第6話 変人とフランスパン

 一時間目の社会の授業は退屈だった。まず教師が面白くない。話が下手くそで、滑舌が悪く、何を授業で伝えたいのか、よくわからない。


 そんなことを考えているうちに一時間目の授業は終わった。


 2時間目は体育だ。外でキックベースをするらしい。


 あまねは男子のいなくなった教室で素早く体操服に着替えた。夏用体操服の白いティーシャツ、黒いズボン。そして上着に冬用の紺色の長袖体操服を着た。すべて学校指定の体操服だ。別に動きやすい格好なら体操服じゃなくてもいいのになと思った。そんなこと体育教師に言ったら、頬を打たれると思った。だからあまねはそんなことを言わない。


 あまねは下駄箱に向かった。


 下駄箱につくと宮本三四郎が校門からこちらに向かって歩いてくるのが見えた。目をしょぼしょぼさせ、フラフラと歩いている。スクールバックを肩の後ろに右手の親指一本でつっかけるように持ち、左手はズボンのポケットに突っ込んだままだ。上着のブレザーの胸ポケットには小さな焼き芋サイズのフランスパンが刺さっていた。


 三四郎が近づいてくる。その距離が五メートルほどまで近づいた。


 「こんにちは」


 あまねは言った。なんだか少し緊張するなと思った。


 「おう。あまねちゃんやん、何してるん、こんなところで?」


 「今からグラウンドで体育なんですよ」


 「そーかあ、ええなあ、体育」


 三四郎はそういうとポケットから右手の人差し指と中指で器用にフランスパンを取り出し、それをかじった。


 三四郎は「朝ごはん」と乾いた声で言った。


 「家で食べてきたらええのに」


あまねは小さく笑って言った。


 「うまいわこれ、あまねちゃんも食うか?」


 「結構です」


 あまねは小さな胸のまえで手を振った。


 そして「大遅刻ですね、宮本先輩」


 「朝はゆっくり寝てたいねん」


 三四郎はあくびをひとつして言い、下駄箱から上靴を緩慢な動きで取り出し、ダラダラと教室棟の方とは反対方向に歩いていった。


 それを見て、あまねは自分のスニーカーを取り出してから、素早く、三四郎の方へ小走りした。


 「宮本さんっ、教室はそっちじゃないですよっ」


 三四郎はゆっくりとスローモーションでこちらを振り返り、ニタニタと笑った。


 「これから保健室行きまんねん、もうひと眠りしまっせぇ」


 三四郎は奇妙なおどけ方をした。そして大きなおならを二回した。車のエンジンの音に似ていた。


 あまねは三四郎は少し変わっていると思った。それと同時にこの人は何かおかしいと思った。変人に知らない異国の土地に連れ去られてきて、そこで独りで生活しろと言われたような、奇妙な気分になった。


 それからあまねはグラウンドに出て、キックベースを程よく楽しんだ。そのときに数人の女友達と久しぶりに笑いながらしゃべった。小学生の頃の楽しかった記憶を思い出した。


 キックベースが終わり、ベースをダンボール箱に入れているときに、ふと三年生の教室をグラウンドから見たら、三四郎がこちらを見て、ニタニタと笑っていた。

 「保健室で寝てへんやん。ちゃんと授業受けてるやん。かしこいかしこい」とあまねはひとりゴチた。



 なんだか三四郎の頭をなでてやりたいような気分になった。


 あれっ。なんでこんな気持ちになるんやろ。あまねは自分がおかしくなっているんじゃないかと思った。


 「あかんあかん。こんなん思ったらあかん」 あまねは心の中で念じた。

 

 でもこちらを見るときはもっと爽やかな笑顔で見てほしいと思った。ニタニタと見られたら何か下心があるのかなと思ってしまう。


 それにしても三四郎は奇妙で魅力的な人だなと思った。


 あまねの心の中で「魅力的」という言葉が妖しく響いた。


 やがてチャイムが鳴り、2時間目の授業が終わり、あまねたちは校舎の中に吸い込まれるように引っ込んだ。

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