第2話:想定外の事態 ②

両親が「拓海は大丈夫なのですか?」と聞くと先生は「彼の状態からして命には別状ありませんが、過労や過度のストレスに晒された事に起因している可能性があります。最近、息子さんから何か相談を受けたことはありましたか?」と聞くと、両親は見合わせて首をかしげた。


 すると、先生は「最低1ヶ月程度は安静にしないと過労死を起こす可能性がありますので、可能なら息子さんのそばにいてあげてください」と伝えた。


 先生との面談が終わり、診察室から出ると、目の前に拓海の姿があった。


 彼は「父ちゃんと母ちゃんに迷惑をかけてごめん」とだけ言って病室に戻った。


 翌日、今度は会社の部長と人事が病院に呼ばれた。この時、香田部長は“彼の事だから問題ない”と高をくくっていたが、鶴田人事部長は“新任を着任早々大変な目に遭わせてしまって申し訳ない”と思いながらそれぞれ病院に向かっていた。


 そして、病院に着くと担当医の先生から「お二方は彼の勤務状況に関してきちんと把握していましたか?」と言われると二人とも重く口を紡いで黙ってしまった。


 なぜなら、直近の勤務状況や出退勤記録は役職者になると一定の時間数を超えないとアラームが鳴らない仕組みになっており、彼の場合、残業は月80時間、休日出勤は2日を越えると鳴る仕組みになっていた。そのため、彼の残業時間は現時点で50時間、休日出勤は1日と表面上は問題ない数値になっていた。


 しかし、会社側が勤務調査をしたところ、彼は会社に迷惑をかけないためにタイムカードを押さないで出勤した“サービス休日出勤”が先月4日、今月3日あったことがそれぞれ分かり、会社としての労務管理に問題があったのではないか?といわれてもやむを得ない事が分かったのだ。


 この結果を見た部長たちは心から反省した。香田部長も「自分たちは彼の事を把握しているつもりだったが、まさかこんなに身体を酷使して、会社のために働いていたのかと思うと当然の状況だと思う。もう少し彼の異変を早く気が付くべきだった」と話し、鶴田人事部長も「もう少し彼の異変に早く気付いていたならこういう結果は避けられたと思う。人事ももう少し社員に対して目を向けていかなくてはいけない」と気を引き締めた。


 彼が倒れてから1週間後、担当医の先生から退院の許可が下り、拓海は家に戻った。


 拓海が自分の家の玄関を開けると、玄関は入院する前よりも綺麗になっていた。


 あれ?と思った彼はリビングに進むとリビングにあったゴミも全て綺麗に捨てられていて、干してあった洗濯物も綺麗にたたまれていた。


 そして、テーブルに“


“拓海、家に帰ってきましたか?お父さんとお母さんで少し部屋を綺麗にしました。これからは身体に気を付けてお仕事頑張って! 父・母より”


 と書いてある置き手紙が置いてあった。


 この置き手紙を読んだ拓海は心の中で“ありがとう”とつぶやき、大事な手紙が入っているケースにしまった。


 退院の翌日、彼はリモートで人事会議と役職者会議に参加した。


 すると、彼が作った人事配置がスクリーンに映り、他の部や課の役職者が釘付けになっていた。なぜなら、他の課の人事配置は年齢別つまり、年功序列を意識した物になっていたが、拓海の作った人事配置は役職者が必ず1つのエリアに1人配置され、そのエリアに老若男女をバランス良く組み合わせていた。


 この狙いについて、彼は「通常は課別に配置されるべきですが、私は各課を混ぜることでそれぞれの課の情報を共有出来るだけではなく、他の課との交流を通して、新しい視点を得て欲しいという狙いもある。」と説明したのだ。


 ただ、一部の部署からは彼のやり方に対して疑問の声が上がっていた。その理由として“課の垣根を越えることは業務に支障を来す可能性があるのでは?”や“課ごとに業務が異なっているにもかかわらず、なぜ混合型の人材配置をするのか?”など業務に対する批判も上がっていた。


 しかし、社長からは「喜田君。これは面白いね。自分の部署と他の部署を連携するときにはこういう制度を使っても面白いと思う。」と太鼓判とまではいかなかったが、社長からは後押しを受けながらそのプランを進めていくことになった。


 実はこの時、水面下で会社改革が進んでおり、一部の役員の任期満了に伴う経営方針会議が1週間後に行われることになっていた。


現時点では役員の任期延長が取り正されていたが、一部の役員からは現在の経営方針に対して反対意見が出ていることや一部の若年役職者に対しての不満などから役員の進退を検討している人もいた。


 そんな中で拓海のような多様性を重視した人員配置などを決められる役職者が出てきたことで期待を寄せている役員もいた。


 社長としては拓海ともう1人いる沖田紗椰という人事課の若年役職者について進退を検討している役員の人たちに提案し、理解を得たいと思っていたが、それも別の派閥が反対しており、社長の立場も危うくなってしまう可能性があるのだ。


 そのような状況を考えても会社の労働環境や職場改革を早急に進め、他の企業との足並みを揃えたいと思っていた。


 そして、来年度の新入社員から長期的な多角的人材育成を開始し、将来の社長を育成していく方針を固めていた。


 もちろん、拓海や紗椰を含めた若年役職者にもチャンスはあるが、これらの人材育成方針は社内における社員間の競争を活発にするための起爆剤として考えていた社長はこれからが勝負だと思っていたが、その一方で不安も隠せなかった。


 

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