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Rinora

01話.[駄目になるから]

 自分が言ったことぐらいは守る、そうやってずっと生きてきた。

 もちろん自分の限界も知っているから他者から見たら大したことがない存在に見えたかもしれない。

 それでもそれだけはと意識して行動し続けた結果、満足できる人生を歩めている気がした。


「あ、佐塚さんまだいてくれたんだ」

「どうしたの?」

「これからみんなでカラオケに行こうとしていたんだ、佐塚さんもどうかな?」

「カラオケ……」


 正直、あまり親しくない相手の前で歌うことは避けたかった。

 ただ、なんでも挑戦してみないと分からないから参加させてもらうことにする。

 一曲歌って、雰囲気が悪くなるようだったら黙っていればいいだろう。

 努力をし続けたい、なんでも諦めてしまうような人間になりたくはない。


「よかったよ、もし佐塚さんが来てくれなかったら女子は私だけだったからさー」

「え、ということは……」

「うん、男の子が三人もいるんだよね」


 その内のひとりが幼馴染だと教えてくれた。

 ということはその人がふたりを連れてきたということだろうか。

 勝手に女の子が多い的な想像をしていたからこれには驚いた。


「というか、本当はあなたとふたりきりがよかったんじゃないの?」

「私も最初はそのつもりだったんだよ、でも、気づいたら友達を連れてくるという話になっててね……」


 こちらにできることは結局変わらないから気にしないことにしておく。

 わざわざ別行動にした理由なんかも気になってしまったものの、それすらも口には出さずに抑え込んでおいた。


明里あかりー」


 窪川明里くぼかわあかりさん――彼女は嬉しそうに駆け寄っていった。

 にこにこ楽しそうだから考えてみなくてもあれが幼馴染なんだと分かった。

 ちなみにその横にはふたりの男の子がいてそちらにも挨拶をしていた。


「ん? あ、佐塚さんも来たんだ」

「彼女が誘ってくれたの、ひとりだと男の子が多数で緊張するみたいだったから」

「あー、確かに少し考えなしだったかなっていま反省しているよ」


 同級生だということは分かっているから敬語を使ったりはしない。

 けれど、同じクラスというわけではないから名字や名前なんかは全く分かっていない状態だった。

 特に自己紹介タイムにもならないままカラオケ屋さんに入店。

 さすがにひとりだと恥ずかしいからもしそのときがきたらお願いと窪川さんに頼んでみた結果「分かった!」と受け入れてくれたから少し安心できたかなと。


「私はここで」

「じゃあ俺は知輝ともきの横に座るかな」

「じゃあ私は佐塚さんの横で」


 もうひとりの人は静かに幼馴染さんの横に座った。

 お金を払っているのと、一時間に設定しているのもあってどんどんと曲を予約していく彼女達に付いていくことができなかった……。

 気づいたらもう終わりの時間がきていて、結局、どうと聞いてくれたのに歌わないで終わってしまったことになる。


「ごめんなさい、空気が読めていない存在だったわよね」

「いやいや、いきなり連れてこられたら私だって難しいからさ」


 これはショックだった。

 さすがにもう少しぐらいは上手くやれると思っていたのに。

 自分のために参加したことになるけど、そのせいで三人に迷惑をかけることになってしまったことが申し訳なくて仕方がなかった。

 帰路に就いている最中は久しぶりに気分が沈んでいた。

 いつもであれば母が作ってくれる美味しいご飯を想像してテンションが上がっているところだけど、今回は残念ながら全くそういう気分になることはなく……。


「ただいま」

「おかえ……」


 いまはゆっくり話したい気分でもなかったから部屋に移動する。

 制服から着替えて、ベッドに転ぼうとしてやめた。

 こんなことをしたところで意味がない。

 それよりいまは勉強をすることでごちゃごちゃを吹き飛ばしてしまうことにする。


「今日はどうしたの?」

「ど、どうしてもう部屋にいるのよっ」

「え、いま一緒に入ったんだけど……」


 この表に出してしまうところもなんとかしたい。

 仮に完璧に抑えられてもこの母の前では無駄かもしれないけど……。


「なるほどね、でも、最初はそんなものでしょ?」

「余裕がある人はいきなり初対面の相手ばかりの状況でも上手くやると思うわ」


 完璧には無理でも上手くやり過ごしたかった。

 ……実は少し自信があったぐらいだ。

 でも、実際は終わるときまで固まることしかできなかったことになる。

 もうあれで二度と誘われることはないだろう。


暁絵あきえちゃんはそうじゃないからね」

「えっ、……厳しいのね」

「暁絵ちゃんらしくやっていくしかないんだよ」


 はっきり言われて寧ろ笑えてしまったぐらいだった。

 努力を続けることは大切ではあるけど、いくら努力しても追いつける可能性はほとんどないということは分かっている。

 私がそうし続けているのは自分に失望したくないからだ。

 なにも動かないでいるよりは気分だって楽になる。

 もっとも、そうやって動こうとできる自分が好きなだけの可能性も……。


「やめましょう」


 いまは手を動かすことの方が優先されることだ。

 なるべく迷惑をかけないようにするから否定はしてほしくなかった。




「おはよう」

「おはよう」


 話しかけてきたのは三俣君だった。

 話しやすい相手だから特に嫌だとかそういうことはない。

 ただ、窪川さんの幼馴染ということで仲良くしてしまうのも問題な気がした。


「ごめんなさい」

「謝る必要なんかないよ」


 ここででも……とか言ったらそうじゃないと言ってほしくて口にしているみたいに見えてしまうからやめた。

 挨拶をして別れる。

 教室に入ってしまえば安地みたいなものだから少し早足になっている自分がいた。

 情けない、翌日にも持ち込んでしまうなんて母の言う通り同じようにはなれないということなのだ。


「おはよう、昨日は付き合ってくれてありがとね」

「おはよう」

「ただ、最初はふたりだけにしておくべきだったって反省しているんだ」

「参加したのは私よ、あなた達が悪いわけではないわ」


 あくまで自分のことしか考えていなかったから悪いのは私で、ただただ虚しくなるだけだから謝るのはやめてほしい。

 とはいえ、そんな言い方はできないから再度あなた達が悪いわけではないと言って教室から出てきた。

 こうなってくると全く安地とは言えなくなってしまうため、休み時間などに落ち着いて過ごせる場所を探そうと決める。


「「あ」」


 私と一緒で昨日はほとんど話していなかった子だ。

 私と違かった点は飲み物とかを注いできてあげていたということ。


「窪川さん達に用があったの?」

「いえ、歩いていただけなんです」


 後輩の子でもそうやって動けていたのに一応先輩である私があんな結果だから余計に情けなく感じてくるのだ。

 できることなら顔を合わせたくはなかった。

 そもそも一年生である彼がどうしてこの階を歩いていたのかという話だ。

 普通は先輩達が多くいる場所とか避けると思うけど……。


「佐塚先輩は昨日が初めてだったんですか?」

「そうね、窪川さん達と遊んだことはこれまでなかったから」


 話すことだって必ず毎日するような関係ではなかった。

 それどころか挨拶だけで終わる日の方が多いと言える。

 あくまで友達ではなくてただのクラスメイトとしか言えない関係で。


「こんなことを言われても困るでしょうが、僕は小学生の頃からあのふたりといさせてもらっているんです」

「えっ、その割には昨日……」

「あ、それは佐塚先輩がいたからですよ、初対面の人がいるところでは普段通りではいられないんです」


 そうか、やっぱりそういう人の方が多いか。

 じゃあ必要以上に傷つく必要はない気がする。

 ずっと迷惑をかけてしまうということはないわけだし、そろそろ通常の状態に戻さなければならない。


「それに居心地が悪そうでしたからね、そんな状態で僕らだけ盛り上がっていたら帰りたくなるでしょうから」

「正直、あれだったら参加しない方がよかったわ、間違いなく私の存在が邪魔になっていたもの」

「そんな――」

「そういうことを言ってほしくて口にしたわけではないの」

「そうですか……」


 いまのでだいぶすっきりできたからありがとうと言って別れた。

 後輩が相手の場合だけは自分らしく対応できるという事実から目を背け、自分の席に座ってゆっくりしていた。


「あ、戻ってきたんだね」

「ええ」


 廊下に出るよりも教室でゆっくりしている方がやはり落ち着ける。

 こうして話しかけてくるのはあくまで窪川さんだけだからその点でも問題はない。

 先程逃げたのはまだ引っかかっていたというだけだ。


「今日の放課後って時間あるかな? できればふたりでゆっくり過ごしたいなって」

「昨日あんなことがあったのにまた誘ってくれるの?」

「だからあれは佐塚さんが悪いわけじゃないよ」


 ふたりだけなら私だって上手くやれる。

 また、チャンスを貰えるということなら頑張るしかない。

 先程の男の子といい彼女といい、ありがたいことだった。


「それ、俺も参加していいかな?」

「駄目ー」


 三俣君か、彼女の幼馴染なら参加したくなるのは普通のことかもしれない。

 別に彼と彼女のふたりだけだったら昨日より上手くやれる自信がある。

 本来ならふたりだけで過ごせるところに邪魔してしまっているようなものだからなるべくふたりでいさせてあげたい。

 ほとんど関わったことがないぐらいの私達だけど、そうやって考えて動ける人間ではあるのだ。


「佐塚さんを放置して盛り上がってしまったからね」

「それでも今日は駄目だよ」

「私は構わないわ、三俣君が窪川さんといたがるのは自然なことでしょう?」

「えっ、あ、あくまで幼馴染というだけだからね?」

「幼馴染だからこそよ、三俣君はあなたといたいのよ」


 適度に話しておくだけでいいというのが大きい、あとはふたりに合わせて移動するだけでいいというのもよかった。

 二度同じような失敗はしない、さすがの私もそこまで弱い人間ではない。

 それにどういう感じなのか昨日で大体分かったから固まる必要もなくなった。


「いつもはそうだけど今日のはそうじゃないよ、なにか買うから受け取ってほしい」

「そんなのいいわよ、窪川さんに買ってあげなさい」


 いやとかでもとか言っていたものの、全部聞くことはしなかった。

 チャンスを貰えただけでそれで十分だった。




「ほらこれっ、これがおすすめだよっ」

「いやいやいや、どうせここに来たからにはこっちの方がおすすめだよっ」


 主にふたりで盛り上がってもらおうと考えていたのに全く違う結果となった。

 あと、冬なのにアイスのことでここまで盛り上がれるのはすごいと思う。

 片方だけ選ぶと問題になりそうだったから両方買って食べてみることにした。

 おすすめと言ってくれているだけあってどちらも冷たくて美味しくて、いつかまた行くのもいいかもしれないと感じたぐらいだ。


「佐塚さんにはこっちの服が似合うよっ」

「いやいやいや、綺麗な佐塚さんにはこっちだよっ」


 お似合いのふたりとしか言えない。

 同じように盛り上がれるのは相性がいい証拠だろう。

 ただ、楽しいのは確かだから空気を読んで帰ろうともしなかった。


「「少し落ち着こう、これだと佐塚さんが可哀想だよ」」


 落ち着いてくれたみたいだったから今度はふたりが興味のある場所に行ってもらうことにした。


「なんか懐かしいなー」

「そうだね、僕らが小学生の頃によく行っていた場所だからね」


 駄菓子屋さんか、私でも何回かは行ったことがある場所だから懐かしいと言いたくなる気持ちが分かった。

 安いからついつい調子に乗って多く買ってしまうお店でもある。

 それでも大きくなるにつれてこうして行くこともなくなってしまうというのが決まりごとというか……。


「少ないお小遣いを握りしめて毎日お菓子を選んでいたなー」

「そのときの明里はきらきらとした目をしていたね」

真一郎しんいちろう君は『足りないー』って言ってよく泣いていたよね」

「ははは、それも懐かしいね」


 えっと、あ、その子が後輩の子ということか。

 冷静に対応できる子だから泣いているところなんて上手く想像できない。

 寧ろ勝手なイメージで窪川さんの方が泣いているような気がしていたぐらいで。


「そういえば今日、真一郎と話していたよね」

「歩いていたらたまたま歩いていたあの子に会ったの」

「結構話すのが好きな子だからね、真一郎らしい感じがするよ」


 人と話すことは好きだからそのことを嫌だと感じたことはない。

 話しかけられたら普通に対応させてもらうし、なにか頼まれたら自分にできることならやらせてもらう。

 とにかく、私にできることは自分らしく存在しているということだけだった。


「あ」

「え?」「どうしたの?」

「真一郎君を忘れてた!」


 あ、幼馴染の三俣君の参加が大丈夫ならという思考だろうか?

 ひとり、またひとりと増えていくと同じことになってしまう可能性があるから今日はこのふたりだけでよかった。

 何度も繰り返せば同級生であるふたりとも顔を合わせづらくなるから。


「佐塚さん、いまから呼んでもいいかな?」

「それなら私はもう帰るわ」

「えー! もう少しぐらいは付き合ってよ!」

「でも、あなたが個人的に会いたいのでしょう?」


 あ、これは絶対に言うことを聞いてくれない顔だ。

 初対面云々のことをそのまま言っても駄目だった。

 だからもう諦めて待っていたら意外とすぐにその子はやって来た。

 まるで元からそういう約束をしていたかのように感じるぐらいには早くて……。


「あ、また会いましたね」

「こんにちは」

「はい、こんにちは」


 ん? 彼とは関係ないけどひとつ気になったことがある。


「窪川さん、三俣君と彼ということなら昨日無理して私を誘う意味はなかったんじゃない? だって小学生の頃から一緒にいるのよね?」


 これだ、これしかない。

 仮にあのもうひとりの子とは全く関わっていなかったとしても三俣君や彼がいてくれているんだから不安にならなくてもいいはずだ。

 だって教室ではみんなに積極的に話しかけているぐらいなんだから。

 仮に内で違うことを考えていてもその場は上手く対応できるはずなのに……。


「あ、知輝君の友達が少し怖くて……」

「そういうことだったのね」


 って、これだと勝手な押し付けになってしまうからそれだけで済ましておく。


「全く怖くないよ?」

「知輝君からすればね、だけど私にとっては違かったから」


 でも、私にも優しく話しかけてくれたぐらいだから三俣君の言う通りだと思う。

 それどころか気を使わせてしまったことになるから……。


「小外先輩は優しい人ですよ? 知輝先輩と似ていますね」

「そっか、じゃあ仲良くなれそうだ」

「仲良くなってくれたら嬉しいかな、これからも誘うことが可能になるからさ」


 彼女ならきっとすぐに仲良くなれることだろう。

 さすがに三俣君以上とはならないだろうけど、普通の友達レベルにはあっという間に到達するはずで。

 他の人は異常にそういうのが上手だから少し羨ましくなるときもあった。

 私にもそういう能力が少しでも備わっていたら自分の人生はもっとよくなるだ。


「あとは佐塚さんだね、ひとりでいさせるのはもったいないから」

「そうだね」


 そういうことになっているらしい。

 いまは一応興味を持ってくれているから一度の失敗で切らなかったということなのだろうか?

 私としては今日上手くやれればそれで気持ちよく過ごすことができたため、正直、また挨拶をする程度の関係に戻ってしまっても構わなかった。

 一緒に居続けると本当のところがすぐに分かって駄目になるから。

 母からすら面白みもない子だと言われたことがあるから余計にこういう展開になるとそういう風に考えてしまうのだ。

 最初はよくても何度も繰り返されればいい対応というのはできなくなるはず。

 そういうのもあって盛り上がっているふたりにはなにも言わないでおいた。

 ただ、後輩の子からじっと見られていて今日の現時点の方が居心地が悪かった。

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