アロイスは不穏に微笑む。

 陽が高くなった頃。

 予定通りに私はイザークとアロイスを伴って領主館をでた。


 さほど大きくもない我が領都バルト

 収穫祭の行われている中心街までは歩いてすぐ、5分も経たずに到着した。



「わぁ!」



 私は驚きの声をあげる。


 バルトのメイン通りは、両サイドに露店がぎっしりと立ち並び、まっすぐ歩くのも難しいほどの人並みで大混雑していたのだ。


 メルドルフの伝統的な衣装(しかも晴れ着)を着込んだ領民、そして帝国の庶民の商人たちが、思うがままに行き交う。

 混み具合といい騒々しさといい、まるで前世の通勤電車のようだ。


 客引きのダミ声と雑踏の熱に圧倒されながらも、私たちは通りに踏み入る。



「メルドルフってこんなに人がいたのね!」



 バルトに……というかメルドルフ人が世間にはこんなにいたんだと、ただただ驚くばかりだ。


 私は落ち着きなくきょろきょろと周囲を見渡す。

 あちこちに庶民の“生身“の営みがある。



(面白いわ。宮殿や領主館にいては分からなかった)



 小説の中の世界だが、民は確かにここで生きているのだ。

 懸命に今を生きている。



(これから聖女とどう関わるか分からないけれど、私はこの生活を守らなければならないわ)



 だってここは私の領であり、目の前にいるのは私の民なのだから。



「キャッ」



 私は何かがぶつかった衝撃で、うっかりバランスを崩してしまう。

 どうやら通りすがりの商人の荷物が私の体をかすめたようだ。



「コニー様!」



 イザークが手を伸ばし、「危ないですから、正面を向いてください」とそっと私の体を抱き起こした。



「ご注意なさってください。我が領の人口はかなり少ないですが、それでも一箇所に集まればこれほど混雑するのです。加えて今日は他所からの来訪者も多く見られます。お気をつけてくださらないと、怪我をしてしまいます」



 私は素直にイザークに謝った。

 うん。完全に不注意だった。



「庶民の生活が珍しくて、見入っちゃったの」



 イザークは苦笑すると、群衆を指差し……あれがどこぞの地方の人間、あれは職人と、さっくりと説明してくれる。



「わぁ、本当に全国から商人が来ているのね。ここは貴族からは見向きもされない土地でしょう? 収穫祭も鄙びた田舎の祭りだと思ってたの。こんなに人が集まって盛大に行うだなんて思わなかったわ」



 交通の便の悪い辺境のこの地だというのに、帝国各地からこれほどまでに多くの人が集まってきているとは。


 帝国の祝祭とは比べ物にならない“ささやか“と言っていいものだろうが、メルドルフの経済状況を考えれば明らかに規模が大きい。



(侍女は盛大だと言ってたけれど、話半分に聞いていて本気にしていなかったわ)



 もう少し身近な者は信用しなければならないのかもしれない。



「貴族たちの中では全く話題にも上がらないけれど、庶民の間ではそれなりに交流が盛んなのね」



 メルドルフに特に目立った産業はない。

 けれどこうして人の営みがある以上、何かしらの需要はあるのだ。

 収穫祭という催事以外でも、日常的に行き来しているのだろう。


 この混雑の中でもさほど苦労せず私の隣を行くアロイスが、うんうんと頷いた。



「まぁ人が生きている以上、交易は生まれるものなのですよ」


「素晴らしいことね。もっと交易が盛んになれば、メルドルフも民も豊かになるでしょう。どんどん推し進めていきたいわ」


「お言葉ですが、コニー様。良いことばかりではありませんよ。確かに交易は良いものも多くもたらしてくれますが、どんなに注意していても余計な物も混ざり込んでしまいますからね。大禍になる前に摘み取らねばなりません」



 アロイスが意味深に口の端をあげる。



(なんだろう。引っかかる言い方ね)



 この行政官、時折底しれぬ表情をすることがある。薄気味の悪さに胸騒ぎがする。



「アロイス、あなた……」



 その時。


 ドッと歓声が響き渡った。

 どうやら他領から来たのであろう大道芸人がジャグリングの大技を決めたようだ。



(アロイスは気になるわ。でも今は楽しまなくちゃ!)


 せっかくの休日なのだ。

 余計なことは考えるのはよそう。



「イザーク、アロイス。あっちに芝居小屋があるわ。行ってみましょ!」



 私は居ても立っても居られずイザークの腕を掴み、歓声のする方向へ向かった。

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