしかしたら万を超える程あるのだ。興奮しないわけがない。

 月一とか週一じゃ満足できない。ここに住みたい。ずっと住んでいられる……書物の匂いがこんなに充満している空間は初めてだ……。

 だが、興奮して走り回ってしまっては迷惑をかける。落ち着け、オレ。深呼吸、深呼吸。あ……さらに匂いが……。


「……先生、ここに住んで良いですか?」

「え!?」


 しまった、口に出ていた。結局興奮を抑えられていないじゃないか。いや、でも、無理はない。ないはずだ。それぐらい、本好きには堪らない空間に来ていた。


「な、なんでもないですっ。……しかし先生、霊力について書かれている本って、どこら辺にあるとか分かります? さすがにこれだけの量となると……」

「うーん……僕もそれほどここに来るわけじゃないからねぇ……。たしか書物の書かれた年代順に並んでるってぐらいは覚えてるんだけど……地道に探すしかないねぇ……」


 先生も書庫にある古書の量に汗がタラりとつたう。

 検査が終わるまでどころか一日使っても終わりそうにない。

 だが、ヒントに繋がるものがどこにあるかわからない以上、探すしかない。オレは一番右にある棚に近づいた。


「そうですか……じゃあ片っ端から探します。先生は、オレが読めない字や文章があったときに教えてくれると有難いです」

「え、ちょ、もしかして一人で探すつもりかい!?」


 そう言われた時には既に、オレは棚にある本に手をかけていた。


「はい。師匠なら、一人で探せって言うでしょうし、自分の問題なのでできるだけ自分だけでやりたいんです」


 オレは喋りながら本のページをパラパラとめくり内容を確認していく。まずはオレでも読めるやつから探し、そこから制覇していこう。

 素早く作業をし始めたオレを見て、先生はため息を吐く。


「わかったよ、君の意志は中々に強そうだ。……長くかかりそうだから、一応かけるに連絡するね。すぐ戻るから」

「…………」


 先生の言葉はオレには届かなかった。オレが本を読むのに没頭していたからである。


(ありゃりゃ、もう声届いてないや。凄い集中力だ……)


 先生はオレの集中を妨げないよう、それ以上声をかけることなく、できるだけ物音を立てないように書庫を出た。

 そして万が一音が書庫内に入らないよう、扉から距離を空けて師匠と無線を繋ぐ。


「もしもし、架? 今大丈夫かい?」

「……なんだ?」

「えっとね、今ひかるくんを書庫に連れてきたんだ、霊力操作のヒントがないかと思ってね。それが長くなりそうなんだけど……今日一日それに費やす許可をもらいたくてね。ほら、やっぱり君の弟子だからさ、光くんは」

「別に構わん。例え俺が今連れ戻しても、修行は前に進まんだろうからな。何かコツを掴めるかもしれないなら万々歳だ。ただ、一日空けることで体がなまってはいけないからな、全ての技の型を満足するまで練習することを忘れるなと光に言っておけ」

「わかった、伝えとく。……まぁ、今は声が届かないぐらいに没頭してるから後で伝えとくよ。凄い集中力だよ、光くん。……ねぇ架。光くんは霊能者になれるのかい? 光くんは霊力を扱うどころか、自身から漏れ出している霊力にすら気づいていない。要は霊力を感じることすらできていない状態だ。そんな彼が、霊力をホントに扱えるのか……」


 先生がオレのことを心配してそう言ったが、師匠は違った。


「そうか? 俺はそこまで心配はしていないぞ。アイツはイカれてるからな、何かきっかけがあればすぐに化けるはずだ。……まぁ、それがいつになるかはわからんが。だが少なくとも、十年もあれば、アイツは間違いなく俺を超える。何かを賭けても良い、断言出来る」


 先生は片方の眉をピクリと上げる。

 師匠がここまで言うのは珍しいからだ。しかも人に対してここまで期待しているのは、長い付き合いである先生でさえ初めて聞く。


「……それは、架の勘かい? それとも霊能者としてのかい?」

「どっちもだ。……とりあえず、そこまで手伝うなよ。修行にならん」

「わかってるって。僕は大人しく見守っておくとするよ。じゃあ」


 そう言って、先生は通信を切る。


(まさか、あの架があそこまで入れ込むとはね。これだから、長く生きてると面白い)


 これから面白いことが起こりそうな予感を肌で感じながら、空を見上げるのであった。

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