第3話 事件は体育倉庫で起きていた

 渡瀬さんに腕を掴まれたまま化学準備室から出ると、引きずられるようにしてどこかに連れていかれる。


「ここで話しましょう」

「なんで体育倉庫?」


 着いた場所は体育館の用具倉庫。マットや跳び箱、バレーのネットなどがきちんと整頓されて置かれていた。まぁ、片付けるのはいつも生徒だから僕達が頑張ってるんだけど。


「それは……体育倉庫こそが今から話す事件の現場だからよ」


 君はどこの名探偵なのかな?


「事件?」

「そうよ。さっき復讐と言ったでしょう? 実はね、私の彼氏が体育倉庫で寝盗られたの。つまりNTRね。だから本当はココにいるだけで怒りで体が震えてくるの」

「それは……」


 てっきりイジメ的なものかと思ったら予想以上に重たい事情でビックリ。


「そしてその相手というのが……」

「相手が?」

「渡瀬彩音。私の……姉よ」

「…………え?」


 そんな馬鹿な。あの彩音さんが!? そんなの絶対嘘だ! だって彩音さんはクールで、教室でクラスメイトの誰とも話したりしてないし、たくさんの人から告白されてるのに一度もOKしたことないって聞いたことがあるんだ。

 それにクラスで男子が下ネタを話してると、凄い目で睨んだりしてるし。

 そんな人がNTRなんて……。


「驚いたでしょう? でもホントの事よ。あの女は私が心から愛して全財産をつぎ込んで尽くしに尽くした男を横からかっさらって行ったの。これが許せると思う?」

「いや、でも……何かの間違いかもしれないって事はないの?」

「無いわね。だって……あられもない姿のあの人の写真が残ってたんだもの……」

「そ、そんな……」


 とてもじゃないけど信じられない。だけど、写真という証拠があるなら本当のことなのかもしれない。

 ……いや待てよ? もしかしたら何かの騒動に巻き込まれてるとか? それで写真を捏造されてるのかも知れない。そうだとしたら彩音さんは何も悪くないじゃないか!


「だから赤坂くん。あなたにはあの女への復讐を手伝ってもらうわ。貞操の危機を助けてあげたんだもの。それくらいいいわよね?」

「助けてくれたのは嬉しいけど、さすがに復讐の手伝いっていうのは──」

「今度あなたと和野先生を二人きりにして二時間くらい閉じ込めてあげるわ」

「わかった。手伝う」

「ありがとう」


 その脅しは効果ありすぎる。ひどい。

 だけど考えようによってはこれで正解だったのかも。手伝うフリをしながら彩音さんは何もしてないっていう証拠を集められれば、彩音さんの好感度も上がるかもしれない。可能性は低いけど。


「それで、僕は何をすればいいの?」

「そうね……その辺は今からね。今夜中に考えをまとめておくから」

「わかったよ」

「じゃあ行きましょうか。ここにいるとどうしても彼の事を思い出しちゃうから」

「あ、うん」


 そんなに辛くなるなんて、ほんとに大好きだったんだろうな。

 彩音さんの無実を証明するのが第一だけど、それで渡瀬さんも元気になればいいな、って思いながら体育倉庫から出た。


 すると渡瀬さんは一人で歩き出し、すぐに姿が見えなくなる。僕は鞄を取りに教室に戻ったんだけど、そこには以外な人、というかさっきまで話題に上がっていた彩音さんだけが教室の中にポツンと一人座っていた。

 僕の席は彩音さんよりも後ろの席だから正面は見えないけど、何かをするわけでもなくただ座っている様に見える。

 声をかけるかどうするか。教室に二人きりなんてこんなチャンスは中々無いよね。

 だけどなんて話しかける? さすがに「妹さんの彼氏を寝とったって聞いたんですけど嘘ですよね。僕は信じてます。一緒にそれを証明しましょう!」はマズイよね。

 う〜ん??


〘ガダッ〙


 脳内会議での協議の結果、話しかけないに決まってそのまま帰ろうとした時、彩音さんが大きな音をたてて真っ直ぐ立ち上がる。

 そしてカバンを手に取ると、後ろを振り向いて僕を睨み、そのまま教室を出ていってしまった。


「は、話しかけないで良かったぁ……」


 危なかった。いるだけで睨まれるのに、話しかけたりなんかしたらどう思われるかわかったものじゃないもんね。

 でもまぁ、帰る前に顔をちゃんと正面から見れたからいっか。


 なるべくポジティブに考えながら僕は家へと足を進めた。



 ◇◇◇



 通学路で一人、少女が不機嫌な顔をしながら歩いている。

 その少女は渡瀬彩音。彼女は端正な顔の口を少し尖らせていた。


「鞄が残ってたから待っていたのに……」


 誰に対して言っているのかはわからないが、彩音はそう小さく呟くと大きなため息を一つ吐き、キュッと唇を噛むと足を止め、【渡瀬】という表札の横のドアを開けて中に入っていく。

 するとそこにいたのは、先に帰ってきていた双子の妹の美織。


「…………」

「…………」


 二人はしばらく目を合わせたあと、どちらからともなく視線を逸らす。

 そして靴を脱いで自室に向かう彩音に対して、


「絶対にゆるさないから……」


 と言う美織。


「……ごめん」


 と返す彩音。

 ここ数日、二人の会話は常にこの状態だった。


 やがて美織の視界から彩音の姿が消えると、美織は蕩けた目で自分のスマホの画面を見つめる。


怜央レオきゅん……。私が見る前に怜央きゅんの恥ずかしい姿を見た彩音には絶対に制裁を与えてあげるからね? だから待ってて。今月のお小遣いは全部怜央きゅんの新イベントシナリオの為に使うから……」


 そう言ってスマホを少し強く握る美織。その画面には、ウィンクをしながらピースしている金髪のの男の姿。

 名前は獅虎シドラ怜央

 大人気乙女ゲーム【恋愛協奏曲~オレがお前を奏でてみせる~】のメイン攻略キャラクターである。


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