05話.[あなたのおかげ]
「次は俺だよ」
「ふふ、あなた達は物好きなのね」
「そんなことないよ」
ひとりで来るところが優しさが出ていた。
自由に言われてもまだこうして近づけるのはもう能力と言ってもいいと思う。
どうしてそこまでできるのか、なにが彼らを動かしているのか。
でも、こうしてひとりひとり相手をしていけば自分の知りたいことを分かるような気がした。
「まずね、佐塚さんは重く考えすぎなんだよ」
「私にとってはいまだけこういう思考としているというわけではないから……」
「そうか、だから上手くいかなかったんだね」
「そうよ、私と三俣君達は違うから」
今日は教室で話すことになった。
私にとっては自分の教室だから緊張はしない。
自分の椅子に座っていられるというのも大きい。
いつも通り見慣れた光景の中に彼がいるというだけだ。
「えっとさ、嫌いというわけではないんだよね?」
「嫌いなわけがないじゃない、寧ろ一緒にいたいと思っているわ」
「それなら――」
「チャンスを何度もくれるからこそ怖いのよ」
一度や二度なら現時点と一緒で許して近づいてきてくれる。
けど、もし次に同じような失敗をしてしまったら多分離れるだけではない。
「それに私は自分の変なそれを優先して離れてしまったわ、その時点でもう戻れるわけがないのよ。三俣君達だって私の本当のところを知ってしまったのだから」
どちらにしろいつかは知られてしまうようなことだった。
だから結局、いまか後か、という話でしかないのだ。
早めに離脱したことで優しい人達に迷惑をかけなくて済んだということでもある。
それなら悪く考える必要は全くないだろう。
「佐塚さんの本当のところなんて全く知らないなあ」
「そんなこと言わなくていいのよ」
「いや実際になにも知らないと言ってもいいぐらいだよ」
それはこちらの方がそうだと言える。
関わってくれていた全員のことをよく分かっていない。
分かっていないからこそ面倒くさいところを出してしまったのだから。
「だからこそこれから一緒にいることで知っていきたかったんだ」
「これ以上なにも出てこないわよ」
自ら面倒くさい人間と居続けることなんてやめた方がいい。
その相手が自ら離れようとしてくれているのだから見送るべきだ。
自分が切られたというわけでもない。
それこそ変なプライドを優先して一緒に居続けてしまったら駄目になる。
「俺は諦めないよ、いや、そもそも俺だけじゃなかったね」
確かに彼の言う通り、ここにいたのは私達だけではなかった。
後ろを見てみたらすぐにふたりの存在に気づくことができた。
せめてぎりぎりまで隠れようとかしないのね……。
「いやー、まさか見つかるとはなー」
「教えたりしないでくださいよ知輝先輩」
多分、元々隠れるつもりなんてなかったのだと思う。
彼は鋭いところがあるから隠れたところで無駄だと考えたのかもしれない。
それかもしくは、自然と出ていくために必要なことだったとか……?
「俺はあくまで一対一がよかったんだ、変なことでまた逃げられたくなかったから」
「「うっ、いやでもほら」」
「いやもでももないよ」
友達相手にもこういう顔ができるのか。
本当にこちらのことを考えてくれているからこその態度ということなの?
そもそも窪川さんはともかく、どうして彼はここまでしてくれるのだろうか。
ただ一緒にカラオケ屋さんに行ったというだけの関係なのに。
「そもそもは佐塚が悪いわけだしな!」
「僕はそんなこと言うつもりはありませんけど、また一緒にいられるようになったら嬉しいです」
「お、おいおい、なんか俺だけ悪い奴みたいだろ」
もう無理だ、ここまできてしまったら逃げ続けることなんてできない。
彼らから逃げるには相当な能力がないと無理だった。
自分に甘いのは昔からよく分かっているから驚きもしないけど……。
「そんなことないわ、だから気にしなくて大丈夫よ」
「それだったら変な考えなんか捨てて一緒にいようぜ、一緒に出かけてくれたぐらいなんだから大丈夫だろ?」
「そこで引っかかっていたわけではないもの」
「面倒くせえ……」
それを分かっているはずなのに来るから困っていたのだ。
嫌がっていることに気づかず近づいていたというわけではないのだ。
私は私なりに行動していたのにこの三人は馬鹿な選択をした。
「だから離れろと言ったのに」
「離れろなんて言ってねえだろ」
「遠回しに言っていることが分からないなんて小外君は駄目ね」
「うわこいつ! ……なんてな、それぐらいでいてくれた方がいいわ」
「なによそれ……」
きちんと怒ることができないなんて甘々だ。
ただ、この三人はよくても窪川さんがいいと言うかどうかは分からない。
あの子次第で一緒にいることもなくなる可能性だって……。
「私は嫌だよ」
「というか、明里も近くにいたんだね」
「当たり前でしょ」
彼女が無理と言うならこれはもう仕方がないことだった。
だから三人で諦めてちょうだいと言って帰ろうとしたら腕をがしい! と掴まれて動けなくなる。
小外君が掴んできたときのことなんて忘れてしまいそうになるぐらいには力強くてうっと声が漏れたぐらいだった。
「まだ話は終わってないよ、それなのに逃げるなんてありえないから」
「お、俺達は帰ろうか」
「そ、そうだね」
「そ、そうですね」
ここまでやっておいて帰ってしまうなんてやっぱり意地悪だ!
彼らなんかで苦戦していたのが馬鹿らしい。
「さて、どうして男の子達が行っただけで心変わりしているのかな?」
「私はまだ認めてないわよ」
「嘘つき! 完全に揺れていたでしょうが!」
「……あそこまで言ってくれる人達なんてあまりいないから」
「揺れているってことじゃん! 私からは必死に逃げていたくせに!」
彼女だけから逃げていたというわけではない。
もういい、もう意味のないことだ。
ここは大人しく謝罪をして終わらせてしまえばいい。
「どうして知輝君が相手のときの方が楽しそうなんですかねー」
「小外君が一番よ、あのふたりには嫌なところばかり見られているもの……」
「なるほど、確かに小外君ってしっかりしているよね」
あれからは彼女はよく小外君と話しているから順調に仲良くできていると思う。
そしてその先で三俣君がそれに嫉妬して、みたいなこともあるかもしれない。
男の子と女の子が居続けたらどうなるのかなんて分からないのだ。
最初は小さなきっかけだったとしても……。
「それに三俣君は……」
「なに? あ、まさか知輝君のせいで避けていたのっ?」
「違うわ、三俣君と仲良くしていたらあなたにいつか悪く言われると思って――」
「はあ!? だからなにもないって言っているでしょうが!」
ということで話も終わったからふたりで帰ることにした。
本当のところも全て言えたわけだから満足している。
これでもまだ来るということならもう仕方がないことだと片付けるしかない。
物好きな人達をコントロールすることなど不可能だ。
「逃げたら許さないっ」
「あなたは三俣君のお家と同じ方向でしょう?」
「そうだけど……」
「今日はこれで終わりにしましょう、遅くなると危ないわ」
それに三人が付いてきていることも分かっていた。
だから安心して任せてひとりで帰ることにしたのだった。
「はぁ」
物好き三人組のせいで風邪を引いてしまった。
特に長時間お風呂に入っていたとかそういうことでもないのに何故……。
仕方がないからとにかく寝て過ごしていたのだけど、
「やっほー、今日も俺だよ」
夕方頃に三俣君がやって来てそれも無理になった。
家は教えていなかったはずなのにどうしてここにいるのだろう?
「あ、ごめん、女の子の部屋に勝手に入っちゃって」
「……それはいいわ、それよりどうしてあなたが……?」
「そんなの心配だったからに決まっているでしょ、ここに座るね」
なにもしないわけにはいかないから飲み物を持ってこようと移動しようとしたら、
「大丈夫だよ」
と、言われてしまって何故か座ってしまった。
先程と違って距離が近いから少し落ち着かなくなる。
冬とはいえ風邪で寝ていたわけだから寝汗だってかいているし……。
「ちょっと触れるね、あ、まだ熱いな」
「……それは先程まで寝ていたからよ」
「ほら、ベッドに転んで」
いまは優しさが辛かった。
せめて窪川さんが来てくれたらよかったのにとしか言えない。
でも、来てもらえたことは嬉しいからそんなこと絶対に言わないけど。
「私服の佐塚さんは初めて見たな」
「こ、これは部屋着よ、あくまで外出するときはもう少しぐらい……」
「それも可愛いよ? よく似合っているよ」
元気になったらこのことを全部窪川さんに教えようと思う。
そうしないと私が気になってしまうから駄目だった。
うざがられても、何度違うと言われても、それでも変える気はない。
「手を握っててあげるよ、こうすると明里は安心して寝てくれたんだ」
「私は大丈夫よ、それに後悔することになるわ」
勢いに負けて一緒にいるようにしたのは私だ。
今日は熱を出してしまったからできなかっただけで、登校した後は来てくれたら相手をするつもりでいた。
別に変なことはもうしないから勘違いしないでほしかった。
「なんで?」
「なんでって、あなたが誰と付き合うかは分からないけどそのときに後悔するかもしれないでしょう? 『君にだけだから』などと言った場合に引っかかるかもしれないじゃない」
これだけ元気よく喋ることができるということなら明日は大丈夫だ。
皆勤賞はこれでなくなってしまったけど、だからって死ぬわけでもないのだから気にしすぎる必要はない。
大体、自分のために風邪なのに登校してしまったら周りに迷惑をかけてしまう。
さすがに私にはそんなことできそうになかったのだ。
「大丈夫、ほら、いいなら握らせてもらうけど」
「ど、どうしてよ」
「なんか俺がそうしたくなっただけ」
……反対を向いてから手を伸ばしたらぎゅっと握られてドキッとした。
痛いというわけでもないし、窪川さん相手に何度もして慣れていることが分かってからはすぐに消えたけど。
「さすがね、女の子の手なんて普通は簡単に握れないでしょう」
「なんか俺が不特定多数の相手にしているみたいな言い方はやめてよ」
「窪川さん相手に何度も繰り返したことで経験値が高いわね」
「それも中学生になってからはなくなっちゃったんだけどね」
夕方ということもあって部屋が暗いのもよくなかった。
せっかく電気を点けたのにこちらが寝転んだ際に消してしまったのだ。
明日どういう顔をしてあの子と顔を合わせればいいのか分からない。
あと、沈黙に包まれれば包まれるほど握られている手に意識が……。
これもよくなかった、気づいたらもう夜だった。
「ごめんなさい……」
とはいえ、握るのをやめて帰ることは容易なことだったはずで、それなのにどうしていまも手を握ったまま寝ているのか、という話だ。
自分が掛けていたお布団を掛けるのもどうかと思ったものの、残念ながらこれしかないから掛けてから部屋をあとにする。
「あ、体調はどう?」
「大丈夫よ、ただ……」
「知輝君だよね、そろそろ帰らなくて大丈夫なのかな?」
二十二時を過ぎてしまっているわけではないことだけが救いだ。
それでも遅いことには変わらないからタオルを持って部屋に戻った。
これでもまだすーすー寝ているわけだから相当疲れていたのかもしれない。
「三俣君」
「……寝てなきゃ駄目だよ」
「私はもう大丈夫だから、それよりもう遅いから帰らないと」
いまさらではあるけど彼に風邪を引いてほしくなかった。
自分が移してしまったということならそれもまた引っかかってしまう。
また、彼と違ってお家にお邪魔するというのもできそうにないので、手遅れになる前に帰ってほしかった。
「ふぅ、いまから出るのは寒いから嫌だよ」
「そ、そう言われても――」
「下でいいならそれでも大丈夫だよ、知輝君は暁絵ちゃんのためにこうして来てくれたわけだからね。それにそれだけではなくて一緒にいてくれたんだから」
母がこう言っているのであれば私はもうなにも言えない、あとは彼次第だ。
それにしてもあんなことを言い出すなんてとまで考えて、私が寝てしまったせいだと反省した。
「よし、それならお風呂に入らないとね」
「あ、私も入りたいわ」
「んー、大丈夫なら知輝君の後に入ったらいいよ、汗をかいたままじゃ行きたくないだろうから」
「ええ、そうするわ」
それからは私にとって至って平和な時間となった。
もちろん、お風呂に入っている間に連絡をしておくことは忘れない。
『そんなことはいいから明日来てね!』と書かれたメッセージを見てなんとなく彼女らしいと笑っていたらまた彼が部屋に来た。
「ごめん、離して帰ることもできたのに佐塚さんの手が暖かくてさ」
「私こそごめんなさい、まさかあのまま寝てしまうとは思わなくて」
「大丈夫だよ、風邪人なんだから寝てくれてありがたったぐらいだよ」
早くお風呂に入って寝てしまおう。
家にずっといるのも寂しいからその方がよかった。
「あの、どうして全部報告してくるんですか?」
「言えないことはなにもないということよ」
私と三俣君はあくまで友達……というだけだ。
そこから発展することは恐らくないから安心してほしい。
仮にこちらが意識してしまってもそのときに彼はいないはずだから。
「あなたが好きかもしれないから、とかではないの、私がそうしないと落ち着かないからするしかないの」
「報告されてもなあ、悔しい! とかって感じたこともないし……」
「そう感じてしてほしくてしているわけではないもの」
意地悪がしたくてしているわけではない。
これも全て自分のため、あと少しは彼女達のため。
気づけたときにはもう遅くかった、なんてことにはなってほしくないから常に意識していてもらいたいという感じで。
「私としては私個人に興味を持ってメッセージを送ってきてもらいたいけどなあ」
「やり取りは続けているじゃない」
「いつも私からじゃん」
「分かったわ、ちゃんとそっちの方向でも送らせてもらうから」
「うん、約束だからね」
ほとんどひとりでも学校にいられているときが一番楽しいかもしれない。
それに風邪とはいえ休んでいるとズル休み感が出て嫌だった。
自分らしくの中には、登校、授業を受ける、下校する、その三つも含まれているから寝ていることしかできないのは駄目なのだ。
「ふぁぁ~、ちょっと眠たいな……」
「寝られなかったの?」
普通に元気そうだったからこれには少し驚いた。
私に気を使わせないために隠していたという可能性がある。
いきなり慣れない他人の家で寝ることになったら私なら絶対にそうなるからなにも言えない。
「そう、ドキドキして寝られなかった」
「なんでドキドキするの?」
「え、だって佐塚さんの家で寝たからさ」
そのことについても昨日の時点で言ってあるから問題ない。
母に言われたからとかそういうことは伝えていないから大丈夫。
「え、だって客間を借りて寝たんでしょ?」
「そうだけど、そこだって慣れていないんだからさ」
とりあえずそちらの会話はスルーして休むことにした。
ブランケットも持ってきたから足が暖かいのもいい。
ホッカイロとかそういうのも買ったらもっとよくなるかもしれない。
難点はじっとしていると暖かさから眠たくなってしまうことだ。
「どう? もう大丈夫?」
「ええ、たくさん寝たから大丈夫よ」
そのはずなのにぽかぽかしていて眠たくなる。
賑やかな空間が逆効果になるかと思えばそうではなく、その適度なそれが拍車をかけていく。
「それならよかった」
「二割ぐらいはあなたのおかげよ」
「それならなにかしてほしいな」
なにか、そんな言い方をされても困る。
はっきりと○○をしてと言ってほしい。
私になにかを期待したところでお菓子が返ってくるだけだ。
考えておいてちょうだいと言ってから再度眠気と戦うことになった。
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