【続】クロッシングポイント

NOTTI

第1話:想定外の事態 ①

 来年度の人事が発表になってから数日後、ある通知が彼の元に届いた。それは、会社の次年度新規役職者ならび社外取締役任命式のお知らせだった。彼は未だに来年度から主任になれると思うと不安しかなかった。


 その理由として、営業課の次年度社員一覧に“戸田健一朗”という2年上の先輩社員がいた。その先輩は上司から“問題社員”として有名な社員で、2年程度でさまざまな部署をたらい回しにされていて、今年は室長付け法人管理課から営業課の法人部門に異動で入ってきたのだ。彼は「本当に戸田先輩がうちの課に来るのか・・・」という不安と営業課の業績悪化が心配だった。


 そして、任命式当日になり、彼は役職者になった記念にフォーマルスーツを仕立てていた。そのスーツの内ポケットの所に名前とある言葉を入れていた。その言葉は右に“人を見るな、心を見ろ”という昨年度末に定年退職した大川隆治営業部統括部長に営業部に配属されたときにもらったメッセージを、左には“現実を見るな!夢を育てろ!”という昨年度末に定年退職した久野隆俊総務部管理課長が新人研修の時に新入社員に向けていった言葉が入っていた。


 今年度から主任になったのは25歳から30歳の15人で、女性主任は2人いるが、この2人は経理課と労働管理課に着任することになっており、10年ぶりに女性主任が2人ずつ着任することになる。


 その理由を任命式で社長が「これからは男性社員と女性社員が同じ環境で働ける環境を作っていかなくてはいけない。今回も主任試験を実施する際に女性枠を設け、女性管理職を育成していきたいと思っている。」と新たに役職者になる社員に向けてメッセージを発していた。


 その後、各課の人員配置会議に出席するのだが、そこで問題が起きた。


 それは、“次年度営業部社員編成変更について”という会議書類を見たときだった。


そこには今年度営業成績が課内3位の小村勇斗、営業成績女性1位の湯川まなみの名前はあったが、名前の横に▲が付いていて、注釈の説明を見ると(▲=出向型兼任)と書いてあったため、疑問に思った彼は隣に座っていた彼と同じ時期に主任になった柚田菜津子に聞くと「2人は本社から兼任型出向という形で支社のエリアマネージャーとして関東支社と東北支社を行き来することになったから常勤ではなく、週に2日しか出社しない」というのだ。


 これは拓海にとって頭を抱える事になった。なぜなら、彼のチームが担当している取引先のほとんどが担当者指定(担当者を相手が指定して、その担当者が担当する)になっていて、湯川さんが担当している企業だけでも数億円の売上が変わってしまうし、小村さんが担当している企業の中には急成長しているベンチャー企業もあったため、ここで取引を取りやめられてしまうことは何としても避けなくてはいけないのだ。


 この事を部長などに相談すると「2人が出社する日以外は兼任している支社からオンラインでやってもらわないといけないなぁ」と以前に主力の社員を他社にヘッドハンティングされて引き抜かれた経験をしている部長としても頭を抱えていた。


 ただ、彼が出向した支社は本社から車で3時間程度の所だったため支社の会議が終わった後で本社に来てもらう事も考えたが、交通費などを考えると交通費が膨らむことになるため、人事部長などと相談して判断する事になった。


 これは彼女も例外ではなかった。ただ、彼女の場合は東北の支社と兼任扱いになっていたため、容易に本社と東北支社を行き来させることは出来ないため、本社で基本勤務し、週に2日だけ出張扱いにして支社勤務をさせるか、週に3日を東北で勤務し、2日を本社で勤務する形にするかで調整して欲しいと人事部長に判断を仰いだ。


 そして、新たに主任になった拓海のデスクは今までは共有オフィスを使っていたが、今年度から役職者になったため、営業部のオフィスのある階に役職者専用の個室が与えられることになった。そこは昨年まで本社勤務だった室田部長が使っていたオフィスで、今年度は室田部長がアメリカにある北米支社のコーポレート・マネージャーとしてアメリカに異動になったため、その部屋が拓海に振り分けられることになったのだ。その後、会社から今年度の新規役職者には各課の役職者専用の個室オフィスを与えられることになった。

 そして、他の役職者も個室をもらえることになったが、昨年度から前年度のチーム業績が悪化した場合は次年度以降、チームの役職者がその部屋での業務を制限されることもあるため、今年度からの2人の出向は痛すぎたのだ。


 そして、彼の場合は国内部門と国際部門両方の主任としての昇任になっているため、両方の部門で問題が起きたときには対応しなくてはいけないのだ。


 彼は昨年までは想像していなかったことが次々と起きていたことで着任して1週間で心身共に疲れ始めてきたように見えることが増えて、周囲からも心配する声が上がっていた。


 そして、人事配置一覧提出の期限前最後の週末に恐れていたことが起きてしまった。それは、その日拓海と出かけることになっていた友人が彼の家を訪れたところ拓海が家で倒れていたというのだ。友人は急いで救急車を呼び、彼を病院に運ぶことにした。友人は病院に向かう途中に彼に何度も声をかけたが、反応することはなかった。


 その後、病院に着き、処置室に入ると少しして“喜田さんのご両親もしくはご家族を呼べますか?”と看護師さんが処置室から出てきた。


 その日は休日だったが、彼の母親は父親の通院で病院に行っていて、「病院に着くのは早くても夕方過ぎになる」と言うし、拓海の兄は子供が生まれたばかりで遠出が出来ない、6歳離れた妹は大学のサークルで新入生歓迎会を兼ねた旅行に行っており、拓海の中学生と高校生の妹2人はそれぞれ部活動があるなどなかなかすぐに病院に来られる人はいない。その事情を看護師さんに伝えると、「出来るだけ早く来ていただきたい。」と言って再び処置室に入っていった。


 友人は看護師さんがなぜあんなに焦っていたのか分からなかった。


 そして、父親の通院が終わり、彼の両親が病院に駆けつけると看護師さんが急いで二人のところに駆け寄ってきた。


 その後、すぐに面談室に通されて、1時間ほど治療を担当した医師から説明を受けていた。

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