番外編 悪役令嬢の休日。

メルドルフに秋が来た。

番外編になります。

時系列で言うと本編の「13話:厄災の始まり。」の中頃、コニーがメルドルフに来て約2カ月後のお話です。




 いつの間にやら季節は秋に差し掛かろうとしていた。


 ウィルヘルムから婚約破棄を言い渡され、痛いくらいの真夏の日差しを受けながら帝都を出て二ヶ月。


 最初は戸惑うことばかりだった辺境の地メルドルフでの生活にもやっと慣れてきた。


 ここメルドルフでの生活は私にとって不便なことも多い。

 皇宮やハイデランド侯爵家実家のように洗練された豊かさもなく、何をするにしても手間がかかり、古くからの因習も多く残っている。


 けれど、帝国のように凝り固まった儀礼に囚われず、自然と共に生きる素直なメルドルフ人の気質と風土は、何にもまして素晴らしいと感じる。


 人が人としてあるべき生命力を感じるのだ。


 私はきっとこの領地を好きになるだろう。

 ううん、違う。

 既に気に入っている。

 手放せと言われても、もう手放せないほどに。



 ただ。

 一つだけ。


 唯一好きになれそうもないこともある。


 そう。

 それは寒さだ。


 帝都とは比べものにならないくらいに過酷な環境のメルドルフは、春と夏、秋は短く、冬が長い。


 今は初秋にあたる時期なのだが、既に信じられないほどに寒かった。

 体感でいえば帝都の初冬と同じだ。


 高位貴族である侯爵家出身。しかも婚約を破棄されてしまったが、最近まで皇太子の婚約者という立場だった私にとって、この寒さは辛い。

 物理的にも。


 心理きもち的にも。



(秋は始まったばかりだというのに……。これからもっと寒くなったらどうなるのだろう)



「ずっとここで暮らすんだから、この寒さにも慣れなくちゃね……。うん、起きよう」


 私は独言ひとりごちるとノロノロと寝台を下り、使用人により火が入れられている暖炉の前に座り込んだ。

 パチパチと薪がはぜるたびに炎が揺れる。



(婚約破棄された時は世の終わりかと思ったけれど、過ぎてしまえばなんとでもなるものね)



 止まってしまったかと思えた時間もいつの間にか過ぎていた。

 あれほど酷い目にあったというのに、時は止まることはない。誰にでも平等に過ぎるものなのだ。



(時が薬とはよく言ったものだわ)



 一日、一日過ぎるごとに、心の傷が塞がっていくのがわかる。


 とはいえ。

 ウィルヘルムのことを思い出すと、まだ心が痛むのは事実だ。

 幼い頃からずっと好きだったのだ。

 あれほど思って尽くした人はいなかったのだから。



(でも過ぎ去ったことを悩んでいても仕方がないわ)



 主人公シルヴィアに魅せられた男主人公ヒーローを脇役がどうにか出来るものではない。



(だってこの世界は『救国の聖女』の……小説の世界なのだから)

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