第5話 天井と限度額
とんでもない事を大きな声で叫ぶ女の子。
その姿は茶色に染めた髪をサイドテールにまとめていて背は僕と同じくらい。渡瀬さんより少し小さいくらいかな。
そして胸が凄く大きい。とても大きい。だからそこにしか目がいかない……なんてことはなく、近くで親の仇でも見るような視線を二人がいる方に向けている渡瀬さんが気になってしょうがない。
だってさ? 渡瀬さんは彩音さんに復讐しようとしている上に、もう一人は「怜央きゅん」って言ったんだよ?
ちょっとどういうことなの怜央きゅん。遊びすぎだよ。羨ましいよ。そして絶対に修羅場不可避だよ。
ほら、渡瀬さんがボクっ娘巨乳に近づいていくじゃないか。
「貴女、今、怜央きゅんって言ったわよね?」
「何? 言ったけどキミは誰?」
「私は渡瀬美織。その女に怜央きゅんを奪われた女よ」
ほら、ヤバイヤバイ。誰か止めないと!
「……キミもなんだね。ということはつまり、同志って事でいいのかなぁ?」
「えぇそうよ。同じ男を同じ女に奪われたもの同士、手を組みましょう」
「うん、いいよ。僕は
「よろしくね。伊月」
なんで? ねぇなんで? そこは普通三つ巴の修羅場突入じゃないのかな? なんでそんなに一瞬で打ち解けてるの? 怜央きゅんって何者なの?
「それであなたはあの女に何をされたの?」
「思い出すのも辛いけど教えてあげる。ボクは先週の日曜日の朝10時にアニメ斎藤で怜央きゅんと待ち合わせしてたんだ。それなのに……あの女が突然出てきて横からボクの怜央きゅんを奪っていったんだ。しかも見せつけるようにしっかりと抱きしめながら!」
「なんてことを……彩音、どういうことなの? それはホントなの?」
待ち合わせ場所がアニメ斎藤っていうのもなんだかアレだけど、それよりも気になるのは彩音さんの反応。なんて答えるのかと思って視線を移すと、彩音さんは口を開かずにコクリと小さく頷く。
そんな……。ホントだって言うの? 彩音さんも怜央きゅんの魔の手にかかっているの?
「ボクは怜央きゅんと一緒に何度も天井を見たんだよ。それなのに……」
「わかる。わかるわその気持ち。私もお小遣いやお年玉を全て使って怜央きゅんと一緒に天井を見たもの」
「これ以上はダメって言われても次の月にはまた怜央きゅんの為にと思って頑張ったのに……」
朝から生々しい話やめて。
そして怜央きゅん最低だよ。お金取ってまでそんな事するなんて。
「ところで……伊月は付き合ってどのくらいなの?」
「ボク? ボクは七ヶ月くらいだよ。この前付き合って200日の記念日に飴100個くれたから」
「だ、大先輩じゃないの! これからは伊月さんって呼ばないと……」
「や、やめてよ。大事なのは期間じゃなくて想いの強さでしょ? 怜央きゅんもそう言ってたじゃん?」
「あ……そうね。確かに言ってたわね。なんてことなの。怜央きゅんの言葉を忘れてたなんて……」
また飴出てきたよ。
怜央きゅんは誰にでも飴あげてるんだね。ポケットの中は飴だらけなのかな? 言葉にすると可愛らしいや。やってる事は最低だけどね。付き合って2年とか経つと飴何個になるんだろ。もう箱買いしないとダメそうな気がするよ。
かっこいい事を言ってたみたいだけど、怜央きゅんにとって大事なのは期間でも想いの強さでもなく、飴の数だよね。
「そうだわ。ねぇ伊月、放課後暇かしら? 二人で怜央きゅんについて色々話さない?」
「ボクもちょうどそう思ってたよ!」
「じゃあ教室に行きながら連絡先交換しましょう。あ、ちょっと待ってて」
渡瀬さんはそう言って僕に向かって歩いてくる。
来ないで。
「赤坂くん」
「なに?」
「残念だけど今日の放課後は伊月と怜央きゅんの集いを開くことになったわ」
「そうみたいだね」
どうでもいいけどね。
「だから今日の作戦会議は無しよ。ごめんなさいね」
「全然いいよ」
「ありがとう。楽しみだわ」
「そうなんだね」
寝盗られたのに楽しめるの? とは言わない。楽しそうにしている二人に水は差さないから安心して。
これ以上何か聞いたら狂ってしまいそうだしね。僕が。
「じゃあね」
「うん」
そして仲良く並んで歩いていく渡瀬さんと藤宮さん。
それを見つめる彩音さん。ん? 彩音さん?
え? あの二人、あれだけ文句言っておいて彩音さん放置して行ったの!?
遠巻きに見ていた生徒も歩き出してるし、足を止めてるのは僕と彩音さんだけ。
なんだろう。こう……哀愁が漂っているように思えるのは。
それになんでだろう。さっきからずっと睨まれているのは。
最近睨まれすぎてそれが普通になってきたよ。
「…………」
あ、歩き出した。僕も行こう。だけど少し待ってからかな。後を着いてきたって思われるのもイヤだもんね。
…………はい、遅刻しました。放課後に窓拭きしてから帰ってだって。
まいったな。今日は「声優になる!」って言って家を出ていった兄ちゃんが帰ってくるのに……。
◇◇◇
放課後。ここは女子トイレ。
そこに向かい合って立つ渡瀬美織と藤宮伊月。
美織が真剣な顔をして伊月に問いかける。
「それで……日曜日に待ち合わせした怜央きゅんっていうのはアレのことね?」
伊月はその問いに対して腕を組み、その大きな胸を持ち上げながら答えた。
「もちろん。数量限定生産の怜央きゅんリバーシブル抱き枕カバー。制服姿と頬染め裸ワイシャツの2パターン。
「やっぱり……。彩音の布団が不自然に膨らんでいたのはそのせいだったのね……」
「許せない……ボクが得た情報では
「なんてこと……。新イベの為にお布施したから諦めていたのにまさか隣の部屋に怜央きゅんが来ていたなんて……」
「ボクはその新イベの限定衣装の為に天井を見たよ」
「凄いわね。私のお小遣いじゃとてもとても……」
「ボクはバイト代全部捧げたんだ」
「バイト! その手があったわね」
「お年玉も全部つかったら限度額表示出てきて、それ以上は無理だったんだぁ。あと一人来てくれたら限定スチルだったのに……」
「ごめんなさい。こんな事を言うのは気が引けるのだけれど、私、配布飴で怜央きゅん全員集めたの……」
美織がそう言った瞬間、伊月は膝から崩れ落ちた。
「ボ、ボクにはまだ愛が足りないってことなんだ………」
「そんな事ないわよ! 伊月の怜央きゅんへの愛はホンモノだわ! そうだ、いい話があるのよ。私、あの女への復讐を考えていたの。私なんてね? まだ見た事の無かった体育倉庫で半脱ぎで頬を赤らめる怜央きゅんのスチルを見せられたのよ。その画面のままでリビングのテーブルに置いておくから! わかるかしら? 自分の愛じゃなくて他人によって見せられるその絶望が」
「わかる! わかるよミオリン! SNSとかでスクショを自慢ありげに載せてるのを見ると処したくなるもん!」
「そうよね! なら耳を貸して」
美織は伊月の耳元に口を近付けると何かをボソボソと呟く。
そしてそれを聞いたら伊月は──
「それ、やろうよ」
そう言ってニッコリと微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます