07話.[守れる気がした]

「晴れてるね」

「そうね」


 今日はふたりで出てきていた。

 特に目的地というのはない、決まっているのはお昼ご飯を外で食べるということだけだった。


「うわあ、風が冷たいな」

「冬だもの」

「だから手、繋ごうよ」


 伸ばしてきた手を見つめたら彼は再度「繋ごう」と。

 明里は真一郎君とたくさんいるようになったからその点での心配はない。

 でも、こんな他の人がたくさんいるところで手を繋いで歩くというのは……。


「行こう」

「……それなら最初からそうすればいいじゃない」


 そうするぐらいだったら自然と握ってくれた方がマシだった。

 私に考えられる時間を与えたらああなるに決まっているから。

 それに向こうが勝手にしてきている状態であればなにかがあった際に自分を落ち着かせられるのもいい。

 これならいきなり近くから消えられたところで……。


「許可を貰わないで勝手にする人間は暁絵的にいいの?」

「結局、そうしたら同じじゃない」

「に、二度言ったけど断らなかったから」


 もういい、もう既に触れられているわけだから歩き始めよう。

 留まってやり取りを続けている方が目立つというものだ。

 歩いていれば逆に気にならないということも分かった。

 私と彼の身長がそこまで変わらないというのも影響しているかもしれない。

 他者から見たら姉弟みたいに見えたり……しないだろうか?


「それに女の子としては急にぎゅっと握られるからこそドキッとするんじゃない?」


 ある程度の仲であればそれぐらいの大胆さを見せても引かれはしないはず。

 もしいまここに明里がいて、明里が彼の相手をしていたのであればきっとえっと驚きつつもドキドキしてしまっていたはずだ。

 後輩の可愛さやときどき見せる格好良さに惹かれてしまっているあの子だけど、幼馴染のそういうところに――なんてね。


「女の子である暁絵はどうなの?」

「私は正直、風邪のときのあれが一番ドキッとしたわ」

「ああ!」

「あのときは暗かったから結構意識がいってしまったわ」


 気づいたら二十時を既に過ぎていたぐらいだからその時間はあっという間に終わったものの、あれはちょっとそっち方向でのドキドキだったと思う。

 体調が悪かったときだったからこそ影響を受けた……のかなと。

 というか、何度も優しくされたら誰だって少しずつは……。


「え、あの後すぐに寝ちゃったけど」

「なんででしょうね、あ、もしかしたら安心できたのかもしれないわ」


 一緒にいるときに安心していられるというのは大切だ。

 不安になってしまうような相手であればこうして休日にお出かけすることなんてできるわけがない。

 私はそうでなくてもマイナス思考をしがちな人間なので、彼ぐらい振り回してくれるような人の方がいいのかもしれなかった。


「あ、美味しそうだ」

「うどんが食べたいの?」


 少し怖い点はご飯を食べた瞬間に解散にしそうなところだった。

 少食系なのかいつも「お腹いっぱいだー」と言って動かなくなってしまうから。

 さすがにこうして出てきているからにはもう少しぐらい一緒にいたい。

 だってまだ十一時というところだし……。


「蕎麦でもいいけどね、いまの時期は温かければ正直なんでも美味しいから」

「少し早いけど食べましょうか」

「ここでいいの? 暁絵がいいならそうしようかな」


 それでも食べたそうにしていたら従うしかない。

 解散になってしまったらひとりでアイスでも食べに行こうと決めて店内へ。

 こういうところは全く賑やかではないから少し緊張する。

 救いだったのはそれなりにお客さんがいてくれたということだった。


「俺はこれかな、暁絵は? あ、それか、分かった」


 苦手なこともやってくれたから運ばれてくるまで少しゆっくりしておくことに。

 どうしてこうなったのか、本当にいいのか、彼はどうして来てくれるのか、いつもと同じようなことを考えて過ごしていた。

 もしなにかが間違っても三角関係になってドロドロに、とはならないのはいい。

 けど……。


「知輝――」

「きたよ」


 いい匂いを前に一瞬でどうでもよくなった。

 いただきますと挨拶をしてあまり音を立てないようにしながら食べていく。

 美味しい、優しいお出汁の味にほっとする。

 正直、遮られるような形になってよかったとそっちでもほっとしていた。


「美味しいわね」

「そうだねっ」


 あまりにも美味しかったうえにお腹いっぱいになってこれで解散でもいいなどと考えてしまった。

 いえ、あれに触れられないためにもその方がいい。

 一緒にいればいるほど駄目なところが出て終わるだけだから。


「「ごちそうさまでした」」


 最近、お金を使いすぎてしまっているというのもあった。

 なにかがあったときのために貯めておかなければならない。

 昔それで後悔したことのある自分としてはなおさらのことだ。


「お腹いっぱいだー」

「今日はもう解散にしましょうか」


 いまなら自然に解散することができる。

 誰だって満腹の状態で動き回りたくはないだろうからこう提案したことを感謝してくれることだろう。


「え」

「お昼ご飯を外で食べるということはできたでしょう? だから今日はこれ――」

「嫌だよ」


 手を掴まれても変わらない。

 ふたり分を気にせずに払って退店する。

 重りみたいな状態になっているけど、運動不足の私には丁度いい重さだった。

 ただ淡々と歩くよりもよっぽど短時間で運動できるのではないだろうか?


「暁絵っ」

「なっ」


 別に轢かれそうになったところを守ってもらえたとかではない。

 彼は依然として手を掴んでいたわけで、そんな彼が手を思い切り引っ張ったらどうなるのかと言えばこうなることは確定している。

 でも、こちらとしてはあまりに思い切り引っ張られたせいで腕が痛いという感想の方が大きかった。


「ごめん、だけどこのまま解散は嫌だよ」

「慌てなくても私は付き合うわよ」


 今日このまま一緒にいることが不味かったというだけだ。

 誘われたらまた参加させてもらうつもりでいる。

 どうせ休日にやれることなんて読書や勉強しかないわけだから安心していい。

 そもそもこれまで一度も断ったことはないのだから。


「知輝君の行動はアウトだよ!」

「ああ、流石にいきなり引っ張るのは危ねえだろ」

「暁絵先輩、腕、大丈夫ですか?」


 まさか全員いるとは思っていなかった。

 彼もそうだったのか驚いた顔で固まっているだけ。

 その間にずんずんとこちらに近づいてきた明里がこちらの手をぎゅっと握って。


「悪い人から暁絵ちゃんを回収っ、帰るよっ」

「おうっ」

「分かりましたっ」


 固まったままの彼と別れることになった。




「ふぃ~、まさかあんなことをするとはねえ」

「つか、暁絵は凄えな、普通あそこまで抵抗している人間を引きずって歩くのは無理だろ」

「どうしても今日は帰りたかったの。知輝君のことが嫌だったというわけではないけど、一緒にいるのが少し恥ずかしくて……」


 時間をおかないと冷静に対応することがきっとできなかった。

 もしあのまま知輝君の要求を受け入れていたら馬鹿なことを言い出してそれこそ終わっている可能性があった。

 どうせなら仲良くしたい、喧嘩なんかしたくなかったから地味に三人が来てくれたのはありがたいことで。


「おお、結構いい感じなのかな?」

「知輝先輩もあからさまですよね、急に暁絵先輩といる時間を増やしましたからね」

「それはここにいる明里もそうだろ」

「うえ!? な、なんで急にっ?」

「だって真一郎とべったりだろ、俺だけひとりで寂しいわ」


 あ、彼女の一方通行というわけではないことがいまので分かった。

 少し照れた感じの真一郎君が可愛い。

 逆に彼女の方は顔を真っ赤にして固まってしまっているところがまたぐっとくるというか、ふたりきりだったら間違いなく進展しているところで。


「暁絵、空気読んで帰るか」

「そうね、このふたりは明らかにふたりでいたいという雰囲気を出しているもの」


 さらにふたりと別れて雄吾君とふたりきりになった。

 正直、ここまできたら普通に解散でもいいけど、なんとなく歩いていることが楽しくて続けていた。


「俺だけ仲間外れでつまらないから付き合ってくれ」

「ふふ、どこに行きたいの?」

「ちょっと公園に行こうぜ」

「分かったわ」


 で、何故か私達はぐるぐると走ることになったという……。


「冬でもちゃんと体を動かさないと駄目だ、この前風邪を引いたのも運動不足とかからきたと思うぞ」

「それは物好き四人組のせいで精神的に疲れてしまったのよ」

「物好き四人組?」


 そこでそんな白々しい反応をされるとは思わなくて足を止めた。

 少ししてから彼も足を止めてこっちを見てきたので、


「雄吾君、真一郎君、知輝君、明里の四人よ」


 しっかりと言って分からせておく。

 そもそも、既に何度も言っているのに含まれていないと考える方がおかしい。

 あれだけ自然に他人のために動けるのに肝心なところでは駄目というか、もし相手ができたとしてもその相手が苦労しそうな人だった。


「はあ? 俺も含まれているのかよ」

「当たり前よ、あれだけ面倒くさい絡み方をしてもまだ私のところに来るじゃない」

「正直、面倒くさい絡み方をしていたのは俺らじゃね?」

「違うわよ、私が面倒くさいところを出したんじゃない」


 私が勝手に悪く考え、暴走し、結局すぐに戻ったというだけの話。

 でも、四人も相当変なことをしているのだと自覚した方がいい。


「その話はもう終わったことだからいいわ」

「また暴走されても嫌だからそれでいいけどさ」

「もう少し走りましょう? 少し楽しくなったきたの」


 夕ご飯を美味しく食べるためにも必要なことだった。

 ひとりだったらすぐにやめてしまうところだろうけど、誰かがこうして付き合ってくれているのなら話は別で。

 その相手が仲良くしてくれている存在だからこそ楽しめているのだ。


「ふぅ、とりあえずこれぐらいね」

「はぁ、流石の俺もここまで走るつもりはなかったけどな」

「いいのよ、ちょっと疲れてしまうぐらいがいいの」

「そうだよ、雄吾は自然と一緒にいてもらえて羨ましいよ」


 いることは分かっていた。

 だからこそこのタイミングで終えたのだ。

 それにいきなり無茶をしても続くことはない、続けなければ意味がない。


「暁絵、満足できたから俺はもう帰るわ」

「ええ、今日はありがとう」

「こっちこそありがとよ、それじゃあな」


 少し疲れたからベンチに座ったらすぐに手を掴んできた。

 今度こそ逃さない、そういう気持ちが伝わってくる。

 あまりにも唐突すぎてどうしてなのか考えようとして、この前の自分の発言を思い出して笑った。


「知輝君、私の家に来ない?」

「流石に迷惑がられてしまうんじゃないかな」

「別にご飯を食べてほしいとかそういうことではないの」

「え、つまり、暁絵が俺といたいってこと?」

「このまま解散だと引っかかりそうだから」


 無理なら無理でいいわと言って歩き出す。

 暖まっていた体が冷えてきてしまったから帰りたいのもあった。

 また、拒絶したりすると延々平行線になりそうだったから、というのもある。


「ただいま」

「お邪魔します」


 母はなんらかの理由でいないみたいだったからリビングでゆっくりすることに。

 彼にもソファに座ってゆっくりしてもらう。

 変に離れたりすると文句を言われそうだから飲み物を持ってきた後に静かに横に座らせてもらった。


「今日いないんだね」

「そうみたい、お買い物に行くにしてももう少し早い時間に行くはずなんだけど」

「正直、いてくれた方がよかったな、いまふたりきりになったらどうなるか……」

「私のなにがよかったの?」

「単純に言ってしまえば見た目かな」


 面食い、ということなのだろうか?

 中身がどうでもよくなってしまうぐらいに優れているとかではないし、きっと進展しても長続きすることはないと思う。

 でも、一度経験しておくというのは自分のためにもなるから、求めてきたら受け入れるつもりでいた。

 自由な彼だけど優しいのは確かで、一緒にいられるときに安心していられるのも本当のことだからだ。


「自分好みの子のうえに性格までいいなら最高だよ」

「私はいいわよ」

「ん?」

「あなたが私とそういう関係になりたいのなら私は受け入れるわ」


 いままでのがなにもかも演技でやっぱりなし、そんな風になる可能性もあった。

 けど、誰が誰を求めるかなんて自由だ。


「いいの?」

「ええ」

「ま、マジ?」

「ええ、あなたが求めてきた場合は、だけど」


 今回は珍しく全部言えた後にぎゅっと抱きしめられた。

 いつも結構遮ったり遮られたりの私達だったからそっちに意識がいっていた。

 ただ、さすがにずっと抱きしめられていたら段々と意識が向いていってしまって。


「ありがとう!」

「え、ええ」

「ん? なんでそんな顔をするの?」

「……ここまできてそんなつもりないとか言って去られると思っていたから」

「そんな訳ないよ」


 離してくれた頃にはもう落ち着かない状態になってしまっていた。

 顔を見てほしくないのに見てこようとするから少しの間は戦っていたものの、無駄な抵抗をしても仕方がないということで彼の方を向く。


「あ……」

「いまは……」

「ご、ごめん」


 最初からこうしていればよかった。

 無駄な抵抗なんてするから余計に酷いことになる。


「昔さ、一回本気で明里に告白しようと思ったときがあったんだ」

「しなかったの?」

「うん、というかできなかったんだ、あのとき明里には好きな子がいたからね」

「真一郎君? ……ではないのね」

「うん、同級生の仲がいい男子のことを好きだったんだ。丁度、告白するぞと頑張っていたときに相談されて捨てるしかなくて……」


 告白しようとしたときにそんな相談をされたら私でもそうするしかなくなる。

 いや、私だったらそういう理由がなくても捨てていたかもしれない。

 結局これだって彼が一生懸命動いてくれたからなんとかなっただけで、私が彼を好きになって動かなければならない側だったらそうなっていた。


「結局、付き合うこともなく終わったんだけどね。それでも俺は動けなかった、振られた後に告白することなんてできなかった」

「でも、時間はあったわけよね?」

「時間はあったよ、でも、もう怖かったんだ」


 積極的に行動できる彼が怖いと感じてしまうぐらいなんて……。

 違うか、これも全部押し付けみたいなものなのだ。

 雄吾君のことを怖いと言っていた明里に対してもそう、自分の理想像みたいなものを押し付けてしまっていることになる。


「それなら私は……」

「適当に告白したとかじゃないことは分かってほしい」

「ええ、それは分かっているけど」


 彼が求めてきて受け入れたことには変わらないからそっちに集中するだけだ。

 続くか続かないかは彼次第だけど、悪い方に考えていたところで気分が滅入るだけでしかない。

 頑張る必要はない、これからも私らしくを貫けばいい。

 というか、いつでもそうだけど自分らしくない過ごし方なんて不可能だから。


「離れたくないけど今日はもう帰らないと」

「なにか用事があるの?」

「いやほら、あんまり長居すると暁絵のお母さんに嫌われ――」

「いたいならいていいよ? 泊まってくれてもいいよ?」


 最近はこういうことも多いからいちいち驚くことはなかった。

 下着とか着替えのことを考えると帰った方が楽だと言える。

 でも、どうするのかは全部彼次第で。


「それなら着替えを持ってきます」

「分かった、あ、ちゃんとご両親に言ってきてね」

「はい、すぐに戻ってきますから」


 はぁ、やっとなんか本当の意味で休める気がする。

 手伝いをする気にもなれなかったからソファで休ませてもらうことにした。

 彼が戻ってきたらどうなってしまうのか、案外、これまでと変わらない感じで終わってしまう可能性はある。

 ただ、今日のそれで変わったことには変わらないからこう……。


「ないわよ!」

「え、なにが?」

「な、なんでもないわ」


 ああいうタイプは寧ろこうなったら積極的になれないはずだ。

 だから当分の間は私らしくをしっかり守れる気がして嬉しかった。

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