学園追放④ 金髪のお姫様を助ける
指輪の持ち主を示す証拠はある。
オレの言葉に二人は驚いた表情でこちらを見た。
男が何か言い出しそうになっていたのを無視してオレは言葉を続ける。
「これ、なんて名前だと思う? 『コーデリアの指輪』っていうんだ」
手にした物の名を口にした途端、男は顔に喜びの色を浮かべた。
まあ名前さえ分かれば、ここがダメでも他の店で売れるかもしれないからな。
そして彼女のほうは驚きの表情をさらに深めていた。
そりゃあそうだろうな。何しろ……。
「ちなみに、そこのお嬢さんはなんて名だと思う?」
「知るか! それより鑑定は終わったんだろ! その指輪をよこせ!」
せかす男を無視して説明を続ける。
「『リタ・コーデリア・キャストル』っていうんだ。
さすがにその学がなさそうな頭でも、キャストルの名字を持つ意味。
わかるよな?」
キャストルはこの国の王族に付けられる名字。
その中でも直系の男女の名前のミドルネームには親のファーストネームが入る。
つまり、
「そう、この指輪は第二王妃であるコーデリア様が特注で用意したもの。
そしてそこにおられるリタ姫にプレゼントしたんだよ。
それを遺跡で発見したとアンタは言った。
本当なのか? それ」
今にも指輪を奪い去らんとしていた彼がその場で固まる。
話を聞き、さすがに自分のしでかしたことに気づいたのだろう。
ハッタリ、とまでは言わないが結構憶測が混じっている。
それに話の内容にも穴はあり、かわすことはいくらでもできるはずだ。
だが、王室の威厳がそれを許さない。
どんなウソもいつかは暴かれ、そのぶん罪は重くなる。
なんて可能性があるというだけで、もはや抵抗はできまい。
――と、普通思うよな。
だが、こういう奴はこういうとき、斜め上の行動に出る。
世界が変わろうとこの手のやからの行動は大差ない。
男はおもむろに懐のナイフを取り出す。
そして近くにいる姫を人質にしようと自分のほうに引っ張り込んだ。
さらに彼女を片腕で抱いてナイフをのど元に突きつけ、オレのほうを見る。
したり顔をしている男が人質がどうのという口上を吐く――
その前に、オレは右の人差し指に嵌まっている指輪を男のほうに向けた。
そしてなけなしの魔力を送る。
指輪はその魔力に呼応し、刹那、直視困難なまばゆい光を前方に放った。
「うわあ!!!」
男は思わず姫のことも忘れて自分の目を片腕で押さえながら後ずさる。
拍子に彼女の拘束を解いてしまった。
オレは素早くカウンターの反対側にまわり、リタ姫の身体を引き寄せる。
彼女の身体がもぞもぞもと、オレの懐から逃げ出そうとうごめいた。
ん、柔らかくていい匂いがするなぁ。
……なんてそんな場合じゃない。
ぎゅっとしたい衝動を押さえ、大丈夫オレだから――と姫の耳元でささやく。
彼女は少し顔を赤らめながらもおとなしくなってくれた。
男を見ると、目を押さえたままむやみやたらにナイフを振り回している。
だがオレたちにはかすりもしない。
「こ、こんな目潰し!」
「ふっ、それだけと思うか?」
「な、何をするつもりだ!」
「今の光はこの指輪の力の一端にすぎない。真なる力はこんな風に……」
オレは指輪から広い範囲に発せられている光を1方向に集中させていく。
さらに宝石面の向きを変え、その光線を男の額に当てた。
彼は今、光の当たってるところが心なしか温まっていくのを感じてるだろう。
「お、おい! 何を――」
「お前の額に魔光を集中させている。
その光はやがてお前の顔を焼き潰すだろう」
なんてな。
この指輪にそこまでの力はない。
一般的に、マジックアイテムの威力は消費する魔力に比例する。
オレは、こと魔法に関しては火の玉の一つも放つことはできない。
そんな奴がマジックアイテムを使ったからってできることはたかがしれている。
だが、それを知らないのだろう。男は悲鳴を上げた。
ナイフの振り回しも大振りになり、やがてその腕が棚にぶち当たる。
彼はたまらず体勢を大きく崩しナイフを手放した。
そしてぶつけたところをもう片方の手で押さえながら床を転がりはじめる。
オレはとりあえず姫から離れ、男に近づいた。
そしてその腹が上を向いたところで踏みつけ、転げ回る勢いを削ぐ。
さらに、おとなしくしないと本当に焼く、と脅してようやく動きが収まった。
こんなこと、元の世界ではできなかったろうが転生者の体はスペックが高い。
オレみたいな非戦闘職でも元の世界でのスポーツ選手並みの活動ができるのだ。
おとなしくなったこいつとリタ姫に事情を聞く。
男は彼女の懐の巾着をスり、中の指輪を店へ持ち込んだらしい。
しかし姫にはその指輪がどこにあっても存在を感じることができるらしく。
気配を追いかけてこの店にたどり着いたようだ。
本来なら衛兵に引き渡すところだ。
しかしリタ姫のたっての願いで無罪放免ということになってしまう。
男は姫に感謝しながらこの場を去っていった。
さーて、これでリタ姫に恩も売れたし、彼女とお近づきに――。
「あ、あの、勇者さま……ですよね! 一つお聞きしたいことがあるのですが!」
姫に思ったよりも激しい勢いでぐいぐいとこられ、おもわず狼狽えてしまう。
てか、オレが勇者?
「え? お? な、何ですか?」
「その、さきほど、この指輪が母さまの特注だと伺いました!
それについて詳しく教えていただけませんか!?」
「え? ええ。
この指輪は売り物ではなく、オーダーメイドで作られた一品物だと思います。
それも、珍しいことに個人名がついている。
相当な想いがその指輪に込められていると思いますよ?」
彼女はオレの言葉を聞くと、ゆっくりとうつむく。
今までの勢いがウソのようだ。
そして、まるで祈るように、指輪のはまった拳をもう片方の手の平で包み
「……よかった」
一言つぶやくと、涙をこぼした。
そもそもなんで一国のお姫様がこんなところにいるんだろう。
とか色々な疑問はあった。
けど、結局オレはレンが来るまで声の一つも掛けることができなかった。
女の子の涙を見て狼狽えてしまったというのもある。
だが、それだけじゃない。
オレの中にうっすらとあった違和感が、疑惑に変わりはじめていた。
それが彼女の内情に安易に踏み込んでいいのか迷わせる。
鑑定名に個人の名前がつくアイテム。
それはその名を持つ者の魂が込められていることを意味する。
そしてその当人、彼女の母親が無事であるはずないのだ。
なら、国民の前に姿を見せているあの第二王妃は一体……?
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