04話.[無駄なプライド]
「はぁ」
私はこの時期の移動教室の時間が好きではなかった。
ただ廊下を歩いているだけでも簡単に体が冷えていく。
反対側の校舎は人が全くいないのもあって向こうよりかなり冷えているからだ。
「背中が丸まっているぞ」
「寒いのが得意ではなくて……」
「その割には遅くまで残ったりしようとするよな」
でも、その都度彼や諏池君がいてくれたわけだから気にならなかったことになる。
誰かがいてくれるというのは本当に大きいことなのだ。
ただ、利用しているだけに見えてしまうのは微妙な点だと言えた。
「知輝も同じクラスだったらよかったんだけどな」
「あなたや窪川さんはそれで安心できるでしょうね」
「佐塚だってそうだろ?」
「え」
急にどうしてそうなるのか。
私達はあくまで最近話し始めたというだけだ。
私の中では窪川さんのことを意識しているという勝手なイメージが出来上がっていて、それを見る度に余計なことを言ってしまいそうになるぐらい。
一緒にいるときはいつか文句を言われるのではないかと不安になるぐらいなのに、彼はどこをどう見てそう発言しているのか……。
「おいおい、その反応は冷たいだろ」
「仲がいいというわけではないから」
「それは俺や窪川ともそうだろ」
なるほど、誰であれ困っていそうだったら行動できてしまうということか。
これが分かったのは大きい。
というか、興味を持たれていたとかそういうことだったらあまりにも衝撃的すぎて固まってしまうからありがたいことだった。
「お、やっと戻ってきたね」
「こんなところでなにしてんだ? あ、まさか荷物漁り――」
「そんな訳ないでしょ、話し相手がいないから相手をしてもらおうと思ったら誰もいなかったというだけだよ」
「嘘つくなよ、話し相手なら自分のクラス内にだって沢山いるだろ」
「ただ話すという点ではそうだね、でも、明里や雄吾とかが相手のときは違うよ」
気にしないで自分の席に着いて次の時間の準備をする。
なるべく動かないことで暖まろうという作戦だった。
指先が冷えてしまったりすると書きづらくなってしまうからそこを暖めることも忘れずにする。
正直、足とか指先とかそういうところが極端に冷えているというだけで、そこをなんとかしてしまえばもう少しぐらいは冬という季節をよく見られるはずだった。
「こらあ!」
「えっ」
こちらが驚いている間に「なんで先に戻っちゃうの!」とぶつけられた。
明らかに怒っている顔であくまでこちらを見ている窪川さん。
どうしてこんな顔で見られているのか分からないから、
「三俣君や小外君ならあそこにいるわよ?」
と、言ってみた。
心配しなくてもあのふたりとこそこそ仲良くしようとなんてしていない。
私のことだから話す程度の関係にしかなれないから安心してほしかった。
「佐塚さんに言いたいの! あなたに言っているの!」
「でも、約束をしていたわけではないわよね?」
「……してないけど、一緒に戻ったりしたいって思うでしょ」
「意外と気に入ってくれているの?」
「はぁ、なんか仲良くなれても佐塚さんは認めてくれなさそうだね」
毎日メッセージを送ってきてくれることもそうなのだろうか?
牽制とかそういうことでは一切ないのだろうか?
この時点で駄目なことは分かっていることだ。
どうしてもあるのかも分からない裏を考えようとしてしまう。
「おかえり」
「うん」
「あらら、なんか元気がないみたいだね」
「佐塚さんが酷いから……」
そもそも二年の冬に急に動き出したことが違和感しかないのだ。
もしその気があったのならもっと前から近づいていたと思う。
目立つようななにかをしたというわけでもないし、近づいてきた理由がはっきりしていない以上これがなくなることはない。
三俣君も諏池君もいてくれたのに私を誘った理由はなに?
小外君が怖かったからと本人は教えてくれたけど……。
「約束をしていたわけでもないのに怒られたらそりゃこういう反応になるんじゃないか? 佐塚が悪いというわけではないだろ」
「むぅ」
「一緒にいたいなら直接誘うしかないぞ、佐塚みたいなタイプなら尚更のことだ」
駄目だ、離れた方がいいとしか考えられない。
相手にぶつけたところで私が相手なら意味のないことだ。
どれだけ期待したところで私は私のままだから。
いきなり私にはできないことを求められてもどうしようもなかった。
「佐塚さん、ちょっと廊下に行こうよ」
「分かったわ」
幼馴染のために動こう、ということなのだろうか?
内容がどうであれ、ふたりと会話をするときは少し大変だからこういうことがなければいいとも考えてしまう。
誰かといたいはずなのに、一緒にいられて嬉しいはずなのに。
「明里がごめん」
「あなたが謝ることはないわよ」
「でも、明里は佐塚さんといたいだけだからさ」
だから許せと、そういうことだろうか?
別にあれでこちらが怒っているというわけではない。
表情が硬いからそういう風に見られてしまうのだろうか?
もしそうならかなり損というか……。
それよりもだ、彼に聞いてみることにした。
「どうして?」
「え、どうしてと言われても……」
「どうしてもう年が終わるというところで動き出すの?」
ひとりぼっちで可哀想だからとか、そういう理由で来ているのであればもう大丈夫だからと言わせてもらう。
同情心で来られてしまったら仲良くなろうとしてもなれないから。
私がその気になったときにはふたりは離れていってしまうことだろう。
ふたりだけではない、小外君や諏池君だって同じようにするはずで。
「一年生というならまだ分かるわ、けれど私達は二年生じゃない」
来年になったら受験勉強や就職活動で忙しくなる。
ゆっくり一緒に行動する機会も少なくなる。
プラス方向に考えたいなどと言っておいて矛盾しているけど、どうしても悪く考えてしまって駄目なのだ。
仮に違うと、そうじゃないと言われても気持ちよく一緒に過ごすことができない。
「勇気がいることだってあるよ、それは俺や明里にだってそうだ」
「そのために時間がかかったということ?」
「そうだよ、佐塚さんだってそういう経験はあるでしょ?」
勇気を振り絞って人に話しかけたことなんて一度もなかった。
私はただただ自分にできることをして、できないことは避けて生きてきた。
保育園にいたときや小学生だったときからそうだからなにも変わっていない。
「いつも誰かといるあなた達にそれが必要だったとは思えないわ」
そうなのねと終わらせることはできなかった。
それで終わらせてしまえば面倒くさいことにならずに済む。
あとは不快にさせないように適度に合わせておくだけで十分だった。
でも、私はそうしないことにしたのだ。
一日があっという間に終わっていく。
自分らしく過ごせていると言えば聞こえはいいけど、実際のところはそうするしかできないというのが現実だった。
終わりがあんなのだったから三俣君達と関わることもなくなっているわけだし、これまでみたいに問題はないと現実逃避して生きているとも見えるかもしれない。
「なあ、そろそろ変えないか」
放課後に呼ばれて行ってみたら急に小外君がそんなことを言った。
いまこの場所には窪川さん、三俣君、諏池君もいる。
私と違って普通に関わり続けていた彼らのことだから私に関することだとは分かってしまうのがなんとも言えない。
「そもそもきっかけはなんだよ」
「こうなったきっかけは佐塚さんだよ」
それは事実だから否定するつもりもない。
だってただ私が彼らが想像するよりも面倒くさかった、というだけなのだから。
とはいえ、唐突に近づいてくるなんて怪しく感じて普通なのだ。
「私は感じたことを言わせてもらっただけよ」
あのやり取りをした日から一週間は経過している。
その間に一度も来ることはなかったわけだし、それぐらいの興味であることも知ることができたからもういい。
ただのクラスメイトということで終わらせてしまえばいいだろう。
どうせ三年生になったらクラス替えなどで離れ離れになるのだから。
期待したところでどうにかなることではないのだから。
自分らしく過ごせなくなることができなくなるならそんなのはいらない。
面倒くさい人間とか愛想がない人間とか自由に言ってくれていいから、興味がないのであれば来ないでほしかった。
「不自然って言いたいんだろ?」
「そうよ」
時間が経てば双方なんだったのか、それで終わる話だ。
動いた側である彼らの方がそう感じるはずで。
それこそ一週間もあったわけだから冷静に見られていると思う。
だから同じようなことはしない、今日のこれはあくまで小外君の意思しか反映されていないことになる。
「そんなこと言い出したら誰とも一緒にいられないだろ、俺だって窪川にとっては不自然ということになってしまうからな」
「あなたはそれに該当しないわよ」
意味のない話し合いになる気がする。
お互いに変わらない以上、延々平行線だ。
きっかけは確かに私だから被害者面をするつもりはないけど。
「どうしてだよ?」
「だってあなたは誰かのために動ける人じゃない、そういう人は求められるのが普通でしょう」
「佐塚だっ――」
「違うの、私のあれは自分のためにしかしていないの」
信頼されているとかそういうことではない。
私がしつこいから無理やりひねり出してくれただけ。
自惚れるつもりもないし、この話はこれで終わりだ。
「結局誰だってそんなものじゃない?」
「あなた達は――」
「同じだよ、結局それは佐塚さんが俺達をよく見てくれているだけだ」
黙ったままのふたりが気になるから歩きながら話そうと提案をした。
そうでもなければ息苦しくて仕方がない。
それに外に出ることができてしまえば逃げ帰ることもできるというのも大きい。
「諏池君は関係ないのに巻き込んでしまってごめんなさい」
「関係ないってことはないですよ、知輝先輩達が佐塚先輩といられないのであれば僕もいられないということになりますからね」
この子も不思議なことを言ってくれる。
どうすれば今日このときを乗り越えられるのか。
「仲良くしたいと考えるのは駄目なの? それが駄目なら小外君の言う通り誰とも仲良くなんかできなくなるけど」
「仲良くしたいと考えるのを駄目だなんて言っていないわ」
「結局言ってなくても同じようなものだよね?」
自分が対象になると違うと言いたいだけだった。
他者が他者と仲良くする分にはなんにも影響を受けないから自由にしてくれるのが一番だ。
そもそもそういうことを縛れるような立場の人間ではない。
「私が相手ではないのならそれでいいのよ」
「なにが嫌なの?」
「理由が曖昧なのが嫌なのよ」
体や心が冷えるだけだからこれで解散にさせてもらうことにした。
こういうことを繰り返せば二度と近づいてくることはないだろう。
「佐塚先輩」
「諏池君」
「安心してください、僕ひとりだけですから」
帰ろうとしていたところだったけど足が止まった。
というか、明らかに逃さない、そういう目をしていたから無理だった。
さすがに冷たい言葉を吐かれたりしたら駄目になる。
自分らしく過ごすことすらそうだろう。
「佐塚先輩はつまり、怖いということですよね? いまの曖昧なままだと安心して一緒にいられないということですよね」
「そうよ、でも、本当のところはそれだけではないの」
「どういうことですか?」
「実はこの前、三俣君と話したときに面倒くさいと感じてしまったの」
どんなに話し合おうと私は言ったことを変えるつもりはないし、向こうだってそれは同じことだから。
でも、これまで言う必要はない。
あそこまではっきり言わせてもらっておきながらいまさら仲良くさせてもらいたいですなんて通るわけがない。
「面倒くさい、ですか」
「友達をそんな風に言われていい気はしないわよね」
「そうですね」
「そういう人間なの、分かってちょうだい」
もうこれ以上続けても意味がないから帰らせてもらう。
すぐに暗くなってしまうから明るい内に帰っておかなければならないのだ。
またあの冷たさを味わいたくない。
自分を守るために自分で行動しなければならなかった。
「でも、それだけでは判断できませんよ」
「え、いや、それだけで十分じゃない、私は優しくしてくれている人相手にそのようなことを感じてしまったのよ?」
何度も足を止めてしまったら違うと言ってほしくて口にしているようにしか見えないだろう。
つまり、この時点で自分らしくを守れていないということになる。
それすらもできなくなったらお終いだ……。
「僕だっていつでもなにも感じず接することなんてできませんよ、相手が先輩なら断りづらかったりもしますからね」
「私のそれとは違うわよ……」
「違いませんよ」
正直、三俣君を相手にするよりも大変だった。
この絶対に相手のペースでは終わらせない感じ、窪川さんだってここまで言ったら折れてくてるところなのに。
それどころか一週間ぐらいは離れてくれるぐらいなのに。
「なにか食べに行きませんか? この前、僕も誘ってもらえなかったので寂しいんですよ」
「外にいるよりはいいわね」
延々平行線で疲れた、お腹も空いた。
お腹が空いているからマイナス方向にばかり考えてしまうのだ。
余裕がなければならない。
ちっともプラス思考ができていない時点でそれを証明してしまっている。
「はい、このままだと風邪を引いて――あ、だからって『解散にしましょう』とか言われても困りますからね?」
「まだなにも言っていないわ……」
母にこのことを連絡して彼に付いていくことにした。
とりあえずいまはなんでもいいからご飯が食べたい。
地味に行ったことのないそんな場所であればいいなんて考えていた。
この前のあれで飲食店の魅力に気づいてしまった可能性が……。
「ここです」
「ファストフード店?」
「はい、ハンバーガーは美味しいですからね、佐塚先輩はこういうところに全く来たことがないと思ったので」
男の子の前で大きな口を開けてかぶりつくというのも……。
いや、もうどうせ逃げることはできないんだし、寧ろがつがつ食べてしまうことで評価を下げてしまえばいい。
そうすればこの手強い諏池君と関わる機会もなくなるはず。
「はははっ、なんかすごいですね」
「私はこういう人間でもあるのよ」
駄目だ、こんなことをする度に余裕のなさというのが出るだけだ。
どんなことになろうと柔らかい表情を浮かべて対応できる彼には勝てない。
勝てないから諦めてゆっくり食べることにした。
ハンバーガーを食べる機会なんてそれこそ全くないからそんなことをしていてももったいないだけだから。
「あれ、どうしたんですか?」
「……あなたが離れるようにしていただけなの」
「なるほど、つまり無理をしていたということですね」
「ええ」
さらに駄目だったのはハンバーガーだけでお腹いっぱいになってしまったことだ。
特にお昼にたくさん食べたとかでもないのにどうしてこうなのか。
やはり食べ慣れていない食べ物だっただろうか?
「諏池君、これを飲んでちょうだい」
「いいんですか?」
「正直、これだけで苦しいの」
「分かりました」
残して帰ることだけは絶対にしたくなかったから本当にありがたい。
終わった後はゆっくり食べている彼を見て時間をつぶしていた。
あ、もちろん、そこまでじっと見ていたわけではない。
他のお客さんや賑やかな感じに意識を向けているだけで楽しかった。
「帰りましょうか」
「そうね」
って、これだとあくまで普通に一緒にいてしまっていることになる。
横を歩いている彼は「美味しかったですね」なんて言って笑っている。
もうそんな無駄なプライドなんて捨ててしまえと言われている気がした。
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