錨星 ②


ひかりは母親に、私の妻によく似ていた。


笑った顔も、不貞腐ふてくされた顔も。


好きなことになると、途端に饒舌じょうぜつになるところまで。


本当にそっくりだった。


でも〝控えめで優しいところは、あなたそっくり〟なんて言われたっけ。




妻が亡くなった時、ひかりはまだ六歳だった。

自分の母親が亡くなったという事実を受け容れるには、娘はあまりに幼すぎた。


〝お母さんは、どこへいったの?〟


その質問に対しての最適解さいてきかいを、私は見つけられずにいた。


「お母さんは、遠くへ行っちゃったんだよ」


ありきたりな回答をする。


でも子供というのは、自分が納得できる答えが返ってくるまで、質問をやめない。


〝お母さんはどこへいったの?〟


同じ質問を、何度も繰り返した。


こんな時、君なら何て答えるのかな。



夜空に輝く、満天の星が大好きだった君。


私と一緒になったのは、苗字が好きだったから、なんて

本気か冗談か分からないことを、鈴を転がしたような声で笑いながら話していたね。


お腹に子供がいると分かった時、


「男の子ならひかる、女の子ならひかり!」


なんて、話し合いなんてろくにしないで、即決だったね。


そして生まれた子は、女の子。

即決だったけど、たくさんの願いを込めて


〝ひかり〟


そう名付けた。


君と私の、大切な娘。



君がやまいして、もう長くないとわかった時。


何があっても、私たちの宝を、ひかりを守り抜く。


そう誓った。

  

誓いながら、ボロボロと泣いていた情けない私に、


〝寂しくなったら、夜空を見上げて〟

〝そうして、私を思い出して〟

 

なんて言って。



 


そして、君は息を引き取った。




〝お父さん?〟


「ひかり、お母さんはね、お星様になったんだ」


「だから、寂しくなったら、夜空を見上げよう」


そうして、その日は一晩中、ひかりと二人で、夜空を見上げていた。





あれから長い年月が経った。


 


何があっても、ひかりを守り抜く。


そう誓ったのに。


 

仕事に追われ、家を長く空けることもあった。

なかなかあの子の相手をしてやれなかった。



君みたいに気の利いた言葉をかけてやれなくて。


一人で抱え込ませてしまった。



〝どんなひかりにでも成れるように〟


そう思って、二人で決めた名前だったのに。


 

〝私は何にもなれない〟


 

そう言わせてしまった。


 


こんな時、君は、

君なら、何て……


いつも、君に頼ってばかりだったんだと痛感した。



でも、さすがは君の子。

不甲斐ない父親の心配を他所よそに、娘は長らく疎遠そえんだった、昔仲の良かった男の子に会いに行くと言った。


不慮の事故があって以来、ひかりはその子を避けていたから。


気の利いた言葉一つかけられなかった私は、せめてもの思いで、引っ越し先も、連絡先も、何も、誰にも伝えずに、その土地を離れた。



でも、ひかりは変わろうとしている。


自分の意思で、しっかりと問題に向き合っている。


そして、彼に会うことを決めた。


強くなったね。

いっぱい苦しんで、でもそれを乗り越えて。

頑張ってきたんだね。


そんな娘にかける言葉。



もう、君の言葉は探さないよ。


私は、私の言葉で。


頑張っている最愛の娘へ、エールを送る。






「やっぱり君の子だ、ひかりは君に似て強い子だよ」


ひかりが寝たあと、ベランダから夜空を眺め、そう呟く。



〝違うわ、私たち二人の子、でしょ?〟




――懐かしい声が、聞こえた気がした。




♢ ♢ ♢ ♢

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