心星 ③

……そう言えば。

最後に見た流星群は、涙でかすんで見えなかった。

 

また、見たいな。



「……見えるかな」

「見えるよ」


一くんはそう言うと、大きく天を仰いだ。



空から、たくさんの星が零れ落ちてきた。


「ペルセウス座流星群。今年は八月十五日、今日が極大だったんだ」


あの日と同じで、私の瞳は涙の膜で覆われていた。


なのに。


なのに、流れる星の一つ一つが、とても鮮明に見えた。


「あの時は、ちゃんと見られなかったから」



――ああ、そうだ。



あの日も、今日と同じで。

星が、空から零れ落ちてくるような。


「あの日は、ふたご座流星群が極大だったんだ。」



数え切れない程の流れ星だった。


「母さんの言い付けを破っても、ひかりちゃんに見せたかったんだよ」


私は知らない、一くんが流星群を見に、連れ出してくれた理由。


「ひかりちゃんのお母さんの七回忌があったって、母さんから聞いたんだ。」


お母さんの七回忌。

みんなでバイバイするのは、これで最後ってお父さんが言ってたのを思い出した。


「お母さんはお星様になった、って、ひかりちゃんが言っていたから」


うん、だから私は星が好きだった。


「星降る夜に、もう一度、お母さんに会わせてあげたかった」



〝これは、僕のわがままだったんだ〟



「初めて聞いた、一くんのわがまま」

「そんなことないよ、ひかりちゃんが気付いていないだけで、僕は結構わがままだよ」

「でも、私のためだったんだよね? そんなのわがままじゃないよ」


一くんが私のためを思ってしてくれたこと。

それはわがままと言うには、あまりに、優しすぎる。


「でも結局、足滑らせて転んじゃうし、笑わせるはずのひかりちゃんは泣いちゃうしでさ」


そうだった。


見えなかったのは、

涙で霞んでいたからじゃない。



私が、空を見上げていなかったんだ。



「母さんからこっぴどく怒られたよ、ひかりちゃんは女の子なんだから、怪我させてたらどうしてたんだ! ってさ」

「……一くんが庇ってくれたから、私、かすり傷一つなかったんだよ」

「うん、本当によかった」

「よくないよ、一くんが怪我をした。」

「……うん、心配かけてごめん」

「本当に、本当に心配したんだよ」

「知ってるよ。 ごめんねって、ずっと言ってたよね。ちゃんと聞こえていたよ」

「え?」

「ずっと、ずっと伝えたかった。謝らないでって、笑ってって……でも、口が動かなかった。涙をぬぐいたかったけど、手が動かなかった……ごめんね」

「ううん、謝らないで。私もずっと、ちゃんと言いたかった。助けてくれて、ありがとう」


「ひかりちゃんに怪我がなくて、本当によかった」

「一くんの目がまた見えるようになって、本当によかった」


 

肩を寄せて、お互いの体温を感じる。

 

「過去を変えることはできないけれど、思い出の上書きはできる。また、ひかりちゃんと流れ星が見たかった」



私たちの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。


空に流れるどの星よりも、それは大きくて、



綺麗だった。






「……昔さ、北極星の話をしたの憶えてる?」

「うん、憶えてる」


一くんに出会って間もない頃の話。

彼が一番最初に教えてくれた星。


それが、北極星だった。


「あの時は麗央ねえに教えてもらったばっかりでさ、それを誰かに話したくて仕方なかったんだ」


一くんから聞く星の話が好きだった。


「でも当時の僕たちにはなかなか難しい話だったからさ、話してる僕もよく分からなかったし、ひかりちゃんはもっと分からないって顔してたよね」


楽しそうに星の話をする、一くんの横顔が、大好きだった。


「でも、北極星はこぐま座の一等星で〝ポラリス〟って言うんだよって言ったらさ、ひかりちゃん何て言ったか憶えてる?」


うん、憶えてるよ。


「……一くんみたい」



〝小さいクマさんの一番星! だから、一くんと一緒だね!〟



私は、彼にそう言った。


「一等星と一番星って別物だったんだね」

「うん、当時はその辺よく分かっていなかったけど、でもすごく嬉しかった」


そう微笑んだ彼の横顔は、私が知っているそれよりもずっと大人びていて。


私は、目が離せなかった。


「北極星はさ、位置がほとんど変わらないから、ずっと昔から迷わないための〝夜空の目印〟だったんだ」

「うん」

「星が空を巡るように、人も季節も目まぐるしく巡っている。うつろいでゆく中で、悩むことも、迷うことだってあると思う」

「……うん」

「でも〝目印〟があれば、先に進むことも、来た道を振り返ることもできる、でしょ?」

 


戻らない、振り返るだけ。


 


―――未来さきに進むために。




〝だから〟


「だから僕は、君という星に願う」


「……うん」


「そして、君にとっての〝北極星ポラリス〟になる。そう誓うよ。」




♢ ♢ ♢ ♢

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