08話.[私の想像通りだ]

 やっぱり私の想像通りだった。

 あの日の後も結局、別れてすぐに寝ただけだった。

 休日が終わって平日になってからもそう、教室でもそう、言ってしまえば放課後だって最近の大胆さはなんだったのかと言いたくなる感じで。

 もしかしたらもう飽きてしまったのかもしれない。

 まあ、いまならまだダメージも少なく済むから別にいいけど……。


「なあ、付き合っているんだよな?」

「ええ、そのはずだけど」

「その割には知輝、学校でも放課後でも近づかないよな」


 そう、一番問題なのは全く近づいてこないということだった。

 つまり、あれから全く話せていないことになる。

 遠距離恋愛というわけでもないのに、まるでそれぞれ他県に住んでいるような距離感だった。


「ちょっと俺が話してくるわ」

「いいわ、話すにしてもあなたの話したいことを話してちょうだい」

「俺が嫌なんだよ、なんかむかつくんだ」


 俺が嫌ってどうして……。

 彼からすれば全く関係のないことで、勝手にやっておけと言って終わらせることもできるのにどうしてだろうか?


「え、喧嘩は……」

「しねえよ、でも、このままにもしない」


 ああ! 行ってしまった……。

 少し怖かったから教室から逃げることにした。

 まだまだ授業を受けなければならないからそういうことで体力や精神力を減らしている場合ではない。

 油断しているとすぐにテストの結果や成績が悪くなっていくから、普段の授業も毎回真剣に受けなければならないのだ。


「暁絵ー」

「話していたのによかったの?」

「大丈夫だよ、それに雄吾君が真剣な顔で知輝君を連れて行っちゃったからさ」

「それは私のせいなのよ」

「いやいや、暁絵が悪いことなんてなにもないよ」


 積極的に近づくところを見ていたからか。

 それがいまは全く真逆の感じになっているから気になってしまうと。


「明里先輩、暁絵先輩、こんなところでなにをしているんですか?」

「たまには女の子だけでゆっくりしようと思ってね」

「それはすみません」

「冗談だよ、それよりいまは暁絵と知輝君のことが気になるからね」

「あまりにもおかしいですよね」


 終わりなら終わりでそれでいい。

 私が嫌なのは現状維持のまま離れられることだ。

 縛るつもりなんてないし、仮に振られても追うつもりなんてないからそこを勘違いしてほしくない。

 あのときも言ったように全て彼次第、でも、そこだけははっきりしてもらわないと困ってしまう。


「俺は悪くない、悪いのは全部暁絵だよ」

「理由は?」

「……暁絵がいまでも雄吾や真一郎と仲良さそうに話しているからだ、だから俺も明里とか他の子といることで俺の気持ちを分かってもらいたかった」


 まさかそういう理由だったとは……。

 でも、彼と付き合うことにしたからといって離れることなんてできない。

 もうあのときとは違う、彼らは私をそういう風に変えてしまったのだ。


「馬鹿かお前、自分がされたからし返すとかアホかよ。これなら俺の方がまだ暁絵を楽しませられたな」

「そこまで言うつもりはないですけど、ちょっと知輝先輩らしくないですよ」

「そこでどうしてあくまで友達としているって考えられないの、寧ろ自分は付き合っているんだから余裕ができるはずでしょ? 表に出すことはしないだろうけどさ」


 みんなに言ってもらってばかりでは駄目だ。

 私の問題なのだから私がはっきり言わなければならない。


「明里達と話さないというのはもう無理よ、それを受け入れられないということなら終わらせればいいわ。あのときもいまもそう、全てはあなた次第なのだから」


 明里や雄吾君、真一郎君といさせようとしたのは彼も同じこと。

 それなのにいざこうなったら禁止にするなんてありえない。

 だったら最初から自分だけ近づいておくべきだった。

 そのパターンだったら私は彼とだけ仲良くしたことだろう。


「……こんな気持ち初めてなんだ、まさか友達と話しているところを見るだけで嫌だと感じるなんて思わなくて……」

「心配しなくても俺では無理だぞ」

「僕だってそうです、それに僕は明里先輩と仲良くさせてもらっていますから」


 物好きな人達だから絶対にありえないということではない。

 でも、実際に求めてきたのは彼だけなのだ。

 求められなければこちらは動けない以上、変な心配をされても困る。


「初めてでも初めてじゃなくてもなんでもいいけどさ、離れていたらそれこそ本末転倒だと思うけど。暁絵がそんなことで悔しさとか感じるわけがないしね」

「確かに、言っちゃなんだが暁絵はこれまでほとんどひとりでいたしな」


 関係が変わっていなければあくまで友達が友達と話している、そういう風にしか見えなかったし、感じなかった。

 今回ばかりは私が面倒くさい行動をしてしまっているということもない。


「というわけで、今日はちゃんと話し合いなさい」

「そうだぞ知輝、明日までにはちゃんと終わらせておけよ」

「これで失礼します」


 別にこちらが変なことをしたわけでもないから真っ直ぐ彼を見続けていた。

 三人が帰って静かになる。

 ずっと立っているのも馬鹿らしいから椅子に座ったタイミングで彼もこちらを見てきた。


「飽きたとかそういうことではないんだ」

「ええ」

「でも、嫌なんだ、暁絵が雄吾達と楽しそうに話しているところを見るのは」

「きっかけを作ったのはあなたなのよ?」

「付き合っていないときはそれでもよかったんだ」


 それでも変えるつもりはないのであくまであなた次第だと再度言っておく。

 これからもそういう機会というのはあるわけだし、その度にこのようになられていたら楽しく過ごせなくなってしまう。

 関係が変わってからではないと気づけないこともあるというのが恋の怖いところのような気がした。

 でも、悪いことばかりではない。

 幸い、相手である私がこういう態度でいるからだ。

 自分で言うのもなんだけど、相手が絶対に別れたくないというスタンスでいるよりはやりやすいのではないだろうか?


「どうすればあなたは安心できるの?」


 とはいえ、これだけでは別れたがっているだけのように見えてしまうから駄目だ。

 一応こちらからも歩み寄ろうとする努力をしなければならない。

 私としても本当はこのまま関係が続く方がいいに決まっているから。


「あの三人と一緒にいないようにするというのは無理よ。でも、それ以外なら、できることなら聞くわ」


 思い切り握りしめたままだった彼の手に触れる。

 今日はやたらと冷たくてすぐに離したくなったぐらいだけど我慢した。

 こういうことだってできる、少し前までの私ではないのだから。

 求めてくれれば私から抱きしめるぐらいは……。


「……普通逆でしょ、俺じゃなくて暁絵が慌てる側じゃないの?」

「慌てる必要なんてないわ、そもそも私達は付き合い始めたばかりじゃない」


 これから先、もっと仲を深めていったらそうなることもあるのかもしれない。

 ただ、たった一日だったから慌てる暇もなかった。

 もちろん一日だけではなくさらに数日彼は同じような態度で過ごしていたので、私の中では別れたいのかもしれないという考えが大きくなっていったことになる。

 寂しさとか悔しさとか怒りとか、そういうことはなかった。


「はぁ、これじゃあなんにも意味ないじゃん」

「そうよ、そんなことをしても無駄よ」

「……元はと言えば暁絵が悪いんだけど」

「私はなにも悪くないわよ、自分から私といる時間を減らしたあなたが悪いわ」


 求めてくれれば、じゃない、やるならいましかない。

 立ってすぐに、なにかを言われる前にぎゅっと抱きしめた。

 それだけではなくどんどん力を込めていく。

 こんなことをするのはあなたにだけ、そういうのが伝わればいい。


「あ、まだ残って――お邪魔だったか?」

「大丈夫です、それよりなにかご用ですか?」

「あ、いや、もう暗くなるから早く帰れよと言いたかっただけだ」

「分かりました、これで失礼します」


 荷物をしっかり持たせてから彼の手を引いて教室をあとにした。

 ちらりと確認してみたら変な顔をしていたから少し不安になった。

 一応恋人に抱きしめられた後なのにそんな顔をするなんておかしいと、そういう風に感じている私もいる。


「って、うわあ!?」

「きゃっ、な、なによっ?」

「だ、だってさっきっ」


 なるほど、藻長先生に見られてしまったからこその反応ということかと気づく。

 やるにしても学校を出てからにすればよかったと少し後悔しつつ、それでも早く帰らないと暗くなってしまうから靴に履き替えて外に出る。

 相変わらず気温が低いのもあって歩くだけでも辛い。


「手を握らせてもらうわよ、指先が冷えるといいことはなにもないもの」

「ど、どうしてそんなに急に大胆なの?」

「あなたの彼女だからよ、そうでもなければ例え寒くてもこんなことしないわ」


 どうしても早足になってしまうから早く春になってほしかった。

 そのときまでこの関係が続いているかどうかは分からないものの、春であればゆっくり歩いて帰ることができるから。

 遊びに行くときなんかにも寒さを気にせずにいられるわけだからその違いは大きいだろう。


「心配しなくてもあなたにしかこんなことしないわよ」

「な、なんでもう一度?」

「あなたが不安になっているからじゃない」


 私だってこんな発言はなるべくしたくない。

 こういうのを重ねれば重ねるほどどこかにいかれたときにダメージを受けるから。

 どれぐらい引きずることになるのか分からないからなるべくやめたいし、できれば彼の方から全部してほしいぐらいだった。

 つまり、今日ので全部使い切ってしまったようなものとなる。


「ちなみに、もう私からすることはないわ」

「えー!」

「さようなら」


 いまさら恥ずかしくなってきたから走って帰った。

 家に着いたら着いたで母ににやにやされて休まらない時間となった。




「意外でもなんでもなくお似合いなんじゃねえの?」

「あんなのもうできないわよ……」

「でも、大胆に行動できるところがよく似ているからな」


 コンビニでおでんを食べつつ話していた。

 もちろん雄吾君だけではなくて知輝君もここにいる。

 ちなみにあのふたりはそれぞれを優先していたから誘うことはしなかった。


「それにしても藻長先生に見られた程度で慌てるなんてな」

「私としてはそういう意味で慌ててほしくはなかったわ」

「だろうな、彼女が初めて自分から抱きしめたんだからな」

「それは暁絵の勘違いだよ、俺は思い切りそれで慌てたんだけど」

「変な顔をしていたくせによく言うわね」


 お金を払えばすぐに美味しいおでんが食べられるというのは大きい。

 さすがに何度も飲食店に行っている余裕はなかったというのもある。


「てかさ、なんか近くない?」

「そうか? 暁絵といるときはいつもこんな感じだぞ」

「それがおかしいって言っているんだよ、分からないのかな」

「そんなの知るか、暁絵が嫌がっていない時点で問題ないんだよ」


 すぐにこういう風になるのは問題だった。

 雄吾君もからかっているわけではなく真顔で返すから終わらない。

 だからできれば真一郎君か明里がいてくれた方がよかったりする。

 止めてくれる人がいないと大喧嘩とかに発展しかねない。


「大体な、知輝は急すぎるんだよ、普通はもっと時間をかけるもんだろ」

「それは仕方がないでしょ、暁絵が魅力的だったんだから」

「暁絵もよく受け入れたよな、こんなふらふら野郎をさ」

「ふらふらしてないんだけど? それに俺は雄吾と違って優柔不断野郎というわけでもないしね」


 これも彼らなりの仲の深め方だと考えておこう。

 それより温かいときに食べておかないと損だからそちらに集中する。

 ただ、母が作ってくれたおでんの方が好きだなんて考えもあった。


「暁絵、いまからでも俺に変えないか? 少なくともこんなうざ絡みはしないぞ」

「あっ、流石にそれは許せないぞっ」

「コンビニで騒ぎすぎよ、落ち着きなさい」


 もうお金を払っているのもあって退店まではスムーズだった。

 というか、このタイミングで出ておかないときっと注意されていたと思う。

 あまり多い量を購入していたわけではなかったことがいい方へ繋がった。


「真一郎はいいけど雄吾といるのは駄目だ」

「こんなことも言わないぞ」

「そもそも雄吾と一番親しくしているのが気になるんだよ」

「そりゃ後輩である真一郎より同級生で同じクラスの俺の方が一緒にいる時間は長くなるだろ、藻長先生に頼まれて一緒になにかをするときもあるからな」


 ひとりでなんとかできてしまう量ではあるものの、そうするとかなり遅い時間になってしまうから雄吾君の存在はありがたかった。

 また、何度も言っているように気軽に話せる相手というのも大きい。


「大体、なにさり気なく手伝っているんだよ」

「重たそうな物を持ってて辛そうだったからだよ、誰だってそうするだろ」

「違うね、暁絵だからにしたに決まってる」

「ま、もうあのときには喋ったこともある相手だったからな」


 雄吾君は呆れたような顔で「こいつがうるせえから帰るわ、じゃあな暁絵」と言い歩いていってしまった。

 どうしてこうなってしまうのか。

 私より先に雄吾君と友達になっているのにどうして大切にできないのか。


「友達に冷たい態度でしかいられないのであればやめるべきね」

「だって雄吾がっ」

「だってもなにもないわ、安心しなさいって昨日言ったじゃない」

「……わ、分かったからその冷たい顔はやめてよ」


 別れるところまできてしまったから足を止める。


「知輝君、もう関係が変わったわけだから登校も一緒にしましょう」

「いいねっ」

「ええ、私が言いたかったのはそれだけだから」


 さようならと挨拶をして歩き出したタイミングで「すぐにできるかどうかは分からないけど頑張るよ」と言ってきた。


「ええ、仲良くしているあなた達を見るのが好きだからお願い」


 今日は走ったりもせずにゆっくり歩いて帰ることにした。

 先程まで知輝君といたからなのか寒さはもう気にならなくなっていた。

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