五章 錨星 ①
〝明日の十七時、プラネタリウムまで迎えに行くね〟
……明日、帰りは遅くなるかもしれないから、お父さんに伝えておこう。
「……お父さん」
「どうした」
「明日、帰り遅くなる、かも」
どことなく気恥ずかしさを感じながら、明日、一くんに会うことを伝えた。
「一くんって、小熊一くんか?」
「うん」
これまでの経緯を話し、一くんに会うと伝えた。
「そうか」
お父さんは少し考えてから、
「今まで言えなかったこと、ちゃんと伝えておいで」
そう言ってくれた。
あの事故以来、私が彼を避けていたこと。
彼に対して罪悪感を抱いていたこと。
私が話さなかったことも、話せなかった想いも。
お父さんは、全部知っていた。
知っていたから、誰にも伝えなかった。
どこに引っ越すかも、連絡先も。
私が距離を置けるように。
誰にも、何も伝えていなかった。
「ああすればよかった、こうすればよかった、そんな後悔はいくつだってある。今までも、これかも。」
「……」
「でも、相手がいるならちゃんと伝えなさい。〝いつか〟じゃダメなんだ。それは、ひかりもよく
――ひかり〝も〟
お父さんも、お母さんに伝えられなかったことが、後悔があるのかな……
「ひかり」
名前を呼ばれ、再び顔を上げると、
「大丈夫、ひかりはひかりだ」
お父さんはそう言った。
「……私は私?」
どういう意味だろう。
私が頭を悩ませていると、お父さんは続けて言った。
「前に言ってただろ、
〝
——何にもなれない〟って」
あの日、私のせいで一くんの両目は見えなくなった。
そう、思っていたから。
〝星野ひかりちゃんって言うんだ! お星様みたいで綺麗な名前だね!〟
一くんがそう言ってくれた、この名前がすごく好きだったのに。
大好きな人を傷付けちゃった。
私は、〝綺麗なひかり〟じゃない。
「漢字には、それぞれ意味がある。
みんなの名前に使われている漢字には、どんな意味があるかな?
……なんて授業を受けた後だったのもあって、平仮名でひかりって書く私は、意味がない、何にもなれない……そう、思ったの」
真っ暗な夜、私たちを優しく照らしてくれた、あの星にはなれない。
そうか、と言ってお父さんは静かに目を閉じた。
そしてゆっくりと開き、優しく私の目を見た。
「母さんは、お前と一緒で星がすごく好きだった。」
「お母さんも?」
「お前の名前は、母さんと二人で考えた名前だ。
〝夜空の星は、あの一つ一つが太陽と同じ、自ら輝く恒星なの。だから、星が夜を照らす限り、真っ暗闇になることはないんだよ。どんな時でも明るく、希望を持ってほしい。だから、星のひかり、ひかりにしよう!〟
って母さんが」
「明るく、希望を……」
「平仮名にしたのは、どんな〝ひかり〟にでも
――成りたい〝ひかり〟になれる
昔から、あまり口数は多くなかったお父さん。
小さい頃の私は、今よりもずっとお喋りだったから、知ったことをなんでも話したくて
よく、お父さんに一方的に喋ってた。
そんな私の話を、小さく笑いながら、いつも優しく
大きくなった今でも、お父さんは好き。
でも、昔よりずっと私の口数が減って。
お父さんも仕事が忙しくなって。
全然、話さなくなっちゃってた。
やっぱり、話すって大事だな。
一番身近な家族のことでさえ、こんなにも分かってなかった。
知らなかったんだから。
……ちゃんと話せてよかった。
今、その話をしてくれたのは、お父さんなりのエールなのかもしれない。
お母さんが他界してから、ずっと男手一つで育ててくれたお父さん。
きっと、私が思ってる以上に心配してくれていたんだな。
「……ありがとう、お父さん」
♢ ♢ ♢ ♢
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