六章 心星 ①


子供の頃に交わした約束を、果たしてどれだけの人が憶えているんだろう。

 


「僕は月よりも星が好きなんだ」



きっかけは、そんな彼の一言だった。


「お月様よりも?」

「うん。月ってさ、満ち欠けを繰り返すから、明るかったりそうでもなかったり、照らすかどうかは気まぐれみたい」


小さい頃の二歳差はすごく大きい。

難しい言葉、私の知らない言葉だって、一くんは知っていた。


「でも、星は変わらずずっとそこにあって、僕たちを照らし続けてくれる」


追い付きたくても、追い付けない。

やっぱり一くんの話は少し難しくって、私は楽しげに話す彼の横顔を眺めることしかできなかった。


「そう言えば図書室で、おじいさんが星にお願いをしたら、人形が本当の男の子になったって話を見つけたんだ!」

「星にお願い?」

「そう! おじいさんは毎日、夜になると

〝この子が本物の人間になれますように〟

って、星にお願いをするんだ!

月じゃなくて星にお願いしたのは、やっぱりいつも変わらずそこにあるからなんじゃないかなって!」

 


輝く星に

 


心の夢を

 


祈ればいつか

 


叶うでしょう

 



――星に、願いを




「一くんは、何をお願いする?」

「僕?」

「そのおじいさんみたいに、お星様に叶えてほしいこと、ある?」



人は、人の秘密を知ることで、その人にとって自分は少し特別なんじゃないか、そう思う瞬間があると思う。


「……前に、私の名前お星様みたいって言ってくれたでしょ? だから私、一くんのお願い聞きたい。叶えるお手伝いしたい!」


何て言って、一くんを困らせた。


私より物知りで、何でもできちゃうから。

助けてもらうのは、いつも私だったから。


一くんを助けたかったのかな?


この時の私が、本当は何を思ってそう言ったのか、今ではもう思い出せないけど。


「ひかりちゃんが星役なの?」

「うん!」

「……ちょっと恥ずかしいんだけど……」

「大丈夫! 誰にも言わないよ!」

「本当に、手伝ってくれる?」

「うん、絶対する!」


「約束だよ?」

「うん、約束!」



「……分かった。えっと、僕のお願いはね」




〝ひかりちゃんと————〟






子供の頃に交わした約束を、果たしてどれだけの人が憶えているんだろう。



お手伝いをしたい、なんて言ってたくせに。


お願いを叶えるって、そう、約束したくせに。



あの時、一くんは何て言ってたんだっけ?

 


肝心かんじんな彼のお願いは、今日も思い出せないまま。




  ♢ ♢ ♢ ♢

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