ファンタジー

炎々と燃え盛る為には何に火を灯すべきか


 “今”がのちの世で“古代”と一括ひとくくりで呼ばれる時代。


 国と国がいくさに明け暮れて、侵略しては略奪し、村や国が滅んでいくのは珍しくもない時代だ。


 その時代に強国きょうこくの一国である都市に、巨大な闘技場コロッセオが建造されていた。


 真夜中であるため観客席かんきゃくせきには誰一人だれひとりおらず、静寂せいじゃくに包まれている。

 この闘技場には地下牢屋ちかろうやがあり、真っ暗なろうの中に一人の男剣闘士けんとうしくさりつながられていた。


 明日もよおされる“死合しあい”にそなえて、壁に空けられた空気口くうきぐちの穴からわずかに見える満月を見つめていた。


 気持ちを落ち着かせる為に――


 男は、ある国で傭兵ようへいとしてやとわれていたが、戦に負けて捕らわれてしまい奴隷どれいとして、剣闘士(見世物)へとふくすことになった。


 悲劇ひげきであるが、珍しくない光景こうけいだ。


 どの国でも奴隷制度があり、人身売買じんしんばいばい捕虜ほりょ奴隷どれいにして家畜かちくのように扱っていた。


 いつか己の身に降りかかもしれないと心の片隅かたすみで思っていたが、奴隷身分に落とされた状況に、男は悲観ひかんしてはいなかった。


 この闘技場でまされる死合しあい10戦に全て勝利すれば、褒賞ほうしょうとして奴隷から解放され、自由が与えられるからだ。


 もしかしたら、ついでに剣の腕前を買われて、また傭兵や用心棒ようじんぼうとしてやとわれるかもしれない。

 名前を売るにはうってつけの場であり、結果を残してきた。





 一戦目‥雇われていた国の兵士との殺し合い。


 ついこの間まで同じ釜の飯を食って、肩を並べて戦う仲間ではあったが、奴隷となり闘技場で剣を向け合えば、義理ぎり恩情おんじょうなど微塵みじんもなくなる。


 ここで生き残ることが正義なのだから。



 三戦目‥南方なんぽうの大陸に生息せいそくしているというするどいく伸びた牙を持った大型の肉食獣にくしょくじゅう


 所詮しょせんは獣。素手なら食い殺されたかもしれないが、武器を手にした人間の方が若干有利だった。



 七戦目‥西国一さいごくいち剛勇ごうゆうと呼ばれた強者つわものとの一騎打ち。


 片腕を失っていたとはいえ剣術のするどさは、これまでの人生の中でやりあってきた相手で一番手強てごわかった。

 もし片腕が健在で、あちらの武器(剣)が最後まで折れずにいたのなら、ここには居なかっただろう。

 間一髪かんいっぱつで勝てたのは実力よりも運が良かったからかもしれない。



 九戦目‥十人の若者達との多対一たたいいちの戦い。


 奴隷になりたてのとしは十代程度の者たちだっただろう。

 見せしめの為に組まれた死合しあいだったかもしれないが、主催者側しゅさいしゃがわ魂胆こんたん思惑おもわくなど関係無い。


 若者たちは取るに足らない技量しかなく、一人を斬り殺したあとは及び腰になっては、一方的な虐殺ぎゃくさつ‥‥弱い者イジメのようだった。



 様々な残酷ざんこく惨憺さんたんな戦いを乗り越えてきた。

 そして夜が明けて、太陽が一番高い位置に座した時に、十戦目が始まる。


 最後の死合いは九戦目のように後味が悪くても楽な戦いであって欲しいが、どんな戦いであれ、勝って生き残れれば良い。

 勝って生き残れば、再び自由を手にするのだから。


「自由になれたら、生まれ故郷に戻るのも良いかもな‥‥」


 男はそうつぶやき、まぶたを閉じた。




 剣闘士は、いつもの通り通路のはしに置かれている水桶みずおけから手をしゃくにして一口飲んだ。

 続けて顔を洗い気持ちをしずめると共に気合きあいを入れると、ゆっくりと仄暗ほのぐらい通路を進み行く。


 光溢ひかりこぼれた先に出ると、熱狂的ねっきょうてき大歓声だいかんせいが闘技場にとどろき、全体を震わせた。


 闘技場の中央まで歩き、対戦相手を待っていると――


此度こたびの相手はである!」


 観客席で一際豪華ひときわごうか主賓席しゅひんせきから甲高かんだかく言い放たれた。


 声の主は、この国の王・プロレウス二世。


 プロレウスは衛兵に囲まれながら主賓席から場内に降り立ち、男の前まで歩み寄ってきた。


 あまりにも想像だにしない状況に、男の思考は停止してしまう。


 やがて、国の頂点にいる王と最底辺の奴隷の男が目前もくぜん対峙たいじする。


 同じ人間のはずだが、明確な違い‥‥差がある。


「そう、緊張するでない。この闘技場では身分など関係無い。男と男。戦士と戦士が名誉と誇り、そして命をして、堂々と一対一で戦い合おうではないか!」


 衛兵の一人が持っていた剣を男の前の地に突き刺した。


「丸腰の相手をなぶるほど、余は軟弱なんじゃくではない。さあ取るが良い」


「‥‥一つきたい。王である貴様きさまを殺したとしても、オレを自由にしてくれるのだろうな?」


 無礼ぶれいな口ぶりに衛兵がにらみつけてくるが、王は片手を挙げて下がらせる。


しかりである。それがこの戦いの褒美ほうびだろう。ああ、もし王の余を殺したとして、それがつみばつを受けるとでも? 無用むよう憂慮ゆうりょだ。さっきも申した通りだ、ここでは身分など関係無いと、ただの剣闘士との戦いだ」


「それを聞いて安心したよ!」


 王殺しの悪名があれば傭兵としての株が上がるだろう。

 また、王亡き後の国の行く末など知ったことではない。


 見たところ王は一般的な成人男性の体格であり、上等な絹の服の開いた箇所から見える素肌は、とうてい鍛えられていない柔肌。

 防具などを身に着けず、手にしているのは宝石や金で装飾されている小剣レイピアのみ。


 舐めているのか、それとも超絶な剣技けんぎを取得しているのか考えが巡ったが、


(王がどのような実力があるにしても、あんな小枝ような小剣レイピアでオレの剣を防ぎようあるまい)


 これまでの経験と勘で、一振ひとふりで決着と己の勝利を確信した。




 死合い開始の号令も無いまま、男は剣の柄を握り構えようとするが、非常に重く持ち上げられなかった。


「‥‥なんだ!?」


 そもそも手に力が入らずに、握力あくりょくが弱くなっているのをおぼえた。


 異変はれだけではなかった。

 身体が重くなり、息をするのも苦しくなっていく。


「毒が回る頃合いだな」


 王がポツリと、男だけに聴こえるようにささやいた。


「‥‥まさか、あの水に!?」


「ここまで勝ち残ったのは見事‥‥。いや、こうなるように仕向しむけたのだから、当然ではあるな」


「仕向け‥‥どう、いう‥‥こと、だ‥」


 毒の影響で舌が回らなくなり、発声すらままならない。


「王の威厳いげんを示し、国威こくい発揚はつようするためには、時におう自らが剣を振るわなければならない時もあるが‥‥それは約束された勝利である戦いでなければならない。炎々えんえんさかる為に、何に火を灯さないといけないか解るか? それは人の希望にだよ」


 これまで組まれた死合いは男が勝ち残れるように取りはかれていた。

 真意は先のプロレウス王の言う通り――凶悪で非情な強者の剣闘士を王がつという筋書すじがきの為に。


「な、なにが、戦士の名誉と誇りの、戦いだあああああッッッ!!?」


 男は両の手でつかを握りめ、渾身こんしんの力を込めて振り上げる。


「ガハッ!!」


 振り下ろす間もなく、王の小剣のさきが男の心の臓を穿うがつ。

 男は口から血を吐き、力無く仰向あおむけで倒れ、息絶いきたえた。


「光栄に思うが良い。貴様がこれまで積み上げた名声めいせい武功ぶこうは、余のかてに、そして輝きになるのだから」


 手向たむけの言葉を吐き捨てると、王は剣身けんしんが赤い血でいろどられた小剣レイピアを天高くかざし、おのれの勝利を宣言した。


 はたから見れば華麗かれい圧勝劇あっしょうげきに場内の観客は大いに盛り上がり、勇敢ゆうかん強かな・・・王をたたえる。


 一方、名も残らぬ奴隷剣闘士にむくいがあるとしたら、先の誓約せいやくの通り、死によって奴隷剣闘士から解放されて、自由になれたことだろう。



-終-

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和本STORYz 和本明子 @wamoto

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