第5話 やさしくて素直な人ほど生きづらい
「おばあちゃん、あたしって臭いかな?」
朝のリビングルームでの会話だ。
「あまねちゃんが臭い?そんなわけあるかいな」
おばあちゃんはしゃがれた大きな声で言った。
「でもあたし友達から臭いって言われてんねん」
あまねは少し泣きそうになったが、ここで泣いては負けだと思ったので懸命に涙をこらえた。
「あまねちゃんは臭くない。そんなこと言う子おるん?」
「うん」
「そんなん言うなって言うたり、その子らに」
「でも…」
あまねにはそんなこと言う根性がない。仮にそれが言えたらかなり生きやすいだろうなと思った。
「あたしそんなん言われへんわ…」
あまねは小さな声で言った。
「じゃあ考え方を変えることやな」
おばあちゃんはしっかりとした声で言った。
「どういう風に変えるん?」
「自分は臭くないって思い込む。だってあまねは臭くないのが事実やねんから。臭いって言われても、それは事実じゃないし、こいつらアホやなって思えばいいねん。間違ったこといってるなって。そう思ったら気ぃ楽になれへん?」
「まあそうやな。ちょっとだけ気ぃ楽になるわ」
以上があまねのおばあちゃんの朝のやりとりだ。
あまねは玄関を出た。
「おばあちゃん、いってきます」
あまねは大きな声で言った。
「いってらっしゃ~い、あまねちゃん」
祖母はくしゃっと笑った。その笑顔はあまねの心を解きほぐすには十分すぎるものだった。
この日も空が青い日だった。
春のぬるい風があまねの頬をなでた。
あまねの護衛である忠犬パトリシェフはおばあちゃんの隣で門から首だけ出してワンワンとあまねに吠えた。
「いってらっしゃいませ、あまねお姉様」と忠犬らしく言っているのだろう。
あまねは通学路をスタスタとひざ丈スカートをゆらゆらさせ歩いた。
今日もいい天気だ。
中学二年になりあまねは少しクラスメイトと話をするようになった。中学一年のときはくさいから露骨に嫌われていたが最近はそうじゃなくなった。
それはなぜだろうかとあまねは考えたがあまりわからなかった。
自分の身体が臭くなくなったからだろうか。でも中学一年ときに友達から臭いといわれて、自分の匂いを嗅いでみたが何も匂わなかった。ただ柔軟剤の匂いがするだけだ。なぜあまねが臭いと言われるのか、よく考えてみるとまったくわからないのだ。
臭いと言われたときに
「なにが臭いや」
とおばあちゃんのように言い返せば良かった。
あまねは臭くない。
ただ嫌われていただけだ。
「なんで嫌われたんやろかあたし…」
あまねはひとりゴチた。
あまねは友達の言葉を真に受けすぎた。
あまねは自分をやさしくて少し素直過ぎたのかもしれないなと思った。
それと同時にこの世の中はやさしくて素直な人ほど生きづらいという矛盾があるのかもしれないなと思った。
そんなことを考えながらあまねはてくてくと通学路を歩いていた。
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