明けの明星 ③
「私が思うにさ、二人に必要なのって
〝……時間だと思うんだよね〟
麗央ねえはそう言った。
「今みたいに、こうしてお互いが抱えてるものを、気持ちをちゃんと伝える時間」
「……でも私、一くんに合わせる」
「合わせる顔がない、なんて言わないでね?」
「…………」
「怖い?」
「……正直、まだ上手く気持ちがまとまらなくて」
「……そっか」
「それに私、一くんに何も言わず引っ越しちゃったから……」
「うん。一もそれ、気にしてた」
「何からしたらいいのか、どうしたらいいのか分からなくて」
話してみなきゃ分からないことがある。
気持ちをちゃんと伝える時間が必要なことも分かった。
でも、色んなことがこんがらがってて。
どこから
何を、どうしたらいいのか。
……私には、分からなかった。
「そう言えば、一ね、星の研究をするために大学通ってるんだよ」
「…え? あ、そう、なんですね」
「タメ口でいいのに、昔みたいにさ!」
「……う、うん」
急に話が変わってビックリしちゃったけど……
そっか。
一くん、自分のやりたいことできてるんだ。
……よかった、本当によかった……!
「ちょっと真面目な話し過ぎて疲れちゃったから、気分転換に何か違う話でもしよっか!」
麗央ねえは大きく伸びをすると、
「あ、そうだ! 私、上京してから全然地元帰ってなかったじゃない? 聞きたいなあ〜、ひかりちゃんと一の話!」
と、話を振った。
「……話題、変わった……?」
「え〜変わったよ? 女子同士でする話と言えば、恋バナ!」
「私と一くんの話は、別?」
「え、一緒だよ」
……?
えっと、つまりどういうことだろ……?
「……なるほど? ま、今はそれでいっか!」
またしても一人で何かを納得した麗央ねえに、ほらほら〜と促されて。
私は一くんとの思い出話をした。
私にとって一くんは、二つ上の近所のお兄ちゃん。
勉強も運動も私よりずっとできて、近所の子はみんな友だちで、学校でも一人でいる所を見たことないくらい。
多分、一くんのこと嫌いな人なんていないんじゃないかっていうくらい、大人も子供も関係なく、みんな一くんが大好きだったと思う。
私も、大好きだった。
最初は、優しいお兄ちゃんとして。
でも学年が上がるに連れて、一緒いると楽しい、もっと一緒にいたいと思うのに、
なのに一緒にいるとドキドキして、他の女の子話しているのを見ると、何だかモヤモヤした。
女の子はおませさんだから、休み時間のお喋りの話題は、
それで気が付いた。
私の〝大好き〟は、周りの女の子が言ってるそれと同じかもしれない。
一くんといるとドキドキして、心臓がキュッと痛くなる。
……だけど、もっと一緒にいたい。
私は一くんが〝大好き〟
最初はそれだけだったのに。
いつからか、一くんも同じ気持ちならいいのに。
一くんも私のこと〝大好き〟だったらいいのに。
そう、思うようになった。
……でも小さかった私は、この感情の名前を知らない。
その名前を知ったのは、引っ越して彼に会えなくなってからだった。
「好きだったんだ?」
「多分、」
「多分?」
周りの子の話で、その感情の名前を知った。
でも、
「私の好きは、近所のお兄ちゃんの好き、その延長だったんじゃないかなって」
「どうしてそう思うの?」
「モヤモヤしたのも、きっとお兄ちゃんを取られちゃうのが嫌だったのかもしれないし。
その、色んなことがあったから……どんな好きだったか、忘れちゃった」
「……そっか」
麗央ねえは少し辛そうな顔をした。
「あ、でもね! 今、一くんのこと思い出して、こうやって話したけど、前みたいに辛くなかったよ! ……苦しくなかったよ。」
今こうして一くんの話ができるのは、麗央ねえが話を聞いてくれたからなんだと思う。
抱えていたものが、こんがらがっていたものが、少しずつ
「だから、大丈夫だよ!」
少し、前向きな気分になれた。
「本当に?」
「うん!」
「そっか、よかった。じゃあ、これを伝えても大丈夫そうだね」
「……これ?」
「一の通ってる大学」
「あ、そういえばどこの大学に通ってるの?」
「私と同じ大学」
麗央ねえと同じ大学……
麗央ねえの通ってる大学は、確かキャンパスは東京にしかなかったはず。
……つまり一くんは、東京にいる?
「え!!!!」
「アハハ! いい反応をありがとう〜」
「な、え?」
「いや〜、いつ言おうかなって思ってたんだけどさ、ひかりちゃんもう大丈夫そうだったから」
ケラケラ笑ってる麗央ねえを
「一にさ、ひかりちゃんのこと話たの」
その一言で、ピタッと混乱は収まった。
……ついでに、思考の全てがストップした。
「気になる? ひかりちゃんについて、何て言ってたか」
「それは、」
聞きたいような、聞きたくないないような。
そもそも、目のことは私のせいだと思ってないとしても、前みたいな関係に戻れるのかな?
私はあの日のことをトラウマだと言って、それから逃げるために一くんのことを忘れようと……思い出さないようにしていたのに。
嫌われても仕方ない、そう思っていたのに。
いざとなると、怖い。
「ひかりちゃん!」
「あ…」
「……大丈夫? ちゃんと息して」
「……ッ、うん……」
「ごめん、急すぎた?」
「……ううん、大丈夫」
ちゃんと聞かなきゃ
「一くん、なんて?」
「ひかりちゃんに会いたい、ってさ」
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