第2話

 海に着く頃にはもうすっかり夜だったんだけど、夜の海ってすげー怖いんだ。海が青いのって空の青さを反射しているかららしいんだけど、夜の空って黒いから当然海も黒くて、何も見えないのに波の音は聞こえてとにかくすごく怖かったんだ。だけどちょっとだけ好奇心もあって。この中にはどんな世界があるんだろうって。でも入らなかった。まぁ勇気がなかったんだよね。


 それからほぼ毎日、海に行っては波が浜辺に消えていく様子を眺めて。たまに膝くらいまで入ってみて、やっぱりやめて、を繰り返して。で、ある時膝くらいまで海に浸かってる時に強い波に足が取られて転んだんだ。急に全身水に入ったもんだからパニクっちゃって、ほとんど膝くらいしかない浅瀬なのに溺れてさ。

 で、気がついたんだ。水の中でも息ができてるって。なんて言うのかな。口を開けたらもちろん水が入ってくるんだけど入ってくる感覚がなくて、ほんと空気と変わんない。ただ呼吸してる感じ。

 それからどんどん潜って。水深5メートルぐらいのところまでいっても歩けて。あ、俺泳げないから海底を歩いてたんだけど。浮力で勝手に体が浮いちゃうとかもなくて。水温もちょうど良くて、見上げたら水面に太陽の光が当たっててすげー綺麗でさ。案外海での暮らしも悪くないなーと思えてきて。


 でもまぁそこから急に海で暮らすってのも違うからとりあえずその日は家に帰ったの。で次の日起きて学校とかいくじゃん。いつも通りっていうか、普通なんだけどすごい居心地悪く感じて。なんか周りの人間が別の生き物に思えて、みんな前からこんな感じだっけって。みんなからすれば俺が別の生き物なんだけど。

 この時父さんが言ってた母さんの息苦しさっていうのがわかった気がしたんだ。呼吸的な意味で息がしづらいんじゃなくてもっと精神的に息苦しい感じだったんだって。

 海に入った方が絶対楽だし、生きやすいと思う。それに俺が人間と人魚のハーフってみんなが知ったらどんなふうに思われるかもわからないし。だけど、父さんのことも、学校のみんなのことも、お前のことも忘れちゃうのは嫌だなと思って。そっから海に行かなくなったんだ。なんとなく苦しいけど、でも地上で暮らすのだってそれなりに幸せだろって思って。でもたまに思うんだ。俺は海で暮らした方がもっと幸せなんじゃないかなって。



 っていう夢を見たんだけど。お前ならどうする?どっちが幸せだと思う?

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