第3話 出会い
「あれ、親から聞いてなかったかい? ――物部家は約三十年前、光くんの両親と叔父さんを残して全員死んでいるんだ。本家も、分家も、ね」
「え……?」
先生のとんでも発言を聞き、オレはそんな呆けた声で返すことしか、出来なかった。
「……全く、聞いたことがなかったです……。しかも本家分家って、そんなに力を持ってたんですか? オレの親戚、物部家って」
「うん、とても。何せ、日本に仏教が入ってくる前から日本に根付いていた神信仰が、仏教が入って来ても廃れなかったのは光くんの御先祖、物部氏が筆頭にいたからなんだ。それから二千年以上にわたって、霊能者一族の名門として栄え続けたのが物部家。それほど栄えていたから、物部家に栄枯盛衰は無し、とまで言われていたんだけど……さっき言った通り、三十年程前に、幼い子ども三人を残して全滅……死んでしまった。当時その三人が生きているのはわかっていたけど、入れられた施設からの消息が長らく不明だったんだ。それから物部という苗字を聞かなくなったからてっきり死んだのか、と思っていたんだけど、光くん、君が現れた。物部一族の殆どの者の霊力量が多く、ほんとに強かった。その血をひいているなら、体が霊力に耐えきれているのは偶然じゃないな、と思ってね」
「……、そうなんですか……」
先程も言ったように、そんな話は全く聞いたことがなかった。もしかしたら、お父さんとお母さん、叔父さんはかなり苦労をしたのかもしれない。それで、オレには何も言わなかったのか……?
それも気になるが、それよりももっと気になることがある。
「あの、なんで……物部家は滅んだんですか?」
そんなに強かったのなら、なぜ本家と分家を合わせた大人数が死んだのか。気にならないわけがない。
オレが問うと、先生は少し難しい顔をした。
「それがねぇ、今でも詳しいことが分かっていないんだ。その事件があったのは本家と分家、物部家の血筋全てが本家の屋敷に集合する物部会議という日に起こったんだけど、その会議をしている間は血筋以外誰も入れることもなく屋敷やその門に近づくことさえ許されない厳格なものでね……。なまじ全員が強いから、何かあっても護衛は要らないってことでそういう風になっていたんだろうけど、そのせいもあって発見が遅れてね。異変に気づいて中に入った時にはもう全ての事が終わった後だった。……あまり子どもには聞かせない方がいいような内容なんだが……まぁ、君なら大丈夫かな。……中の様子は地獄の一言だった。ぐちゃぐちゃの死体が至る所に転がっていて、腕やら足やら臓物やらが、床はもちろん壁や天井に張り付いていてどれが誰のものかすらわかりゃしない、本当に酷い有様だったと聞いているよ。五体満足の死体が少なかった程だった」
「う……」
オレは思わず顔を
霊能者一族、しかも強者で栄えた一族が、そんな最期を迎えるなんて誰にも予想がつかなかっただろう。
「……そんな悲惨な状況だったから、証拠とか遺留物はもう何もわからなくてね。ただ、誰も入った形跡が無かったこと、とても強い物部家に対抗できるような霊能者が当時いなかったことから、物部家の内部で血で血を洗うような同士討ちが起きたのではないかというのが当時の見解だ。だけど……僕個人としてはそうは思っていない」
「え? それはどういう……」
「物部家ではない、誰かの仕業かもないってことさ。もちろんそう思っている理由もある。……君の叔父さん、怪異に乗っ取られて体が異形化していただろう?」
「は、はい……」
「その異形化した体のDNAの配列は、他の個体に乗っ取られた別の人とのものと半分以上一致するんだよ、どういう原理かはわからないけど。つまり、
「せ、先生! 先生! 話がずれてます!」
熱が入ったのか話があらぬ方向に逸れ且つ早口が止まらなくなったので、オレが強制的にシャットアウトする。
すると、先生は我を取り戻し頭を振る。
「おっと、ごめんね。興奮すると時々こうなるんだ……直そうとは思ってるんだけどねぇ、直る気配がないや……。まぁそれはおいといて、問題はその遺伝子がその現場にあったことなんだ。しかも変な形をした、要するに異形化した腕があった。少なくともいたんだ、あの場所に。それに気づいて思ったんだ、あれを利用し混乱を起こして物部家全員を抹殺しようと、何者かが仕組んだものじゃないかってね」
「……結局、その怪異はなんなんですか? オッサンは、伝承にもない異質な怪異って言ってましたけど……」
「それも詳しいことはわかってないんだよねぇ。存在が確認されたのはごく最近で、人の体を異形化して狂わせることぐらいしかわかってないから正式名称すら付いてないんだ。でも、僕と架はその怪異のことを仮称で『
「『狂異』……。それが本当に利用されたんだとしたら……人工的に造られた怪異ってことは、あったりするんですか? そのためだけに造られたってことは……」
「それはないと思うけどねぇ……。人工的に怪異を造れるなんて聞いたこともないし、もし出来たとしたら大発見だ。それを物部家を壊滅させるためだけに使うかなぁ?」
「そう、ですよね。すみません、変なことを言って……」
「いやいや、面白い意見だよ。考えてみる価値はあると思う。架にも伝えてみる」
「あ、ありがとうございます」
そう言ったものの、オレはそれどこではなかった。
オレの親戚や……お父さんとお母さん、叔父さんの家族が何者かによって殺されたのかもしれない。そんなことを知って、オレの胸中は穏やかではなかった。
もし本当に仕組まれたとしたら……それはお父さんとお母さん、叔父さんをも殺したも同然だ。そんなやつがいるのなら……絶対に仇をとりたい。
でも本当にいるのかはわからないのだ。そればかり考えすぎるのも良くない。だから忘れない程度に、心にしまっておこう。
さて、何か他の話題にしたいんだけど……あ、そういえば。
「そういえば先生、さっき『架の義肢』とか何か言ってましたけど、あのオッサン義肢なんですか? 全然そんな風に見えなかったですけど……」
「光くん、これから架の弟子になるんだから、そう何度もオッサンオッサンって呼ぶの、そろそろやめといたほうがいいよ? ……うん、あれは義肢だってわからないように作ったやつだからね。ちょっと待ってね、今からその義肢見せるから……」
そう言うと先生がデスクの大きな引き出しから取り出した物をオレに見せる。
それは、人間の腕だった。
「〜〜〜〜?!!?!?!」
オレは声にならない声で悲鳴を上げ、座っていた椅子から飛び退いた。
「あはは、やっぱりみんな、これ見たときおんなじ反応するね。感触も思いっきり人間の肌だし、柔らかいし。でもやっぱ、温かさまでは再現できないねー」
そりゃいきなり人間の腕にしか見えないやつ見せられたら誰だって驚くだろう。義肢と聞いて何度見ても、人間の腕にしか見えない。
「それ、なにで造ってるんですか……?」
「これはね、さっきちょろっと言ったけど、狂人の細胞組織を参考に作ってあるんだ。狂異は乗っ取った人間の体を異形化させてしまう恐ろしいものだけど、それは逆に体の構造や性質を意のままに操ることができるということなんだ。だから義肢も、着用者自身の意思で形を変えてその人に馴染めるように作れないか、って思ったんだ。そこで、狂人化してしまった人や遺体から細胞を少しもらって、研究してできたのがこれだ。これはその狂人化した遺伝子と、これを付ける人の細胞で作ってあるんだ、拒絶反応しないようにね。で、これを付けるときに霊力を流し込むと、その人の意思に従って形が変わり、勝手に神経が繋がるんだ。これで、自分の意思で滑らかに動かすことができ且つ意のままに変形できる義肢の出来上がりってわけ。中には擬骨があるからちゃんと物も掴める。その擬骨も狂人化した遺伝子で作ってあるから骨の形も自由自在。もちろん質量保存の法則には縛られるけど、とっっても画期的なのを作った自信があるよ。でもこれ、作るのに時間かかるし、さっきの光くんみたいに気味悪がって誰もつけたがらないんだ……なんでだろ……」
そりゃそうだろう。たしかに便利だが……見た目が本物に似過ぎてなんか生理的に気持ち悪いって考えが先行する。オレだって嫌だ。
「あと、これを作るのにバカ高いお金が必要になるんだよね……。今の技術力だと僕一人で作るのが限界だし、半年に一本と時間かかるし……」
「それよりも、なんであのオッサn……師匠が義肢なんてしてるんですか? 家を出る前にちろっと聞こえたんですけど、師匠が自身の霊力量が多い云々って言ってましたけど、それだったら義肢の腕とか足も自力で治せるんじゃ?」
「あー、それはね……。まあ、話してもいっか。僕も当事者だし。架もね、光くんと同じように、狂異の被害者なんだ。父親が狂人になってね、そのときに両腕を失くしたんだ。あの頃はまだ架は霊力を覚醒させてなくて治せなかったから、僕はそのために義肢を作ろうと思ったんだよ。架も、『この義肢の腕の方がなにかと便利だ』って使ってくれてる。そして架は……同じような被害者を出さないために、今も狂異を狩っているんだ」
「そう、だったんですか……」
「さらにね、架と光くんは、まったく同じような境遇なんだ。基本、狂異に乗っ取られた人は直後に意識を失って狂異にされるがままだから、狂異を追い出せば治るんだけど、意思が強い人は別だ。光くんの叔父さんも、架の父親も、意思が強くて狂異と互いに傷つけあってしまったがために、亡くなってしまった。さらに死ぬ間際に、二人とも自我を表にだして言葉を交わした。あれは僕もびっくりしたよ。そんな例、一度も見たことなかったからね。多分、架はそれもあって、光くんを預かるなんて言ったんじゃないかな。あの人嫌いが二人も面倒見るなんて有り得ないしね」
「なるほど……」
あのオッs……師匠、全くそんな素振りしてなかったけど……オレに同情以上の感情を抱いてたってことか。ぶっきらぼうだけど、結構オレのことを考えてくれているのかもなぁ……。
……ん?
「あれ、なんか詳しいですね。しかも見てきたかのような口ぶりをしていたような……?」
「だってそりゃそうだよ、あのとき架を助けたのは僕だもん。懐かしいなー、大した霊力多くないから護身術程度しか教わってないのに戦闘任務に駆り出される毎日。そのときに助けたのが架でね、大変だったよー、護身術だけで架を守ったりとか。あの頃架はまだ十一だったから、もう二十五年前かー。いやー、懐かしい……」
…………?
ん? んん?? んんん???
ちょっと待てなんかおかしい。
「え、先生、今何歳ですか……?」
「ん? 僕? 四十九歳だよ? よく、そうは見えないって言われるんだ。童顔だからねー」
「ええ、えぇぇぇぇぇー!!!???!」
オレの絶叫にも似た声が、部屋どころか建物全体に響きわたる。
どう見ても童顔ってレベルではない若々しい顔に、年齢を感じさせない口調ですっかり騙された。というか誰でも驚くだろう。
この日、「人は見かけどうりではない」のだと、そう教訓になったオレだった……。
「……うん、異常はなさそうだね。大丈夫そうだ」
先生は、検査の結果を見てそう言った。
とりあえず胸を撫で下ろしたが、安全を保証されたわけではないので不安は残っている。しかし、ここはオss……師匠と先生を信じて任せてみるとしよう。
「いろいろ話してくれて、ありがとうございました」
「はーい、なんかおかしいな、って思ったら、いつでも来てねー」
オレは手を振り、その部屋をあとにする。師匠の家に行くためだ。師匠は入り口で迎えに来ているらしい。
長い廊下を、オレはゆっくり歩いた。師匠の家がどんなものなのか楽しみだが、楽しみはなるべくとっておきたい。そう思ったオレだった。
光が部屋を出た後、時雨は光の血液検査の結果とにらめっこしていた。
「んーー、物部家の血筋ということはもう確定的なのはいいとして……これ、どういうことだ? 狂異はあの霊力量に耐えきれないはずだからいるわけないし、狂人化した形跡もなかった。だけどこれは……」
暫く考えた後、ある仮説を思いつく。架に無線を繋ぐ。
「もしもし、架?まだ光くん来てない?」
「来てないが、どうかしたか?」
「いや、血液検査の結果を、ね?」
「あぁ。どうだったんだ? 本当に物部家の血筋だったのか?」
「うん、それは間違いない。それは君も疑ってたんだ?」
「まぁ、な。金眼なのは物部家と同じだったが、もう一つの特徴である黒曜石よりも深い色の黒髪がなかったからな。嘘を言っているようでもなかったから親にそう言い聞かせられて育ったのかと思ったが……本当に物部家だったか。だとしたらあの灰を被ったかのような、完全なまでの灰色の髪はどういうことだ? 何かわかったのか?」
「いや、それはわからなかった。話を聞いた限り両親とも物部家且つ黒髪で灰色ではなかったそうだ。なぜ自分の髪の色が灰色かは知らないみたいだね」
「そうか……」
「まぁそれを伝えたかったのもあるんだけど、聞きたいことがあるんだ。光くん、狂人化した叔父さんの一部を体に入れなかった? 一部ってのは血でもいい。なんかなかった?」
そう時雨に問われ、架は光を助けた場面を思い出す。
「……そういえば、俺があいつの叔父の腕を両断したとき、その血があいつにかかってたな。それがどうした?」
「やっぱりか……。いやまだ仮説なんだけどね、多分、光くんもう『能力』を発現してる。そうじゃないと説明がつかない」
「もっとわかりやすく喋れ」
「えっとね、驚かないで聞いて欲しい。検査の結果、光くんの遺伝子のDNA配列の半分が……
オ……師匠と移動し数時間して到着したのは、またまた武家屋敷だった。
高い塀で囲まれ、めちゃくちゃ立派な門が存在感を放って建っている。しかも広い。塀の端から端まで、何十メートルもある。もしかしたら百メートルはありそうだ。
先程の
そして塀の中にはこれまた立派な屋敷と、その横に道場らしき建物、何もなくだだっ広い庭があった。さらにオレから見た屋敷の向こう側には納屋らしき倉庫がチラリと覗いている。
師匠の背中を追って屋敷の中に入ると、オレは思わず感嘆の声が出た。
中もすごい。めっちゃ広い。見る限り一階建てのようだが、そんなことが気にならない程広い。慣れるまで毎日迷子になりそうな程だ。
また、材木などの質や経年劣化を見る限り、恐らく三百年前に建てられたものだろう。その時代の日本では古き良き建物の再興が目指され、質の良い材木や土で日本のあちこちにあらゆる種類の日本家屋が建てられた。今現存している日本家屋の殆どがこれだ。中に入らなかったので詳しくはわからないが、百鬼夜行の屋敷も多分そうだろう。
そういったことは知識として知っている。しかし、ここまで立派なものは今まで見たことがなかった。
案内されている間、オレは子どものようにはしゃいだ。いや、子どもではあるが。こんなに分相応な子どものようにはしゃぐのは久しぶりだ。
「こっちだ」
そんなオレを終始表情を変えず見ていた師匠は、ある部屋にオレを連れてきた。
「ここがお前の部屋だ。好きに使え。荷物を置いたら楽にしろ。稽古は明日から行う」
そう言って障子を開くと、十何畳もある畳の部屋だった。物を置いても大人数が寝転べそうな、オレの家の部屋とは段違いな広さ。
ここマジで自分一人の部屋なの!?と思ったが、奥の方に誰かの荷物があった。子供服が見えたので師匠のではなくもう一人の弟子の物だろう。
「夕食は二時間後。飯はお前らが慣れるまで俺が作るが、基本はお前らが作れ。この屋敷は慣れるまで場所を覚えるのは大変だろうと思い今日は俺が案内したが、明日からは自力で見つけろ。遅れても待たん。あとはもう一人の弟子のことだが……、ん、来たか。なら丁度いい、自己紹介しろ、春行」
そう言われて姿を現したのは、オレと同い年ぐらいの少年だった。
髪は少しボサボサで、茶色に黒を少し混ぜたかのような暗い茶色、瞳も同じような色だ。目は少し垂れ気味。誰が見ても温厚そうだ、と口にしそうな顔だ。背もオレと同じくらいか。
「はじめまして、俺、
そう言って手を出す春行。オレもそれに対し自己紹介する。
「こちらこそはじめまして、オレは物部 光。よろしく」
そしてオレも手を出し互いに握手する。
これが、オレの親友、ハルとの出逢いだった。
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