心星 ②
あれから、私たちは言葉を交わさずに、ただただ沈んでいく夕日を眺めていた。
大きな夕日が沈むと、それを追いかけるようにして、細い三日月も東京の街に沈んでいった。
ビル群で形成された地平線。
それと接する、
それは、夜の
やがて、
あれは、宇宙の色。
俯いた私の足元に伸びる影。
照らすのは、
東京の街は明るく。
その存在は星を
星明かりを忘れた街。
私は、そんな街に救われていた。
自分の影を見ていると、繋がれた手にキュッと力がこもった。
「ゆっくり、僕の顔を見て?」
そう言われ、私は一くんの顔を見上げる。
瞳に映ったのは、夜空を見上げる彼の横顔と。
そして、その後ろに広がる、満天の星空だった。
大好きだったのに、すぐそこにあるのに、
怖くて、何年も見上げることができなかった。
なのに一くんは、たった一言で私を夜空へ導いてくれた。
「まだ怖い?」
優しい
「ううん、怖くない、怖くないよ……!」
「うん」
「すごく、綺麗」
久しぶりに見上げた星空はあまりにも綺麗で。
まるで、
「昔に戻ったみたい」
思わずそう口にすると、一くんはゆっくり私の方を見た。
「ひかりちゃんはさ、昔に戻りたい?」
今、言わなくちゃ。
「……戻りたい」
全く同じ、なんて無理。
でも、少しでも、いいから。
前みたいな関係に戻れたら。
「前みたいに、一くんとまた、星が見たいから」
「僕は……僕は、戻りたくない」
……え?
願いも虚しく。
私の想いは、あっさりと終わりを告げる。
「僕もひかりちゃんも変わった。あの頃にはもう戻れない。過去には戻れないんだよ。」
〝過去には戻れない〟
そんなこと、
「そんなこと、これでもかってくらい思い知ったよ! 解ってるよ!」
ちゃんと話し合おうって、
一くんの気持ちを聞いて、私の気持ちを伝えて。
それでまた、一緒に星が見たかった。
ただ、それだけだったの。
落ち着かなくちゃ。
落ち着いて、一くんの言葉を最後まで聞かなくちゃ。
頭ではちゃんと解ってるのに。
口が止まらない。
溢れ出す言葉が、想いが、
流れ出て止まらない。
「でも……でも! せっかく、また一くんに会えたのに!」
「会えたのは僕も嬉しいよ! でも」
「私、一くんも同じ気持ちだと思ってた!」
「ひかりちゃん、」
「私の気持ちは間違ってるの?」
そんなこと言いたかったんじゃない。
ほら、一くん困ってる……。
わかってる、わかってるよ、でも……!
「一緒じゃないのは、悲しいよ……」
散々困らせたのに、その上で私はわがままを言う。
もう高校生になったんだよ?
なのに全然変わってない……
また、一くんを困らせちゃった。
一くんの顔が見られなくて、私はまた伸びる影に目を落とす。
二つに伸びた影。
大きな影が、小さな影を包み込む。
一つに重なる。
柔軟剤の匂いが、鼻をくすぐった。
「……僕はね、ひかりちゃん。〝戻りたくない〟じゃないんだ」
さっきよりも少し低い声で、一くんはそう呟いた。
「〝戻る必要がない〟そう、思ってるんだよ」
戻る必要がない……?
私を包む腕にグッと力がこもる。
それは、苦しいくらいに強く、きつく。
なのに、心地よかった。
……でも、少し震えていた。
「過去は過去。僕たちは今を、
だから、だからね、と少し言葉を詰まらせながらも、優しく身体を離して、一くんは真っ直ぐ私を見据えて言った。
「僕は、過去に足を止めない。ちゃんと先に進みたい。……ひかりちゃん、君と一緒に」
〝君と一緒に〟
――あ、
〝……ちょっと恥ずかしいんだけど〟
思い出した、
〝ひかりちゃんと――〟
二人だけの約束、一くんのお願い。
〝ひかりちゃんと一緒にいたい〟
「先を、私と一緒に……」
「うん」
「でも私、お手伝いできなかった……約束したのに」
「憶えていてくれたんだね」
「ううん……思い出さないようにして、忘れちゃってた」
「でも、今思い出してくれた」
「違う、違うの!」
「うん」
「私酷いの……酷いんだよ! ごめんね、ごめんなさい……!」
「うん、」
「昔から、ずっと一くんを困らせてばっかで」
「そんなことないよ」
「一くん、優しいから、いつも甘えちゃって」
「うん、嬉しかったよ」
「今日、は、甘えないって、困らせないって決めてたの」
「そうなんだね」
喉の奥がつっかえて苦しい。
言葉が、上手く出てこない。
「わがままも、言わないって、決めてたの」
「うん」
「でも、ごめんなさい、わがままを言わせて……」
〝一くんと一緒にいたい〟
何があっても、絶対に伝える。
そう決めた言葉。
「……ねえ、また、星に願ってもいい? ひかりちゃんと一緒にいたいって」
――星に願いを。
「うん、願って……! ずっと、一緒にいるよ」
溢れた想いは、大粒の涙へと変わる。
私たちを照らすのは、
涙は星明かりを映してキラキラと光り、そして零れ落ちる。
それはまるで星のように。
「流れ星みたい」
私はそう思った。
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