06話.[分かっていない]
「これかな、俺結構人の手が好きなんだよね」
「手が好き……」
「小さかったり大きかったり、温かったり熱かったり、人によって違うからね」
これまで何人の手を握ってきたのか。
男の子の手にべたべた触れるようなことはないだろうし、複数の女の子といつもいることから経験値が物凄く高そうだった。
それなら私の手を握るぐらい平気でできるわよねと、じーっと彼を見ていた。
「ありがとう、満足できたよ」
「ええ」
もういまとなっては小外君や諏池君といられているときの方がよかった。
彼はよく分からなすぎるうえに実際のところが見えてきて駄目だから。
優しいのは確かだけど……。
「知輝先輩、明里先輩が呼んでいましたよ」
「どこに行けばいい?」
「校門の所にいます、小外先輩もいるので早く行ってあげてください」
「分かった」
なんとなくタイミングが被ると微妙な気がしたから残ることにした。
今回はブランケットとかがあるから風邪を引くことはない。
外でじっとしているわけでもないし、一日空けたことでなんか自分の椅子に座っていられることがなんか嬉しかったのだ。
「体調がよくなってよかったです」
「ありがとう」
「帰らないんですか? いまなら一緒に帰れますけど」
「邪魔をしたくないの、あとはこうしてゆっくりしたくなったの」
終わったばかりならまだ明るくて見ているだけでも楽しめる。
部活をやっている人達の声も聞こえるから飽きない。
静かでもあるから勉強をやっていくにもいい場所だった。
「ここ、いいですか?」
「それこそ一緒に帰らなくていいの?」
「大丈夫です、それにこういうときでもないと佐塚先輩といられないので」
残るのも帰るのも全部彼次第だ、残りたいということなら残ればいい。
意外だったのはお互いが黙った後も気まずくはなかったことだった。
もう何度も情けないところを見られてしまっているからなのかもしれない。
いまさらこんなことぐらいでいちいち引っかかったりはしないと脳が教えてくれているのかなと。
「昨日、本当は行きたかったんです。でも、知輝先輩に止められまして」
「そんなことがあったの?」
「はい、小外先輩も一緒に行こうとしたんですけどね」
そもそもどうして家を知っていたのか、という話だ。
何度も言うけどそのために連絡先を交換したのだから。
家を知られたくないとかそういうことではなかったものの、いつもあの別れるところで別れているのにどうしてだろうと気になるところではある。
「何時までいたんですか?」
「昨日は泊まることになったの」
「え、珍しいですね、知輝先輩は明里先輩の家にだって泊まったりしていませんよ」
残念ながらそういうのではない。
寒かったからもう出たくないと口にしたらそれを母が聞いていたというだけで。
窪川さんのお家にすら泊まらないようにしているのは距離感に気をつけているからだろう。
本当に付き合ってからならともかく、幼馴染というだけでは昔みたいにはできないということなのだと思う。
「あまりにも急すぎてよく分かりませんね」
「三俣君なんていつも唐突な人じゃない」
「ははは、確かにそうかもしれませんね」
だいぶ時間もずらせたから荷物を持って帰ることにした。
窪川さんに誘われるまではずっとひとりで下校していたからなんか新鮮だ。
日によって相手が変わるというのも面白い。
きっかけひとつでこれだけ変わるわけだから不思議だった。
「風邪を引かないでくださいね」
「ええ、あなたも気をつけて」
「はい、それではまた明日」
挨拶をしてひとり歩き出す。
こうなっても寂しくなったりしないのは直前まで他者といられたから、よね?
それかもしくは、ひとりの時間が多すぎて特に寂しさとか悲しさとか、そういうのを感じないようになっているのかもしれない。
私だったらその可能性の方が高そうだった。
「ただい……」
「おかえり」
当たり前のように階段の一段目に座っていた窪川さんを見て固まる。
一度出て表札を確認してみてもあくまで私の家なのは変わらなかった。
「最近、そういうのが流行っているの?」
「ん? 私は避けられたからまた文句を言いにきただけだけど」
「避けられた……」
休み時間になると毎時間来てくれたから相手をさせてもらっていた。
あそこの○○が美味しいとか、あそこには可愛い小物が売っているとか、そういう情報をたくさん教えてくれる。
帰っているときに寄り道とかしない人間だったし、休日もこもって勉強などをしていることが多かった人間としては新鮮なことで。
「わざと帰る時間をずらしたよね、私は知輝君に佐塚さんも連れてきてもらうつもりだったのに連れてこないからさあ」
彼女は腕を組んで「なんなら真一郎君は戻ってこなかったしね」と。
とりあえずここだと冷えるから飲み物を持って部屋に移動することにした。
制服から着替えるのも後にして、しっかり彼女と向かい合う。
「で、どっちが好きなの?」
「え、あくまで私達は友達じゃない」
「なんかないの? 知輝君はそういう風に動いているように見えるけど」
「ふふ、そんなのないわよ、寧ろあったら驚くわよ」
私にも優しい、ただそれだけ、それ以上でもそれ以下でもない。
同じように困っていそうな人間を見つけたら自然に動いてしまう人で、そういうことを期待してしまったら終わってしまう。
惚れ症というわけではなくてよかった。
そういうのは他者が他者としておけばいいのだ。
「真一郎君もなんか気に入っているしさあ」
あ、これはまたあからさまというか……。
言うべきかどうか、少しだけ黙って考える。
その一瞬のそれだけを見て勝手に分かった気にならないでと怒られる可能性だってあるわけだから……。
「諏池君のことが好きなのね」
でも、結局言うことを選んだ。
もし私の想像が正しいならこれからは報告する必要もなくなる。
私にだって友達としてできることもあるかもしれない。
「んー、そうなのかな」
「曖昧ね」
「うん、真一郎君とも小さい頃からいるからね、この気持ちがそれに該当するのかどうか自分でも分かっていないんだよ。一緒にいたい、遊びたい、優先するから優先してほしい、佐塚さん的にはそれに該当すると思う?」
「優先してほしいとまで考えてしまうのであればそうじゃない?」
「そうなのかなー」
自覚してしまったら大変なことになってしまう、それを分かっているからこそ分からないふりをしているのかもしれない。
また、小さい頃から一緒にいるからこそ壊したくないのかもしれない。
「ちょっとあれなんだけど、知輝君や小外君といられているときよりも楽しいんだ」
「小外君はともかく三俣君より?」
「うん、話しているとぎゅっとしたくなるときもあるよ」
わ、私にはもうそういう感情があるようにしか思えない。
私の中ではこの話は終わってしまったからそうなのねと言っておいた。
他者にどうこう言われてどうこうすることではないからこれでも問題はない。
気づかなければならないのは彼女自身だ。
「窪川さん、諏池君のところに行ってきたらどう?」
「む、またそうやって……」
「違うわ、だってあなたが本当に一緒に過ごしたいのは諏池君でしょう?」
「それとこれとは別、佐塚さんとだって過ごしたいよ」
「ふふ、あなたも物好きな人だったのね」
すぐに矛盾した行動をしてしまうのも私らしかった。
謝罪をして、いてくれている限りは相手をさせてもらおうと切り替えたのだった。
「楽しそうだな」
「任せてもらえるって嬉しいことじゃない」
頼ってもらえることも少なかったからこれは嬉しかった。
それにこういうことをしていても媚を売っているなどと言ってきたりする人がいないという環境もいい。
中学校のときはそういう女の子がいたから少し大変だったのだ。
「でも、したいこととかないのかよ?」
「ないわ、だからこそありがたいのよ」
あ、ただ、あれから彼にも頼むようになってしまったのが気になるところだ。
彼としては私のせいでこうなってしまっているわけだから文句のひとつやふたつ、言いたくなっても仕方がない。
今日の量ならひとりでも大丈夫だから、そうやって言っても聞いてくれないのが彼ではあるけど……。
「最近、分かったことがあるんだ、聞きたいか?」
「え? あ、そんな言い方をされたら気になるわよ」
今回もまた手を動かしながら会話を続けていた。
もう彼らが相手のときは一切緊張とかしなくて済むからいい。
それどころか楽しいぐらいだし、これからもこうして会話ぐらいはできればいいと考えている。
「真一郎はともかく、窪川の方はそういうつもりで動いているよな」
「そういう風に見えるわよね」
「なんだよ、佐塚も知っていたのかよ」
隠すつもりはないのか、それとも、無自覚に行動しているだけなのか。
いや、自分の中にある一緒にいたいという気持ちを優先しているだけか。
そういうのに関係しなくてもどんどん行動できるというところは羨ましいところだと言えた。
「つか、そろそろ名前で呼んでいいか?」
「別に大丈夫よ?」
「それなら……って、名前なんだったけか?」
「え、同じクラスなのに酷いわね……」
「わ、悪い」
さすがにクラスメイトの名前ぐらい覚え――るのは無理だ。
興味がある人としか一緒にいようとしないのだから仕方がない。
私だって彼と窪川さんぐらいの名前ぐらいしか知らない……。
「私の名前は――」
「暁絵でしょ、クラスメイトなんだから覚えろよなー」
「あ、そういえばそうだったな」
私達はよく遮って話をしたりするけど、相性がいいのかどうか分からなくなってきてしまう。
「ということで、俺も呼ばせてもらうからね」
「別に大丈夫よ」
こうしていきなり現れるのも流行っているのかもしれない。
全く気づかれることなく近づくのはどうやってやっているのだろうか?
また、他者と他者が会話しているところにぐいっと入っていけることもすごい。
「ほら」
「え?」
「暁絵も呼んでよ」
それならそれでちゃんと言ってほしかった。
ほら、それだけ言われても私には分からないから。
窪川さんならそれだけでも分かるから窪川さん基準で考えてしまっているのだ。
「と、知輝君」
「はいよし! っと、仕事の邪魔をしても悪いから他のところで待っているよ」
そしてすぐに消えていくのもお決まりだった。
任されたことはしっかりやらなければいけないから意識を切り替える。
先程あんなことを言っておきながらあれだけど、彼も手伝ってくれているから安心している自分がいた。
「暁絵、終わったぞ」
「私も終わったわよ」
「よし、職員室に運んで帰るか」
「そうね、今日もありがとう」
「ふっ、いちいちいらねえよ」
今日はしっかり持たせてくれたからそれもありがたかった。
運び終えて、さあ帰ろうとしたところでいつの間にか知輝君もいて驚いた。
「腹減った」
「あ、俺もかな」
「今日は寄り道せずに帰るか」
「待って、ここは暁絵に作ってもらおうよ」
「できるのか?」
母に比べたら全然だけど一応簡単な物ぐらいは作れる。
そのままそれを説明したら「じゃあ行くか」と雄吾君も乗ってしまった。
多分、彼だけだったらこんなこと言ってきてはいないだろうから、なんとなくじっと知輝君を見たのが不味かった。
「そんな熱っぽい目で見られてもなー」
「暁絵は知輝といられているときはなんかドキドキしていそうだよな」
なんて適当なことを言われて黙る羽目になったという……。
いつ私が彼に対してドキドキなんかしたというのか。
この先もそうなることなんて絶対にない。
私はまだドキッとしたことしかないから勘違いして調子に乗らないでほしい。
「こう、窪川のことを考えつつも優しくしてくれる知輝を意識し――いて!? な、なにするんだよ……」
「適当なこと言わないでちょうだい」
「おいおい、暴力キャラは勘弁してくれ……」
「適当なことを言わなければ私だってしないわよ」
彼のだけ量を極端に減らそうと決めた。
というか、母が調理を始めてしまうから少し急がないと。
ゆっくり話すのはそれこそ後でいい。
「え、今日は暁絵ちゃんが作ってくれるの?」
「ええ、あのふたりが食べたいと言うから」
「分かった、それならお願いね」
結局のところ、食材の美味しさと調味料の力でなんとかなるものだ。
多少技術がなくても十分カバーしてくれる。
仮に次がなかったとしても別にそれで構わない。
「できた……って、なに寝ているのよ」
雄吾君はいいけど知輝君が寝ているのは気に入らない。
なので、頬を思い切り引っ張って起こすことにした。
その悲鳴で雄吾君が起きたらいい、なんて狙いもある。
「いたた!? な、なんでそんなに暴力的なのっ」
「あなたが寝るのは許せないのよ」
「えぇ、なにそれ……」
「できたから食べてください」
私は後で母と食べるからいま食べたりはしない。
さすがの母でも娘の友達と食べるのは気まず、
「おお、暁絵ちゃんが作ってくれるご飯は美味しいなあ」
く、はないみたいだったから食べることにした。
一気に終わらせてしまった方が洗い物も楽だからというのもある。
もっとも、父の分が後から出るから少し意味のないことではあるけど。
自分基準でしか考えられないから美味しく作れているのか分からなかった。
でも、あのふたりが手を止めずに食べてくれているから大丈夫だと思いたい。
「でも、構ってほしいからって頬を引っ張ったりするのは駄目だね」
「違うわよ、温かい状態で食べてほしかったの」
「知輝君に対してだけ冷たかったでしょ? 雄吾君には優しかったのに」
「寝ているのがむかついたから仕方がないわ」
食べ終えたから食器を洗ってしまうことにした。
悪いのは私だからそういうことで切り替えていくしかない。
それに母と話すのは後でいくらでもできるからだ。
「暁絵ってやっぱり知輝のこと意識しているんじゃね?」
「あなたは手伝ってくれたわけだから寝ていてもよかったのよ」
「手伝ってくれたって言うけど、俺も任されたわけだからな」
「でも、動いたことには変わらないでしょう?」
「まあ……」
その点が全く違うということだ。
それに結局思い切り引っ張ることなんてしていない。
私はただ指で摘んだだけで、知輝君が大袈裟な反応を見せたのも悪いというか。
「あ、美味しかったぜ」
「食べてくれてありがとう」
あの自由な人も一緒に帰ってもらうことにした。
やっぱり雄吾君や諏池君の方が一緒にいられて安心できる。
ふらふらしすぎている人が相手だと不安になってしまうからだ。
玄関のところまで出ることにした。
雄吾君には再度お礼を言って、「お腹いっぱいだー」なんて呑気な感じの知輝君を睨んで。
「まあ、そう冷たくしてやるなよ」
「あなたを見習ってほしいわ」
「これぐらいの緩い感じじゃないと知輝とは言えないぞ」
「そうなのね」
挨拶をして別れる。
リビングに戻ってソファに座ったらほっと落ち着けた。
他の人達もこれぐらい急に一緒に行動したりするのだろうか?
これまでも他の人といることは多かったけど、ここまで急に一緒に行動したりすることはなかったから分からない。
「お母さん、人間関係ってこういうものなの?」
「変わるときは一気に変わるものだよ」
「そうなのね」
いまでもたくさん友達がいる母の言葉だから信じられる。
いちいち慌てたりしないようにいっぱい聞いておくのもいいかもしれない。
こういうことで自然と話せる時間が増えるというのもいいことだろう。
「うん、明里ちゃんだけではなく知輝君達も来てくれるようになったのはありがたいことだね」
「そうね」
「あとは彼氏になってくれたら嬉しいかなー」
「ちょ、ちょっと、まだそうなれるような関係ではないわよ」
いましなければならないのは一緒にいるということだけ。
その先のことを意識したところで想像の域を超えないから意味がない。
なので、焦らずにやっていこうと再度決めつつ洗面所に移動したのだった。
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