織姫と彦星 ②


意を決して、一くんに連絡してから一週間。


最初は緊張して、どんなことを送ろうとか、何て返そうとか色々考えていた。


けれど、だんだん気持ちの整理もついてきて、今では日常の些細なことでもメッセージを送れるようになった。

 

この一週間、私は色んなことを知った。



星や宇宙について勉強したくて麗央ねえと同じ大学を受験したこと。


大学に通うため上京して、麗央ねえとルームシェアしていること。


大学では写真部に入ってること。


麗央ねえだけじゃなく、たくさんの人たちと自分の好きな星や宇宙について語ったり、研究したり、忙しくても楽しい毎日を過ごしていること。


他にもたくさんの、一くんの〝今〟を知った。


昔と全然変わらない。


今でも〝星空が大好きな一くん〟のまま。



今までは、目元まで包帯を巻かれていた、病院のベッドに横たわる彼ばかりが脳裏に浮かんでいた。

その度に後悔にられ、罪悪感が押し寄せてきた。


 苦しかった。

 辛かった。


だから考えたくなくて、思い出すことさえやめて。



やめたら、声も、顔も、抱いていた想いさえ、朧げになっちゃってて。


ああ、人はこうして色んなことを忘れていくんだな、と。

そう感じた。



でも、交わしたメッセージを眺めていると自然と一くんの笑った顔が脳裏に浮かぶ。

メッセージから笑い声が聞こえてくる気がした。


私は彼を忘れたんじゃない。

思い出さないように、記憶に蓋をしていただけだったんだ。


絡まったものを解いているうちに、気付けば、記憶の蓋も開いていた。



会いたいな。

会って、ちゃんと話がしたい。



でも〝会いたい〟の、たった四文字が送れない。


メッセージに〝会いたい〟と打ち込んでは、消して。


送信のマークは押せずにいた。




……意気地なし。




開いた蓋から、当時の記憶が溢れ出した。


思えば、昔からそうだった。


「星を見に行こう!」


そう言ってくれるのは、いつも、一くんだった。

優しい人だから、私が言いたいことを言えずにモジモジしていると、それを察して、先に言葉を発してくれる。

〝どこに行きたい〟とか〝何がしたい〟とか。

まるで自分のことのように、


「僕はこうしたいけど、ひかりちゃんはどう?」


なんていてくれた。


私は、いつもそんな彼の優しさに甘えていた。


今回だってそう。

一くんは私に会いたいと思ってくれている。

だからきっと、私が送らなくても

〝会いたい〟

というメッセージは彼がくれる。


次は、次こそは私から誘うんだ。

そう思っていた。


――思っていた、だけだった。



だから今度こそ、私の言葉で。

私から言うの。



〝一くんに会いたい〟



――送信



送信された文字を見る。

送ったときより、送った後の方がドキドキする。

この現象に名前を付けたい……。


変に思われてないかな、ちょっと早かったかな?

そんな考えばかりが頭の中でグルグルと回った。

一分一秒がながく感じるし、ソワソワするし。


返事を待つのってこんなだったっけ?


私に何か訊いてくれるとき、一くんもこんな気持ちだったのかな……

無駄に通知画面を開いてしまう。


――ポコンッ


握りしめたスマホが鳴る。


返信がきた!


慌てて画面を確認する。


〝夏休みはペルセウス座流星群をみよう! 今年の極大は……〟


「……ウェザーニュースの通知か」


ホッとしたような、ガッカリしたような。

……まあでも、そんなすぐには返信もこないだろう。

スマホをベッドに放り、別のことに集中しようと、私は課題を広げ机に向かった。



気が付けば、外は日が傾き始めていた。

今日はこの辺にしておこう。

課題を片付け、放っていたスマホを手に取る。


アプリの通知

バイト先のグループの通知

お父さんからの通知

純からの通知

 

ロック画面のまま、通知を一つ一つ確認していく。


……一くんからの通知は、ない。


ショートメッセージには既読機能がないから、私のメッセージが読まれたのかどうかもわからない。


驚くことに、たった数日で、私の頭の中は一くんでいっぱいになっていた。


思い出すことが苦しくて辛かった、あの時とは違う。


違う、はずなのに。


胸が苦しくなった。

キュッと、痛くなった。



気持ちの整理はついたはずなのに。



喉が詰まって、息が苦しい。



通知のない画面を見て。

喉の奥が、目の周りが、じんわりと熱くなった。



――ポコンッ



スマホが鳴る。



画面には一くんの名前。




絡まった想いは、ついに解けて。


朧げだったは、くっきりと、その輪郭を、中身を取り戻す。



メッセージは、



〝僕も〟



ああ、そっか。


そうだ、そうだった。





――これは〝恋〟だ。

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