第6話 兄の彼女は人気声優
「ただいま」
「おかえり! 親愛なる我が弟よ!」
玄関に入るとそんなセリフと共に長身金髪のイケメンが僕に向かってウィンクしながらピースしている。……誰?
「おいおい、わからないのかい? お兄ちゃんだよ。拓真のお兄ちゃんの
「そんなまさか。僕の兄はもっと髪はボサボサで太っててまるでハムに顔がついたような人なのに」
「お前……そんな事思ってたのか……」
「嘘だよ。おかえり兄ちゃん」
ちなみにこれも嘘。ホントに縛られたハムみたいだったのに一体何がどうなってこうなったんだろ? 突然変異? 痩せたらイケメンとかどういうことなの?
「あぁ、ただいま。って言っても明日には向こうに戻るんだけどな」
「早いね」
「仕事が忙しくてさ。まぁ、こればかりは仕方がない」
「仕事? なんの? もしかして本当に声優になれたの? あとなんでそんなに痩せてチャラくなってるの?」
「当たり前だろ? ちゃんと事務所にも所属してるんだぜ? そしてチャラい言うな。痩せたのはしばらくもやしだけの生活してたからだな。ほんと金無くてな。勝手に飛び出したから家に頼る訳にもいかなくてさ。そしてこの見た目も仕事の為なんだ」
凄いや。本当になれたんだ。「声優になって可愛い声優と結婚してその子のキャラの声で色んなセリフ言ってもらいながらイチャイチャするんだ!」って頭のおかしい事を言いながら家を出たのに実現するなんて。
「ねぇカズくん。その子が弟さんなの?」
そう言いながらリビングから顔を出してこっちに歩いてくる綺麗なお姉さん。見たことあるような気もするけど……誰?
「そうだ。コイツが弟の拓真。仲良くしてやってくれ。そして拓真、この人は
「………………え?」
そんな説明をしなくても名前を聞けば分かる。色んなアニメのヒロインをやってる可愛いって評判の有名声優じゃないか。そりゃ見たことあるよね。でもそんな人が彼女? またまた〜。
「兄ちゃん、騙されてる? 貢いだりしてない?」
「お前はさっきからちょいちょい失礼だな。そんなわけないだろうが。それに声をかけてきたのはゆかりの方からだ」
「ええっ!?」
「拓真くん、本当だよ? 私の方からアプローチしたの」
「なんでですか? どこがよかったんですか? なにか弱みでも握られてませんか?」
「おい……」
兄ちゃんが何か言いたそうだけど無視。それどころじゃないからね。
「そうだね〜、どこがと言われると……顔かな。それに何も握られてないよ? むしろ私の方が握ってるかも? いろいろと」
なんですかそれ。下ネタですか。下ネタをその声で言うんですか。そうですか。ありがとうございます。そして顔で好きになったと。
「顔……まぁ、確かに今はイケメンですもんね」
「うん。今はね。さっき昔の写真見せてもらってびっくりしちゃった。まぁ、最初は顔だったけど、今は全部好きなんだから安心してね。でもでも聞いて? カズくんったら私が好きだって言っても全然信じてくれなかったの。ハンコは貸さないとか免許証も貸さないとか言っててね? だから最後の手段使っちゃった」
さすが兄ちゃん。ずっとモテなかったから女の人を信じてなかったんだね。
だけどその兄ちゃんを落とすなんて、どんな方法をつかったのかな?
「最後の手段ですか?」
「そう。私の演じてる役でカズくんの好きなキャラを調べてこう言ったの。『お兄ちゃん……お兄ちゃんの事考えるとココがムズムズするよぉ……どうすれば治るのぉ? 教えてぇ……』って」
「…………」
ココがドコかはさておき、兄ちゃん……まさか……。
「おい拓真。なんだその目は。お前は自分の兄をなんだと思ってるんだ。兄ちゃんは優しいんだぞ? そんな事を言われたら──」
「言われたら?」
「治してあげるしかないじゃないか」
「それ、他の誰にも言わない方がいいよ。友達無くすから」
「なぜだ!?」
わからないならそれでいいけどさ。とりあえず僕は他人のフリをするね。
「それでその金髪も仕事の為って言ってたけど、声の仕事なのになんで金髪なの?」
「あぁそれはアレだ。俺が演じてるキャラのデザインが俺ベースで作られててさ。なるべくそれに近付くようにしてんだよ」
「へぇ。なんてキャラなの?」
「ん? アニメじゃないぞ? ゲームのだな。し──」
「カズくんっ!」
兄ちゃんが役名を言おうとした時、日高さんがそれを止める。どうしたんだろう。
「カズくん、それは誰にも言っちゃダメって社長から言われてるでしょ? 役名も芸名も」
「あ、そうだったな。でも拓真は弟だぞ?」
「それでもダメ。スポンサーからも言われてるじゃない。売上が伸びるまではダメって。いつポシャるかわかんないんだから」
「そうか……。なら仕方がないか。悪いな拓真。そういう事だから内緒な」
「いいよ。大丈夫」
聞いたところで……って感じだし。
「けどこれだけ教えてやるよ」
「なに?」
「『オレが奏でるのはお前の音だけだ』」
寒気がした。
「……何言ってるの? 頭でも打った?」
「ちがうわ! 俺の演じてるキャラの決めゼリフだっつーの。ゆかり、これくらいならいいよな?」
「ん〜? まぁ、もう言っちゃったからしょうがないかな」
こんな決めゼリフ言ってるんだ。うん。教えて貰っても絶対やらない。聞きたくない。
「てゆーか、カズくんと弟くんって声似てない?」
「あー確かに。昔はよく電話に出ると間違われたんだよな」
「だね」
「ねぇねぇ! ちょっと声低くして『任せな』って言ってみてよ」
「え」
嫌だな。恥ずかしいし。
「聞きたいなぁ〜。ね? おねが〜い」
「任せろ」
「ほらぁ! やっぱり似てる!」
僕と兄ちゃんはやっぱり兄弟なんだな。好きなアニメのキャラの声で「おねがい」なんて言われたら断れるわけが無いよ。
「カズくんが具合悪くなったりしたら代役頼めるね!」
「ばーか。そこら辺はちゃんと体調管理してるっての。とくに喉のケアは念入りにな」
「むぅ! 私に看病されたくないの?」
「おい、それとこれとは別だろうが……」
目の前でイチャつく二人。出来れば部屋でやってくれないかな。ここ玄関なんだけど。僕はまだ靴も脱いでないのに。
まぁいっか。二人の世界に入ってるみたいだし、さっさと自分の部屋に行こう。
──ポコン
ん?
──ポコンポコンポコン
なんだろう? 連続でメッセージ?
僕にそんな頻度で送ってくる友達なんていないんだけどな。
『見て? 先生、ちゅきちゅき赤坂くんの事考えながら学校でこんな格好しちゃった♪』
そんな文面と一緒に送られてきたのは、水色の下着の上に白衣だけを着た和野先生の写真が角度や露出を変えて三枚。
この人は何を考えているんだ。
なによりもなんで僕のIDを知って──あ、そうか。入学式の後のオリエンテーションで先生も含めたクラス全員のグループを作ったんだった。
誰とも交流は無いけど地味に連絡事項とかテスト範囲とか流れてくるからブロックも出来ないのか。
困ったな……。
────ポコン
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