02話.[出してきただけ]
「おはようございます」
「おはよう、今日も佐塚は早いな」
「人が集まってからだと入りにくいので……」
「あー、人によっては気になるか」
藻長先生は腕を組んでから「俺が学生のときは寧ろ遅く登校してくる生徒の方が多かったけどな」と言った。
この学校は、というか、このクラスはどちらかと言えばみんな早めに登校してくる人が多い。
もっとも、私みたいな理由ではないだろうけれど。
「休み時間はどこで過ごしているんだ?」
「教室です、朝以外は気にならないので」
ああして逃げるときばかりではないというのはいい点だと思う。
相手が先輩ならともかくとして、同級生を恐れて逃げ回っていたら情けないどころの話ではないから。
もしそういう人間だったらどうしようもなくなって窪川さん達とだってゆっくり過ごすことはできなかった。
「それならよかった、教室に居づらいとか言われなくてな」
「賑やかなところは好きですよ、それに明るい窪川さんが来てくれますからね」
「窪川か、もう少し落ち着いてくれればいいんだけどな」
「でも、窪川さんが明るいからこそこのクラスはいい感じですからね」
「ま、確かにそういう存在は大切だな」
こんな会話をした日の放課後、久しぶりに手伝わせてもらえることになった。
「ま、まさかここまで重たいとは……」
たまに自分にできることをやらせてもらうことがあったわけだけど、さすがに今日みたいな量はやめるべきだったと早速後悔している。
先生だって何度も「無理だって」と言ってくれたのに意地を張って全く聞かなかった結果がこれだ。
ちなみにこれは反対側の校舎まで運ぶというお仕事だから書き仕事みたいに手と脳を使っていれば終わるようなことではない。
「佐塚、なにやってんだ?」
「あ、小外君」
「って、女子が持つには重たそうな物だな、持ってやるよ」
「い、いや、私が受け入れたわけだから……」
「無理するなよ、別に手柄を横取りしたいとかそういうことではないからさ」
さらっとこういうことをできてしまう辺りがさすが三俣君の友達だなんて考えて、持ってもらっているのに突っ立っているわけにもいかないと意識を切り替えた。
どこに運べばいいのかを彼は知らないからだ。
あとはまだ運ばなければならないからゆっくりしているわけにもいかない。
「ふぅ、まだあるのか?」
「ええ、けれどもう大丈夫よ、手伝ってくれてありがとう」
「そうか、じゃあ頑張れよ」
「ええ、ありがとう」
小さくても個数があるから往復しなければならないものの、何度かそうすれば確実に終わるわけだから気にならなかった。
これもあれだ、自分が言ったことぐらいは守るというそれに繋がっている。
無理を言ってやらせてもらっているわけだから中途半端なことをするわけにもいかなかった。
「よし、これで最後ね」
とりあえずこれで守れたことになるから満足できていた。
そのかわりに真っ暗になってしまったけど、家がそう遠いというわけでもないから不安になったりはしない。
「冷えるわね……」
一日ずつ年の終わりが近づいているわけで、外は最高にとまではいかなくても普通に長居したくないような気温だ。
いくら手を擦り合わせてもあっという間に冷たくなっていくそれにため息をつきつつ歩き続ける。
それで大体学校と自宅の中間地点辺りになったときのことだった、自分のではない足音に気づいたのは。
まあ、言ってしまえばみんな帰る場所や向かっている場所があるわけだからこうなることは普通のことだ。
でも、いつまでも離れない足音が聞こえてくるとさすがの私でも……。
「佐塚先」
「きゃあああ!?」
家を知られないようにと少し自意識過剰な行動をしていたのも悪かった。
とにかくいまは走らないとと急いでいた結果、あっさりとその足音の主に追いつかれて終わったことになる。
「はぁ、はぁ、驚かせてしまいましたか?」
「あ……」
……そもそも冷静なら先程声をかけられたタイミングで分かったことだった。
それなのに私はまた彼の前で情けないところを見せてしまったことになる。
「な、なにをしていたの?」
「本屋さんに行って帰っていたところだったんです、そうしたら歩いている佐塚先輩を発見したので声をかけようとしたんですけど……」
「ごめんなさい、でも、それならそれでもう少し早く声をかけてほしいわ」
彼、諏池君が「すみません」と謝ってくれたけどもういいからと言って別れた。
一週間ぐらいは顔を合わせなくて済むように願いつつ帰路に就いて。
「ただいま」
今日も部屋に戻ってすぐに勉強を開始。
これは本当にごちゃごちゃを吹き飛ばしてくれるし、なにより自分のためになるからいい行為だと言えた。
それでも先程のあれでかなり疲れたからベッドに寝転んで目を閉じる。
電気も消してしまえば眩しくなくていいというのもいい。
「暁絵ちゃん、またなにかあったの?」
「……後輩の子に情けないところばかり見られているのよ」
「それは勝手に情けないことだと決めつけているだけじゃない?」
私だってこんなこと考えたくはない。
でも、残念ながらそういう感情というのは勝手に出てきてしまうものなのだ。
「小外君、昨日はありがとう」
「別にいいよ」
「それでこれ、受け取ってほしいの」
お礼をしなければ気が済まなかったからお菓子を買って持ってきた。
三俣君から小外君の好みを窪川さんに聞いてもらったから捨てられるようなことにはならないはず。
「あれ、これ俺の好きな菓子だ」
「三俣君に教えてもらったの」
「はは、なるほどな、まあそうでもなければ知っているわけがないからな」
「とにかく、本当にありがとう」
ふぅ、これでまた気持ちよく過ごしていくことができる。
教室から出なければ諏池君と会うこともないから正しく私にとっての安地、ということになるのだ。
窪川さんや三俣君もそう何度も来るわけではないからその点も落ち着ける。
「佐塚先輩、昨日はすみませんでした」
そう考えた直後にこれだから現実というのは私に対して上手くいかないようになっているのね、なんて感想を抱いた。
彼も申し訳無さそう顔でいるから強気に対応することができないでいる。
後輩に対しては自分らしくいられるとはなんだったのか。
「あなた、先輩の教室とか全く気にならないの?」
「特に気になりませんね、それに今日は謝罪をしなければいけなかったので尚更のことです」
「昨日謝ってくれたじゃない、今日も言う必要は――」
「はは、ブーメランだな」
あまりにも唐突すぎて固まることになった。
そもそもどうして急にブーメランの話が出てくるのか分からなかったから。
え、だってブーメランって投げる物のことよね?
「どうして……?」
「佐塚だって昨日『ありがとう』と言ってくれたのに今日また言ってきただろ? まんま真一郎と同じことをしているだろ、しかも物とか買ってくるし」
「本当に感謝しているのよ? あのままだったら自分が受け入れたことなのに中途半端な状態で終わってしまったかもしれないから……」
あれを運んでしまえば後は往復するだけですぐに終わる内容だったけど、それを運ぶのが大変だったわけだから再度お礼を言わせてもらったのだ。
藻長先生のことだから途中で「手伝ってくれてありがとな」などと言って終わらせてしまう可能性があった。
もしそっちの結果になっていたら二度と手伝わせてくれるようなことはないかもしれない。
そういう不安から自然と守ってくれたのが彼だったから……。
「私のそれと彼のそれは違うわよ、謝罪はマイナス方向じゃない」
「あ、まあ確かにそこは違うな」
「ええ、それに大丈夫と言っているのに何度も謝罪されるのは嫌よ」
「どうせならありがとうの方が嬉しいか」
「そうよ」
なんて、何度も謝罪していたお前が言うなよ、という話だった。
でも、私といなければ私みたいな人間のようにはならずに済むわけだから無駄ではない。
少し矛盾しているかもしれないけど、情けないところばかり見られているということならもう反面教師として見てもらえばいい。
ただそこに存在しているだけで諏池君のためになれるのだから。
「で、昨日なにがあったんだ?」
「あ、帰り道で驚かせてしまったんです」
「なるほどな、真っ暗だったら急に話しかけられたら女子としては気になるだろ」
「少し早足だったので急いで追うことになったのが悪かったですね」
情けないとかどストレートに言ってくれた方がマシだった。
言ってくれることを期待してそのことを彼に説明してみたら「仕方がないだろ」と真顔で返されて敗北する。
彼や諏池君は優しすぎる、私にはもったいないぐらいの存在達だ。
「で、俺にそれを期待しているってこと?」
「一言だけでいいの、馬鹿とかそういうのでいいから」
「んー、だけど確かに女の子なんだからもっと気をつけないとね」
自分を襲う人間なんていないからなんて言うつもりはなかった。
それでも十八時にもなっていないから大丈夫と考えていたのだ。
「相手が真一郎だからよかったけど、もしかしたら本当に危ない人の可能性だってあったんだからね」
「そうね」
情けないところを見せたくはないからやめるつもりでいる。
そもそも無理やりやらせてもらうのはいいことではないから。
放課後になった瞬間に学校をあとにして帰路に就けば知り合いに情けないところを見られることは二度とないだろう。
「佐塚さんの馬鹿」
「き、厳しいわね」
「女の子なんだからもっと気をつけて」
きっとそれだけじゃないけどありがとうと言っておいた。
私が求めていたのはそれだから本当に感謝しかない。
大体、自分のために怒ってもらおうとするなんて自分勝手としか言いようがない。
なんて、してしまってから反省したところで、という話だった。
「佐塚、悪いんだけど手伝ってくれないか?」
「あ、分かりました」
「流石にひとりだと大変だから小外にも残ってもらったからさ」
こう頼まれてしまったのなら仕方がないことだ。
今日は荷物を運ぶとかではなくて、プリントをまとめるのが仕事らしかった。
「よう」
「ええ、一緒に頑張りましょう」
もしかしたら一緒にやっているところを見られていたのかもしれない。
藻長先生のことだから一応仲がよさそうな彼を選んでくれたということだろう。
一度も話したことがないような相手ではなくてよかったとしか言えなかった。
「前からこういうことをしているのか?」
「本当にたまにしかしていないわ、藻長先生も任せてくれないから」
「物好きな人間としか言えないな」
母から逃げるために教室に残っていたときに頼まれたのがきっかけだった。
でも、先程も言ったようにそれきりほとんど任せてくれないから困っている。
生徒に任せられることなんて全くないのかもしれないけど、本当に小さいことでもいいからやらせてほしかった。
だっていまだって母は鋭いし、結構厳しいことを投げかけてくるからだ。
「そういえば急にどうして関わるようになったんだ? まさか知輝のことを狙っているとか?」
「違うわ、あのふたりが自然と来てくれるの」
もっとも、来てくれていると言ってもいいのか分からない頻度だけど。
会話をしているときもお互いに手を止めないままだ。
集中していると横にいる小外君の存在を忘れそうになる。
話すために残っているわけではないからそれでいいかもしれないけど、正直に言ってしまえばこういう時間を使って仲良くしたいという気持ちがあった。
何故なら放課後に遊ぼうなどと約束できる関係ではないから。
「結構量があるな……って、なんだ?」
「あっ、……あなたは真面目ね」
じっと見てしまっていたことに目が合ってから気づいた。
つまり手を止めてしまっていたことになるから呆れてしまう。
こんなこと考えるのはそれこそ作業が終わってからでいい。
すぐに解決できるようなことでもないのになにをしているのか……。
「真面目か、そういうのは知輝みたいな人間に言うことじゃないか?」
「でも、嫌がらずにあなたはこうしてしているでしょう?」
彼はなにも答えずに作業を再開した。
時間をかけたらまた同じようなことになるからとこちらも再開する。
それからは一言も会話することなく終えられるまで手を動かし続けた。
「よし、終わりだ」
「私はまだだから先に帰ってちょうだい、それもちゃんと持っていくから」
もちろん自分がやったなんて言うつもりはないから安心してほしい。
なんなら邪魔をしてしまったぐらいだから全て彼がやってくれたと言ってしまってもいいぐらいだった。
が、彼が言うことを聞いてくれることはなく、まだ帰る気はありませんよとでも言いたげな顔でこちらを見てきただけ……。
「ひとりが好きなのか?」
「そういうことではないわよ、私はただ終わってしまったのなら残る必要はないでしょうと言いたいだけで」
「どのタイミングで帰るかなんて個人の自由だろ?」
「そうだけど……」
とにかくこちらもさっさと片付けてしまわなければならない。
私がこうして手を止めている時間だけ遅れてしまうというわけなのだから。
幸い、一応集中できていたのもあって十分後ぐらいには終えることができた。
「よし、運ぶのは任せろ」
「え、嫌よ」
「別に全部俺がやったなんて言うつもりはねえよ」
「でも――」
「僕が持ちますよ」
急に現れたことによってふたりで驚くことになった。
どこにいたのか、いつからいたのか、色々気になることはあるけど上手く言葉が出てくれない。
「お、驚かせるなよ」
「それはすみません」
「なら半分頼むわ」
「はい、任せてください」
届けてしまえば終わりだからあっという間に解散の時間はやってきた。
自然と三人で帰っていることは違和感がすごかったけど、それを表に出すことはしないで黙っておく。
諏池君はともかく小外君は手伝ってくれたわけだから変なことを言われたくないだろうし……。
「あ、俺はこっちだから」
「また明日もよろしくお願いします」
「おう、じゃあな」
慌ててお礼を言ったら「佐塚は律儀だな」と笑われてしまった。
そのまま歩いていってしまったから言い訳をすることもできないで終わる。
勝ち負けとかではないのに何故か悔しかった。
「今日も驚かせてしまってすみません」
「いえ……」
「あ、僕もこっちなので」
「さようなら」
「はい、また明日もよろしくお願いします」
あ、珍しく情けないところを見られることなく終わったことになるのか。
これがあくまで普通なのに何故か嬉しかった。
嬉しかったからたまにはと母の手伝いをすることにする。
「今日はなにもなかったんだね」
「ええ、そうなのよ」
特別なことなんてなにもいらない、私には普通のことだけでいい。
ただ、それを当たり前のことだと考えてしまわないように気をつけなければならないのは確かだった。
今日は現実を突きつけられることもなかったため、久しぶりに気持ちよくベッドに寝転ぶことができた。
「ふぅ」
少ししてから窪川さんからメッセージが送られきてやり取りを続けていた。
いちいち送信する前にしっかり読みこんでから送っているから疲れてしまう。
いつか慣れるときというのはくるのだろうか?
内容が重たいわけではないことだけが救いだと言える。
もし内容が『三俣君のことが好きなの』とかだったらどうすればいいのか分からなくて眠れなくなってしまうから。
「え?」
まさかこれは……。
誰が誰を好きになろうと自由だけど、泥沼化は避けられない気がする。
って、ただ彼女は小外君の名字や諏池君の名前を出してきただけだけど……。
「大変なことにならないよう願っておきましょう」
お風呂に入ってくるみたいだから自然と終わらせることができた。
携帯を机の上に置いてから再度ベッドに寝転ぶ。
お布団もきちんと掛けて目を閉じたらすぐに寝られそうな感じがした。
逆らう必要もないからそのまま任せておいた。
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