第5話 挫折、そして決意


 修行が次の段階に移行したその数ヶ月後、オレはまた、先生のところに来ていた。血液の定期検診をするためである。

 今のところ、オレの体に異常はない。神獣がほんとにいるのか怪しいほどだ。しかしどうなるかわからない以上、経過を観察していく他ない。おそらく、これからも定期的に検診してもらうことになるだろう。

 先生は採血したオレの血液を検査にかけると、オレに体を向けた。


「ところで、架の修行はどうだい? ……酷いことされてないよね? 辛すぎて逃げ出したいとかない? 大丈夫?」


 先生は心配そうな顔をして、オレの体をペタペタ触ってきた。この数ヶ月間、そのことがずっと心配だったらしい。なんでも、師匠から不穏な言葉を聞いたからだそうで。

 そんな先生を、オレはなだめる。


「大丈夫ですって。確かに小学生にやらせるとは思えないほど辛いですけど、強くしようとしてくれているのは事実だと思いますし、これぐらいは。それに、強くなって色んな人を守れるぐらいにならないと、叔父さんとの約束が守れないですし!」


 オレが息巻いてそう言うと、先生は「ホント? ホントに? 大丈夫? 大丈夫ならいいんだけど……」と渋々引き下がった。


「それで、どう? うまくいってる? 修行は」

「……それなんですけど……うまくいってないんです、今……」

「へぇ……?」



 そう、オレは今、行き詰まっている。ここのところ、修行はうまくいっていない。うまくいったのは、技の型を全て覚えたところまで。次の段階、霊力の扱いが、まったくもってできなかったのだ。

 オレの特技、模倣をしようにも体の内部まで見ることはできないため真似しようもない。

 霊力の扱いのレクチャーをみっちり受けて何日も練習したが、今もできていない。

 オレは初めて、挫折というものを味わったのだ。


「なるほどねぇ……。もしかしたら霊力が多すぎて逆に扱いづらくしているのかもねぇ……。しかし、架でさえうまく教えれてないとなると、僕なんかじゃなぁ……」


 先生は顎に手をあて難しい顔をする。先生でも、良い方法は思いつかないと言う。


 因みに、先生の霊力量は並の霊能者レベルらしい。普通レベルの霊能者の霊力量は普通の人と比べ三から五倍程度。

 師匠は人間としては尋常でないレベルの霊力があり、並の霊能者の約三十倍。さらにオレは、師匠と比べて約三倍。

 ここまで霊力量の差があると、差がありすぎて霊力を扱う感覚が違うらしい。まだ感覚が近いであろう師匠のやり方でもうまくできていない以上、オレに教えることができる人がいないことを意味する。完全に手詰まり状態なのだ。

 そのため先生に指示をあおごうと思ったのだが、その先生でも教えることができないとなると、どうしたらいいのか……。

 そうオレが下を向いて黙っていると、先生は一つ提案してくれた。


「うーん……的確に教えてくれるものがあるかはわからないんだけど、百鬼夜行ひゃっきやぎょうが所有する書庫に行ってみないかい?」

「書庫、ですか?」

「そう。百鬼夜行ひゃっきやぎょうの歴史は浅いんだけど、古書とかの書物の揃えは中々良くてね。もしかしたら、霊力の扱いに関するヒントがある書物があるかもしれない。もしかしたら、ってレベルなんだけど……行ってみるかい?」

「行きますっ!」


 オレは即答した。

 わらにもすがる思い、とはこの事だろう。例え直接繋がるものではなくとも、少しでもヒントになりそうなものがあればそれでいい。こんなところでは、諦めたくはないから。

 ……問題は、オレが古書の文字を読めるのかということ。そこは先生にお願いするとしよう。


「じゃあ先生、すぐにでもお願いします! 検査中でもいけますよね?!」


 そう言ってオレが部屋を出ようとすると、先生は慌ててオレの腕を掴んだ。


「ちょ、ちょっと待って! 行けるのは行けるけど、これをしてからにして欲しいんだ」


 そう言って先生が手にしたのは、黒光りする細めの腕輪であった。


「なんですか? これ」

「これはねー、霊力の"漏れ"を抑える道具だよ。これを君の腕にはめて欲しいんだ」

「霊力の漏れ、ですか。そんなに出てるんですか? オレ」

「うん、めっちゃ出てる。垂れ流し。存在感ありまくりだよ」

「そ、そんなにですか……」

「量が量だから漏れ出てても生活には支障をきたしてないんだろうけど、出てる量が多すぎて怪異を呼びかねないからね。今後のためにも付けておいて欲しいんだ。それに、君が『神混じり』ということがバレる可能性が――っと、なんでもない」

「……どういうことです? オレ、秘匿なんですか?」

「あー、…………これは架から口止めされてたんだけどしょうがない、全部教えるよ」


 先生が語ってくれたのは、オレとハルが修行したての頃の話であった。




 架は百鬼夜行ひゃっきやぎょう本部の屋敷の最奥、百鬼夜行ひゃっきやぎょうの最高権力者がつどう座敷へ来ていた。ひかるに関する報告を、直接述べるためである。

 架が襖を開けると、数本の蝋燭の火で照らされた薄暗い座敷で、三人の男が架に向き合うように座敷の奥に座っていた。

 彼らは百鬼夜行の最高権力者、元帥げんすいたちである。架の目の前にいるたった三人だけのため、彼らをまとめて三元帥さんげんすいと呼び、彼らが集うこの間は元帥の間と呼ばれている。

 それぞれが同等の権限、発言力を持ち、対立した考えになったときは多数決で決定される。

 元帥が三人であるのは、権力が一人に集中しないようにするためであり、この百鬼夜行を立ち上げた物部もののべ 光明てるあきが己の権力が強くならないようにするためであったとも言われている。


「して、報告とは何だ、十字 架。我らのみに報告するとは余程のことか?」


 最初に口を開いたのは、現元帥の中でも最も元帥歴が長い長髪の老人、実相寺じっそうじ 意舒もとのぶ。齢を七十超えるも、未だ現役で霊能者で在り続けている、一種の化け物である。


「そうだ。百鬼夜行ひゃっきやぎょうどころか霊能者全体に影響が出る程の、な」

「おい、十字。口を慎め。前から言っているだろう、その口調を直せと。お前の性格は重々承知しているが、せめて我らの前では取り繕わんか」


 そう架に注意したのは壮齢の元帥、熊埜御堂くまのみどう 爪雲そううん。架の元直属の上司で、時雨の次に面倒をかけられた人物である。


「なら逆に聞くが、俺が体裁を取り繕うという面倒なことをすると思うか?」

「こいつ、開き直るどころか聞き返してきおったわ……。やはりお前と話していると疲れる……」


 架の、およそ上司に向けたとは思えない切り返しに、熊埜御堂元帥は架にまつわる嫌な過去を思い出し、胃がキリキリと音を立てる。


「まぁまぁ、そこら辺は見逃しましょうよ。彼は私たちが何か言っても直すような人ではないですし。それにこれくらいの刺激がないと、御二方も退屈ではないですか?」


 そう発言したのは、弱冠二十五歳という、創立者の物部 光明以来の若さで元帥となった、天宮城うぶしろ しん

 この歳で元帥になれる程の力量、頭の回転、胆力があり、他二人と並び立ってもまったく劣らない雰囲気を持つ者である。

 また、霊能者最強の架でも打ち破れないほどの防御力を誇り、異名「不動城塞イモービル」で知られている。

 他二人の元帥はともにため息を吐く。


「こんな刺激は願いさげだ、まったく……」

「……して、その、霊能者界全体に影響を及ぼすというのはどういうことだ?」

「……『神混じり』が現れた。これだけで、俺の言いたいことがわかるはずだ」

「「「な!?」」」


 架の報告に、三元帥は驚愕する。本当に架の言葉通り、霊能者界全体に影響が出るほどの出来事であるからだ。


「そ、それは真なのか!?」

「十字の報告だ、間違いがあるとは思えんが……にわかには信じ難いな……。まさか、生きている内に実例を目の当たりにするとは……」


 知識、経験の多い二人の元帥でさえ、動揺するほどの衝撃。仕方ないことではあるのだが、そんな二人に対し天宮城元帥は比較的冷静に、架にある疑問を問う。


「……その『神混じり』と発覚した人は、一体どのような人物なんです? 今まで見つかっていなかったことを考えると、まだ赤子ですか?」


 怪異は、霊力の溜まる場所に現れやすい。霊力を喰らい、強くなるために。その霊力を垂れ流すほどの莫大な量の霊力を持つ「神混じり」がいれば、母子や家族諸共怪異に狙われてしまう危険性が高いのである。

 しかし、ひかるの場合は違った。


「いや、七歳のクソガキだ。あの様子を見るに、覚醒したのは死んでからだろう。自分にそんな力があるとは全く気づいていなかったようだからな。今俺が保護しているが、霊力の垂れ流しの量が尋常ではない。あんなのを一日でも放っておけばそこら一帯、怪異の巣窟になるぞ」

「……! なるほど、貴方がこれを報告してきたということはやはり、『狂異』の被害者の一人でしたか。死がきっかけとなり、宿した霊力が覚醒した……。……その子の精神状況は大丈夫なのですか? 一度でも死を経験している以上、心への負担は計り知れない。それも、家族を失っているとなると……」

「……いや、ピンピンしている。俺が落ち着かせたのもあるが、それ以上に家族との約束を守りたいがために背伸びしている感じだな。あの歳で泣かなかったのは賞賛に値するが……やはり、常人からすればイカれてる部類だろうよ。その点、霊能者には向いているがな」

「なるほど……」


 一通り聞きたいことを終え、天宮城元帥はひとまず黙り込む。

 その間、架と天宮城元帥がやり取りしている間に落ち着きを取り戻した熊埜御堂元帥が口を開く。


「なるほどな。『神混じり』ともなれば、その力は絶大。霊能者の力にもなり得るが、逆に脅威にもなり得る。その力を利用しようとする輩も出かねん。お前はそれを恐れて我らのみに報告したのだな?」

「……しかし、その『神混じり』をどうするつもりなのだ? 保護ということは、『神混じり』を鍛えて霊能者にするつもりのようだが……儂は反対だ。今すぐにでも、封印するべきと思うが」

「それはあまりにも無情すぎでは。昨今では霊能者が広く知られ数は増えているが、未だ人材不足。『神混じり』であれば即戦力ですぞ? 伊勢いせ神道しんとう求道宗ぐどうしゅうに狙われる前に、即刻保護して教育し、すぐにでも実戦投入すべきかと!」

「だが、リスクが高すぎる。その力がずっと我らの助けになれば良いが、暴走しないとも限らん。一例目のように気ままに力を使い敵にならんとも限らんのだぞ。そのような事態が起きる可能性がある以上、早めに対処しておくことは必要だと思うが」

「しかし……!」


 実相寺元帥と熊埜御堂元帥の意見は対立し、勝手に意見の交流、もとい言い争いを始める。だが、それも無理はない。

 数百年から千年来の逸材。と同時に、脅威にもなり得る。このような対立は起きて当然である。

 しかし、そんな無意味な時間を過ごすために架は来たのではない。


「どちらも却下だ。それは容認できない」

「!?」

「そ、それはどう意味だ!?」

「言葉通りの意味だ。件の『神混じり』、ひかるはまだ子どもだ。どちらにもなり得る可能性を秘めている。そのどちらかにするのは、周りの人間がどう接するかにかかっている。少なくともアンタら二人のような、『神混じり』と呼び扱いするようなヤツがいるようなところに渡すつもりはない。オレは光が『神混じり』とバレないように、少なくともオレが鍛える幼少期の間はそれが漏れないようにすることがオレの意見だ。これがのめないなら……百鬼夜行ひゃっきやぎょうを抜けることも辞さんぞ、俺は」

「「……!!」」


 いつになく真剣な物言いに、二人は黙る他ない。

 そんな中、天宮城元帥はようやく納得したという顔をした。


「……それで貴方は自身で保護したのですね? 貴方の元には弟子でひかるくんと同年代の少年がいる。同年代の友達と幼少期を過ごさせることで、普通の少年の人格形成を促すと共に貴方が教育し、霊能者にしようとしていると、そういうことですよね?」

「……あぁ、そうだ」


(……俺の少ない言葉と情報でそこまで読めるか。やはりこいつ、食えない野郎だ……)


 架の答えを聞き頷くと、天宮城元帥はパンっと手を合わせ、提案する。


「では、光くんが一人前に育つまで、私たちだけの秘密として留めておくとしませんか? その方が、互いに益があると思いますが」

「いや、それでは封印しないということではないか!? 例え今はまだ人間だとしても、いつ暴れるか……!」

「そうだ、それでは私の説いた即戦力の話も……!」

「いえ、これは御二方の意見の折衷案として良いと思いますよ? 彼が教育し面倒を見る以上、暴れたとしても彼が全責任を持って封印してくれるでしょう。また、即戦力とはならなくとも彼が育てるんです、それこそ貴重な戦力です。それに彼が育ってから周知させることで、彼の心に与える影響は差程大きくはならないでしょう。――これ以上に良い案は無いと、僕は思います」

「……むぅ」

「……それは、……たしかに」


 天宮城元帥の説得に、歳上の元帥たちは言葉も出ない。どちらにもうまみがあり、納得できるからだ。

 歳上の二人の元帥を納得させ、さらに架の願いも盛り込むことで架の責任とし、自身や他元帥の責任問題にならないようにした天宮城元帥に、架は内心舌を巻く。


(やはりこいつは……食えないどころではないな)


 伊達にこの若さで元帥に上り詰めただけあると、架は再認識した。


「では、この件は十字 架に一任するということで、宜しいですか?」

「……あぁ。それで良いだろう」

「私も同じだ」

「わかりました。……十字 架さん、今後とも、よろしくお願いしますね?」


 そうして、架と三元帥の会議は何事もなく終了したのであった。




「……師匠が、そんなことを言ってくれたんですか……」

「そうなんだ。だから、君が『神混じり』ということは秘密なんだ。納得してくれたかい?」

「……えぇ。そういうことなら」


 そうして、オレは腕輪をはめた。

 師匠の責任になっている以上、オレは下手なことができない。もちろん、するつもりもない。

 あの師匠にそこまで言わせたのだ、オレは期待に応えたい。オレが強くなるためだけでなく、師匠にも報いるために。


「……と、話が長くなっちゃったね。今からでも行こうか、書庫に」

「はい!」


オレは霊力の扱いの助けになるヒントを求めて、先生とともに書庫へと向かったのであった。

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