第3話
「お前病んでんの?」
和田の言い分ももっともだなと思いながら、俺はすっかり冷めたしなしなのフライドポテトを口に運ぶ。
放課後、俺たちは週に2回程度ここファミリーレストラン「ジョスリア」にくる。しかしいつ来てもファミリーどころか俺たち以外に客はほとんどおらず、俺たちが高校入学した頃からそろそろ潰れるだろうと噂されながらも、気がつけば俺たちも卒業を迎えようとしている。そして今日もまたいつものようにおかわり自由のドリンクバーと大盛りフライドポテトで時間をつぶしていた。
少し冷めたココアを飲み「で、どうなの?」と聞くと和田は「どっちか選ばんといけんのか?」と腕を組みながら目を閉じ、んーと唸りはじめる。俺はまた一口フライドポテトを食す。ココアで甘くなった口にしょっぱいポテトがちょうど良い。和田は赤いストローに口をつけ一気に身体に悪そうな緑色の液体を飲み干す。和田はいつも決まってメロンソーダだ。空のグラスを持ち、立ち上がる和田は小さな声でまだ唸っていた。
和田の言うように病んではいないが、悩んでいることはある。そしてそれは和田にも関係のあることだ。関係があると言うか、和田のせい、と言うか。
夢は現実世界での出来事や悩みを反映する。実際に父さんは凝り性だし、母さんはいない。最近感じる学校での違和感もそうだ。当然だが母さんは人魚じゃないし俺はただの人間だ。だけど夢で感じたみんなと俺が別の生き物ように感じる居心地の悪さだけは現実で感じていたそのものだった。
気がつけば俺の肌には鈍く光る鱗があってみんなに気づかれないようにトイレにこもってせっせと剥ぎ取る。痛くても、血が出ても、鱗を剥がせば昔のように人間の皮膚が出てくると信じて無我夢中になって剥ぎ取る。そんな夢を見たこともある。
でも和田といるときはそんな思いはしなかった。しなかった、というよりは忘れてしまう感覚に近い。和田を前にするといろんなネガティブな感情を忘れてしまう。この感覚はなんなのだろう。だから和田にこの話をしてみたんだけど。和田ならどちらを選ぶだろう。
「海だろ」和田は席に戻ってくると開口一番そう言った。
「息苦しいと思いながら生きるのはしんどいやろ」机の上にメロンソーダがなみなみに注がれたコップが置かれる。無数の泡がコップの外へと消えていく。
「で、俺が毎日海の中潜ってお前に地上のことを教えたら、お前地上のこと忘れんし大丈夫じゃない?」
和田はそう言ってかけらのような小さなフライドポテトを数個摘んで口に放り投げた。言葉の意味が理解できずに和田を見ていると「もしかしたら」程度の答えが思いついた。
「いや、和田が俺だったらどっちを選ぶ?って意味で聞いたんやけど」
和田はえぇ、と言いまた唸り始めた。
「毎日潜るのは現実的に無理やろ」と言うと「人間と人魚のハーフが現実語んなよ」と怒られてしまった。可笑しくて笑っていたけどじわじわと心が温まるのを感じた。和田は俺が海に行っても毎日会いにくるのか。そうか。
俺は空になったコップを置いて立ち上がる。ドリンクバーで新しいグラスを手に少しだけ氷を入れてサーバーにセットする。上から3番目のボタンを押すとグラスには氷の隙間を這うようにメロンソーダが満ちていく。そうかそうか。席に戻り座る前に未だにあーでもない、こーでもないと首を捻っている和田の姿を見下ろす。
その日の夜。また夢を見た。
しかしそこはすでに水中だった。海かとも思ったがあたりは澄みきった綺麗な緑色であちこちから気泡が絶え間無く溢れゆらゆらと空へと昇っている。気泡の行く末を目で追っていると空に浮かぶ人影が見え俺はすぐに手を伸ばした。その人影も俺に気づいて体を上下逆さまに反転させると大きく空を蹴って潜ってくる。あと少し、もう少し。伸ばした手が彼の手を掴むと俺は昼間言えなかった言葉を思い出した。
お前を好きになってよかったよ。
言葉はただ泡となって二人の間を昇っていった。
メロンソーダの夢 伊瀬ハヤテ @isehayate
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