第8話 バカにされた演奏会

 翌日、夕方。

 

 学校帰りに電車に乗って河内長野駅に行った。


 ホームに降り立ったあまねは耳を澄ました。


 ハーモニカの郷愁にかられるような音色が聞こえてきた。あまねは音を頼りに、音のする方向へ歩き出した。三四郎は駅のバスのロータリーにいた。


 ダンボールを引き、その上に膝を立てて座り、目を閉じながらハーモニカを吹いていた。曲はミスチルのHANABIだった。いい選曲だと思った。しかし誰もその音楽を聞く者はいなかった。あまねはそれを遠くから眺めていた。駅のバスのロータリーでハーモニカを演奏している中学生は、日本で三四郎ただひとりだろう。あまねはおかしいなと思った。


 こっちの存在に気づくかな。三四郎は同じ曲を何回も演奏していた。よっぽどHANABIが好きなんだなと思った。それかHANABIしか吹けないからか。


 あまねは三四郎の演奏をお母さんみたいに笑おうとしなかった。三四郎は頑張っていると思った。ただそれが少し人と違う頑張り方なだけだ。あまねは三四郎に気づかれないように演奏を心で聞いていた。良い演奏だと思った。そのハーモニカの音は街中に響き渡るかのようだった。


 しばらくしてから商店街の方から騒がしい喧騒が聞こえてきた。一体なんだろう。


 その喧騒の正体はあまねの隣の中学校の不良生徒たちだった。ハデな女の子も混じっている。あまねは嫌な予感がした。騒がしい不良生徒たちの目はハーモニカを吹く、三四郎に向けられていた。三四郎と彼らの距離が次第に近くなってきた。三四郎は演奏をやめない。一体どうなるのか。あまねは三四郎を心配した。


 あまねの予想どおり不良生徒たちは三四郎を見て下品な笑い方をした。そして演奏に合わせ手を叩いてはやし立てた。三四郎は尚も演奏をやめなかった。三四郎は不良生徒たちにバカにされていた。あまねはそれを見ていられず、三四郎の方へ向かった。今すぐ演奏をやめされ、安全なところに連れて行くためだ。あまねはいつもの間にか走っていた。冷や汗がたらりとあまねの頬をなでる。


 「三四郎さんっ、」


 ハーモニカの音がやんだ。


 「びっくりしたあ。あまねちゃんやん、どおしたん?」


 「何やってるんですか、早く行きますよ」


不良生徒たちは急に現れたあまねの姿をみて、ゲラゲラと笑った。

 不良生徒のひとりが言った。

 「なんやお前、演奏の邪魔したんなや」


 いつの間にかあまねと三四郎は不良生徒たちに取り囲まれていた。そしてじわじわと距離を詰められた。だが三四郎は達観したように落ち着いていた。あまねは泣きそうになった。怖いと思った。あまねは三四郎の腕を取った。


 「なんやお前ら、おもろいことしとるやんけ」


不良生徒たちは言った。タバコを吸っている者もいた。


 「やめて下さいっ、彼の演奏を邪魔しないで下さいっ」


 あまねは勇気を出して言った。声が震えていた。三四郎はニヤニヤしていた。三四郎は一体何を考えているのだ。今すぐあまねの腕を取り、走って包囲網を突破するのが男じゃないのか。それか昔の青春ドラマみたいに拳で戦うのが男じゃないのか。


 不良生徒の一人がふいにあまねの腕を掴んだ。あかん、ヤラれるとあまねは思った。


 「何やっとんじゃお前らァ、しばきまわすどぉ」


 三四郎は急に怒り出した。そしてあまねの腕に触れた男を殴り飛ばした。男は三メートルほど吹っ飛んだ。それを見た不良生徒

たちが三四郎に次々と殴りかかった。三四郎はヒラリと相手を拳をかわし、相手の脇腹に拳を打ち込んだ。三四郎は次々と相手をやっつけていった。不良生徒たちは血を流して倒れていた。数人いた女子たちは泣きながらどこかへ走って逃げた。やがて事態を嗅ぎつけたお巡りさんがやってきて、三四郎は交番に連れて行かれた。あまねはただそれを呆然と眺めていた。 

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