第2話 貞操の危機
今は五月。そして高校に入学して初めてのGWが終わったあとの登校日初日の朝。
教室の中ではクラスメイト達が連休中の思い出話などで盛り上がってる中、友達のいない僕は一人スマホの画面を眺めながらソシャゲに勤しむ。
ちなみに友達はつくらなかったわけでも、要らないわけでもなく、ただ単につくれなかっただけの事。見事にスタートダッシュに失敗したって訳。
友達は欲しい。だけど今更どこかの会話に入る勇気もない。
ただ、楽しそうに話すクラスメイトを見ながら羨ましいって思いながらゲーム。虚しい……。
そんなことを考えながら、作業をするかのようにスマホの画面をタップしていると聞こえるドアが開く音。そして一気に静まる教室。
それが気になって顔を上げると、教室の入口に立つのはクラスメイトの渡瀬彩音さん。
彩音さんはそのクールで孤高な雰囲気からついたあだ名が【女帝】だ。
そして僕の片想いの相手だ。
はぁ……やっぱり綺麗だなぁ……。あ、目が合った? ってそんなわけないない。僕なんて眼中にも無いだろうし。
だから告白もしない。無謀な事はしない主義だから。とりあえずクラス替えが無いことを祈るくらいかな。
ってあれ? ほんとに目が合ってる? むしろガン見されてる? いや、むしろ睨まれてる? 目が細められてるし、背後になんか黒いオーラが見えるような……。
あれ? 僕なんかしたっけ? クラスメイトって以外の接点が無いから好かれる事はないとは思ってたけど、まさか睨まれるほどに嫌われるとも思ってなかったや。凹む。
ショックで目を逸らしたあと、再び視線を戻すと渡瀬さんは既に自分の席に座っていた。素早い。
それからは目が合うことも僕の方を見ることも無く、またいつものように時間が経つのを待つ一日。
そしてその放課後。クラスに放課後教室に残って話したりする友人のいない僕は、チャイムが鳴るとすぐに教室を出た。
「あ、赤坂くん」
捕まった。
「ちがいます」
「そんなわけないでしょ? 担任なんだから生徒の体を間違えるわけないじゃない」
「……なんですか。
目の前の白衣を着た女性は
担当科目は化学なのに、何故か体育の授業に乱入してくる時があるんだけど……まさかね。てゆーかさっき体って言った? 顔じゃなくて?
「ちょっと先生の作業手伝ってくれない? 赤坂くんいつもすぐ帰るじゃない? 部活も入ってないみたいだし、いつもゲームやってるし、部活やってないのに以外といい体してるし、暇でしょ?」
いい体は関係ないと思う……。
「まぁ、はい。暇と言えば暇ですね」
「はい決定! 化学準備室にレッツゴー! あ……やっぱり引き締まってるぅ……」
機嫌良さそうに僕の二の腕を掴んで前へと押す和野先生。そこは普通背中じゃないんですか?
で、連れられるままに化学準備室に入ったのはいいんだけど──
「先生。なんで僕は椅子に縛り付けられているんでしょうか」
「それはね? 赤坂くんが逃げないにするためだよ?」
「先生。なんで僕は逃げちゃダメなんでしょうか」
「それはね? 先生は赤坂くんの事がちゅきちゅきだからだよ?」
「先生、意味がわかりません。何を言ってるんですか?」
「ナニをするって言ってるのよ?」
あ、これはアレだ。体育の時間に来てたのは運動しに来たんじゃなかったんだ。運動する相手を見定めに来てたんだ。
「………助けてぇ〜」
「だ〜め。先生ね? 歳下が好きなの。歳下の逞しい体が好きなの。その逞しい体に押しつぶされたいの。大丈夫よ? 気持ちいいことだから。きっと赤坂くんも誰にもこの事を言えないくらいに夢中になるわ。いえ、夢中にさせてみせるわ。そして先生を屈服させて欲しいの。だ・か・ら……いただきまぁ〜す♪」
あぁ……さようなら僕の初めて。お互いに照れたりして手探りで照れ笑いしながらしたかった。
「ふふっ、か〜わいっ♪」
そう言いながら僕の顔に自分の顔を近づけてくる和野先生。あと数センチで唇同士が触れるってところで室内にノックの音が響き、すぐに声も聞こえた。
「あら? 鍵が閉まってるわね。忘れ物したからとりに来たのだけれどこれじゃあ……」
助けて! そう叫ぶ前に僕の口は小さな声で「(静かにして)」と言った和野先生の手で塞がれる。
「しょうがないわね」
ああっ! 行ってしまう!
「壊しましょう」
まさかの!?
さすがにその発言には和野先生も驚いたのか、急いで僕を縛っていた縄を解くとすぐに対応した。
「ま、待って待って! 壊さないで! いるから! 先生いるから!」
「……あら、いたんですね」
開いたドアから一歩中に入ってきたのは隣のクラスの渡瀬美織。
あの女帝と呼ばれている彩音さんの、双子の妹だ。
華やかな彩音さんとは真逆のなんだか暗い雰囲気で、じゃない方って呼ばれているらしい。
僕はそういう言い方好きじゃないからそんなことを思いもしないけど。
「う、うん。ちょっと赤坂くんがわからないところあるからって言うから、それを教えるのに集中してて気付くの遅れちゃっただけなのよ」
「そうなんですか」
そう返事をして僕の方に顔を向ける渡瀬さん。
双子って割にはあまり似てない……かな? 長い前髪のせいで目元がよく見えないけど。
「そ、それで忘れ物だったわね? 先生はもう行くから見つけたらすぐに帰るのよ? 赤坂くんも、続きはまた今度ね」
焦るようにパタパタと部屋を出ていく和野先生。続きは勘弁して欲しいと思いながら僕も帰ろうとすると、いきなり制服の裾を掴まれた。
誰に? もちろん一人しかいない。
「えっと……どうしました?」
「助けてあげたのだからそれなりの対価があってもいいんじゃないかしら?」
「……え? もしかして気付いて?」
「適当に隠されて少しはみ出している縄。不自然に置かれた椅子。あなたの一つだけ外されたボタン。そしてあの女から滲み出ていたメスの匂い……簡単な推理よ」
「凄い……」
……のかどうかは分からないけど一応そう言っておこう。微妙にドヤ顔してるっぽいし。
「あと、ずっとドアに耳をくっつけてたから全部聞こえたのよ」
推理関係ないじゃん。ま、それはそれとして、助かったのは事実なんだよね。
「で、その対価というのは僕はいったい何をすれば?」
「そうね……ちょっと私の復讐を手伝ってくれないかしら?」
渡瀬さんはそう言って、僕の腕を痛いくらいに掴んできたんだ。
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