第18話 ぴえん
「奈央ちゃんの引越し先のマンションここだよね」
僕達は目の前の高層マンションを見上げる。新しいからやっぱり綺麗だ。
だけどそれよりも気になる事が一つ。
「なんで渡瀬さんと藤宮さんもここにいるの?」
そう、この二人も何故か一緒にいるんだよね。しかもさっきから様子がおかしい。絶対に僕と目を合わせてくれない。ちなみに奈央ちゃんもだ。奈央ちゃんは僕の質問に対して返事もしないでずっとポケーっとしてる。
「わ、私の家もここだからよ……。あとあんまり顔見ないで……恥ずかしいじゃない。見るならお尻にして」
「ボクの家もここなんだ。あと、あんまり顔見ないでくれると助かるかな。……恥ずかしいから。見るなら胸にして……」
恥ずかしいの基準とは? 見てもいいなら見るけど、後でなんか言われそうだからやめておこう。
ってそれよりもびっくりしたのは、まさかのみんな同じマンションってこと。それなら、ここまで一緒に来たことが理解できるね。理解しちゃだめなんだろうけどするしかないね。
さて、そうとわかれば早く日高さんの部屋に案内してくれないかな。出来ればさっさと部屋に荷物を置いてすぐに帰りたいんだけど。片手が布団で塞がってるし。
「奈央ちゃん?」
「ふぇ?」
笛じゃなくて鍵。
「え、あ……うん。ここが……我の新しき住まい……だょ?」
武士と無口キャラが混ざってる混ざってる。口調統一してよ。
◇◇◇
四人でエレベーターに乗って上へ。
渡瀬さんは三階で降りていき、藤宮さんは五階で降りた。そして僕と奈央ちゃんはと言うと、最上階で降りた。
さすが人気声優。借りる部屋も最上級だや。
僕の前を歩く奈央ちゃんのあとをついて行くと、後ろからエレベーターが止まる音。そして飛び出てくる渡瀬さんと藤宮さん。
「どうしたの? というかなんで分かったの?」
「「どこで止まるかずっと見てたから!」」
えぇ……なんか怖いんだけど。
「拓真。女の子の部屋に一人で行くなんて心細いでしょう? 私が一緒にいてあげる。感謝して」
「いらない」
「…………ぐすっ」
泣くの!?
「拓真くん! ぼ、ボクね? 結構料理得意なんだよ? だからみんなのご飯作ってあげる! 食材も今お母さんが買ってきたの全部持ってきたから!」
「買ってきたから大丈夫」
「…………ぴえん」
泣くの!? っていうかそれは泣いてる……のかな? それよりそれはお母さんに返してあげて。きっとお母さん困ってるから。
「ぐすっ……」
「ぴえん……」
あーもう。めんどくさいなぁ……。
いったい何がしたいの? さっぱりわからないよ。怜央きゅんのせいで情緒不安定なのかな? はぁ。しょうがないなぁ。
「わ、わかったよ。けど奈央ちゃんに聞いてからね。僕だって初めてくるんだから。それにただの買い物の付き添いできただけなんだからね?」
「はいっ!」
「うんっ!」
うわぁ、すごい良い返事。
そして僕は奈央ちゃんの耳元に近付いて小声で話しかけた。ほら、お姉さんの日高さんは界隈では有名人だからね。念の為。
「(奈央ちゃん)」
「ふわぁぁぁぁっ!」
「(声大きいって。あのね、なんかあの二人も一緒に来たいって言ってるんだけど……イイ? ダメだよね?)」
「んっ……んふっ……ふわぁ」
なんだろ? 耳くすぐったいのかな? けど大声で話す訳にもいかないから我慢してね。
「(ねぇ、どうかな?)」
「も……」
も?
「もう……ダメ……。一緒でもいいから、もう、耳元でしゃべらないで候う……」
御意。
「二人とも許可とれたよ。一緒でもいいって」
「「…………」」
「? どうしたの?」
「羨ましい……」
「囁かれたい……」
そういう動画をイヤホン付けて聴けばいいのに。
少しふらついてる奈央ちゃんを筆頭に四人で廊下を進んでいると、とあるドアの前で奈央ちゃんの足が止まる。そしてカードを取り出してピッとスライドさせるとドアの横からボタンが出てくる。奈央ちゃんはそのボタンをピピピッと押すと、そこでやっとドアが開いた。
ロボットアニメのコクピットみたいで興奮したのは内緒。
だけど、部屋の中に入るともっとやばかった。外の景色が見えるパノラマの大きな窓。
四人ともその窓に張り付いて真下に見える街並みに釘付けになった。
「凄いや……。僕の家も見えるかも」
「すごい……こんな所で『ほら、街中に見られてるぞ』なんて言われたら私……」
「すごい……こんな所で『お前の恥ずかしいとこ見せてやろうぜ』なんて言われたらボク……」
「あばー」
…………もう帰りたい。
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