一緒にお出かけしましょう?

「収穫祭ですか」



 アロイスは手にした書類から顔を上げ、



「どうぞお行きになってください。今のバルトの治安はそう悪くありません。メルドルフの領兵は優秀ですからね。彼らがこの一ヶ月尽力したおかげでかなり改善されました。コニー様の警護もイザーク卿が同行するのであれば問題ないでしょう」



 と私の提案にあっさりと同意してくれた。



「異論はなかろう? イザーク卿」



 アロイスの隣で書類を読んでいたイザークも頷く。



「あぁ。問題ない」



(あれ? 意外ね)


 こうもあっさりと許可されるだなんて!

 アロイスはまだしも、イザークからはもっと反対されるかと思ったのに。


 今までも……何に対しても『なりません』『できかねます』がデフォルトだったではないか。



「てっきりだめだって言われるかと思ってたの。仕事は山のように残っているし、民たちには顔が知られてしまったから、この前の視察のようには行かないかなって」



 最初の視察はメルドルフに来てすぐの頃。

 メルドルフの服に初めて袖を通し、イザークと共に領都を回ったことがある。


 領都での庶民の暮らしに触れ、夏の風物詩の『雪の花』を初めて目にした。とても実りのある視察だった。


 その時はまだメルドルフの新しい領主が私だとは、広く知られていなかったので、大したトラブルもなかった。



 が。

 この二ヶ月の間に状況は大きく変わってしまっていた。


 領民に私の存在が知られてしまったのだ。

 お披露目など公的な事は一度もしていなかったのだが、いつの間にやら自然に……。


 まぁ使用人のほとんどがメルドルフの民なので、情報が漏れてしまうのはどうしようもないことなのだろうが……。


 これを教えてくれたのは私付きの侍女だが、評判までは怖くて聞けなかった。

 小説『救国の聖女』のように暴君や悪女として知られてなければいいなぁと思うばかり。



「確かにその点は考慮せねばなりませんが、それよりも優先されるべきはコニー様が心身ともに健康でいる事です。もしも政務を離れることに罪悪感をお持ちであるならば、公務の一環、市井の視察とでもなさればよろしい」


「アロイス……」



 正直、領主が観光する(遊ぶ)ことは仕事をサボっているのではないかと思われるのではないかと、少し後ろめたさを感じていた。


 そんな私の葛藤まで察してくれているだなんて!

 アロイスは完璧な補佐官だ。



「……嬉しいこと言ってくれるのね。ありがとう」


「まぁコニー様に倒れられるとメルドルフは路頭に迷いますので。ほどほどの休憩も必要ということです」



 アロイスは机の引き出しから小箱を取り出すと、蓋を開け、私の前に置いた。

 箱の中には宝石のように可愛らしい色とりどりの砂糖菓子が並んでいる。



「どうぞ。果物の砂糖漬けです。先日、へベテから届きました」と私に勧め、自らも口に放り込んだ。



「そもそもコニー様は働きすぎなのです。朝から晩まで仕事ばかりなさっておられる。ここまで勤勉な領主は帝国のどこを探してもおりませんよ。あなた様くらいです」


「あら、私が働き過ぎって? あなたがそんなこと言うの? 意外ね」



 アロイスとイザーク。

 この二人がいるからこそメルドルフはなんとか形を成していると言っても過言ではない。

 業務に忠実で誠実。最高の部下達だ。


 ただし。

 イザークも大概仕事好きだが、アロイスは完全に病気ワーカホリックである。


 メルドルフでのアロイスの生活ルーティーンを初めて知ったときは、本当に驚愕した。

 この童顔の行政官、起きている時間のほとんどを行政棟で過ごしている(=仕事をしている)のだ。

 ほっておくと食事すら惜しいと抜いてしまう有様。


 前世であるならば労働基準局に入られて一発アウト案件だろう。

 このままでは過労死一直線だ。


 これほどの人材を失いでもしたら……。

 メルドルフは一瞬にして立ち行かなくなる。

 領主としてはとても看過できない。



「アロイス、少しはお休みなさい。いいえ、休まないとダメよ。この週末は行政棟を閉鎖し、職員は一斉に休暇にします。私と一緒に収穫祭にいきましょう」


「え? 私も、でございますか?」



 アロイスは横目でイザークを伺う。



「私はイザーク卿と違って仕事が……」



 イザークは呆れたように両肩を上げ、



「べルルは自分の仕事の調整もできぬほどに無能なのだ、ということを表明するのか。コニー様も役に立たない男を抱えたものだな」


「は? 聞き捨てならんな、イザーク卿」


「なぁ行政官殿。常々思っていたのだが、お前のひ弱な体ではこのメルドルフの冬は越せないんじゃないか。薄暗い室内に朝から晩までこもってないで、たまには屋根のない所へ出かけるべきだ。日頃から体を動かしておかないといざという時に役に立たんぞ」


「おいおい、脳みそまで筋肉なイザーク卿と一緒にしないでもらいたい。俺もそれなりに鍛えている。卿と違って筋肉に全力を注ぐ主義ではないだけだ」


「ほう。常日頃から鍛えている騎士の俺に対峙できるほど腕に自信がある、ということだな。それは面白い。ぜひ手合わせ願いたいものだ。いつでも受けようじゃないか」


「……後悔することになるぞ、イザーク卿」



 これは一触即発……?


 違う。

 通常運転だ。口は悪いがお互いにリスペクトしあっている二人だ。

 ただ子供がじゃれあっているようなものなのだろう。



「二人とも、仲がいいのね」



(羨ましいわ。だって私には冗談を言い合える同等の存在ともだちなんていないんだもの……。)



 貴族で1番の権勢家であるハイデランド侯爵家の一人娘。皇太子の元婚約者。そして稀代の悪女。


 近づいてくる令嬢なんていない。

 一度でいいから、親友同士の腹を割ったお茶会なんてしてみたかった。女子会って憧れる。



(ああ、ダメダメ。しんみりしてしまうわ)



「仲がいいほど喧嘩するって言うし、男の人の友情って素敵ね」


「それは違います! コニー様。私とアロイスは……」とイザークは言いかけるが、慌ててアロイスが口を塞いだ。


 そして天才行政官は満面の笑みを浮かべ、



「コニー様のお望みであるならば、お断りするわけにはまいりませんね。収穫祭までに仕事の目処をつけておきましょう」


「じゃあ決まりね。楽しみだわ」



 これで収穫祭に行くことができる!

 侍女から教えてもらった呪いもしてみよう。

 屋台も出てるかな?

 食べ歩きも楽しそうだ。

 ワクワクする。


 ただちょっとアロイスの笑顔が気になるけど。

 今まであんな顔したことなかったし。


 でも、うん。

 気のせいかな。


◆あとがき◆

読んでいただきありがとうございます。


コニーの腹心アロイスですが、この頃はまだど腹黒な本性がコニーにバレていません。(鈍めのコニーでもなんとなく気づき始めています)


番外編と言いつつもかなり長めなお話になります。

楽しんでいただけたら嬉しいです。最後までお付き合い下さいね。






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