イザーク・リーツはクセが強い(2)

 イザークはそれはそれは真面目……というか面倒くさい騎士だった。

 よく言えば物事に対して真摯で誠実、悪く言えば四角四面で面白みもない。


 私の希望であったとしても、規約から外れることであれば、ほんの些細な事でも『なりません』か『できかねます』と頭から全否定する(天気も気分も最高に良い日に遠乗りでも……と提案しても、にべもなく拒否!)。


 全くこの男は人の血が流れているのかしらとすら思うほどだ。


 もしかして酷い対応も警備対象にだけなのかもしれないと、騎士団ではどうなのかとその辺の騎士を捕まえて訊いてみたこともあるけれど、うまい具合にはぐらかされて真相を聞くことはできなかった。


 まぁどこに行くにも着いて来て、私の後ろで鬼の形相をしている護衛騎士イザークを前にして、平騎士が言えるはずがない。


 そうは言っても。



(せっかく自由になったんだもの。満喫したいわ)



 私は生まれながらにして侯爵家の娘。

 もともと皇太子の婚約者になる以前から、自由に出歩くことはなかった。立場上致し方ないところもあるけれど。


 それが婚約破棄を経て、誰のものでもない、どこにも隷属しないコンスタンツェと生きていくことになった。

 既存の、全てのしがらみから解放され、生まれて初めての“自由の身“だ。


 そうなのだ。

 今が人生最大のチャンスだ。



(メルドルフに行けば簡単には戻って来れなくなるわ。下向するまでの束の間の自由でしかないけど……)



 だからこそ、今までできなかったことをやっておきたい。



「イザーク。大神殿近くに新しいサロンができたって侍女に聞いたの。今日の午後に帝都観光に行くついでに寄ろうと思うの」


「なりません、お嬢様」



 イザークはいつも通り。けんもほろろだ。


 でもここで折れてもいられない。

 いつもは引き下がるところだが、しつこく食い下がった。



「あら、どうして? サロンは貴族専用って聞いたから警備もされているはずよ。それにイザークあなたがいるのだから危険はないでしょう? もうウィルの婚約者でもないのだし、自由に歩いてもどうってことないじゃない。準備してちょうだい」


「お言葉ですが、お嬢様。お嬢様は皇太子殿下の婚約者ではなくなりましたが、ハイデランド侯爵令嬢でいらっしゃることは変わりません。警備の手配が終わった後であれば可能ですが、今回のように計画外の行程は対応できかねます」


「そこは何とかして欲しいのだけど。私があなたの主人なのよ? 私の命が聞けないのかしら」


「お嬢様のご要望だとしても規約を曲げることは許されません」


「……ねぇ、イザーク。もっと柔軟に動けない? サロンだけ別日に行くとか非効率極まりないじゃない。何とかできるでしょう?」



 うん。帝都の端までお茶を飲みに行くのも悪くないけれど。外出の理由ができる訳だし?

 でもただそれだけのために使用人を動かすのも気が引ける。



「そこは理解できます。ですが、お嬢様の安全に関わることですので、譲れません」



 イザークも退く気はないらしい。


 お父様の言っていたことの意味を痛感する。

 このイザーク、確かに頑なで融通がきかない“ひどく扱いにくい“男だ。

 剣の腕は立つというが、性格に若干難ありだとは。



(容姿は悪くないのだから、せめてもう少し愛想が良ければね。いっつもしかめっ面でいることも何とかして欲しいものだわ)



「イザーク卿、笑顔の一つでも見せれば、周りの心持ちも変わると思うのよ。職場の雰囲気って大事でしょう?」


「騎士に愛想は必要ありません」


戦場いくさばにいるのならいいのでしょうけど。ここは違うわ。社交の場でもあるの。怖い顔ばかりだと、女性に嫌厭けんえんされてしまうわよ」


「不特定多数の女性に好まれたいと考えておりませんので、問題ありません」


「もう。ああ言えばこう言うのね……」


 私は額に手を当てた。


 ハイデランド騎士団は帝国民共通の憧れの存在。

 騎士団員というだけでも、庶民から貴族まで、あらゆる階級でモテるらしい。実際、他の騎士たちの恋バナは頻繁に耳にしている。


 モテ集団の中そのなかでもお父様に重用されている独身イケメンの若い騎士とくれば、結婚相手としては最高の物件。

 妙齢の女性からだけでなく、全方向の女性から持て囃されるものだ。


 だというのに。

 強面イザークに関しては一切聞いたことがない。


 情報通の侍女に密かに聞いてみても、女性とは遊ぶ事はあってもその場限り、特定の相手はいないという。

 男色でもないらしいが……。



(中身がこんな面倒くさいと知ってしまうと、付き合いたいって思う女性などいないでしょうね。それよりも、ここまで拒絶するってことは、もしかしてイザークには想う人もいるのかしら)



 頑ななイザークのことだ。

 心に決めた相手にはひどく執着するんじゃないかとまで想像できてしまう。



(お相手の方も大変ね。御愁傷様としか言いようがないわ)



 心の底から同情する。



「イザーク、あなたもう少し許容範囲を広げるべきね。このままじゃ私生活は絶望的よ。嫁も子もいない侘しい老後を過ごしたくはないでしょうに」


「配偶者ですか……。無理矢理娶る必要はないと考えております。今のままで満足しています」


「今のままって、一生独身のままで私の護衛として過ごす気なの?」


「えぇ。望むところです。死ぬまでお嬢様にお仕えいたします。それが私の願いですから」



 不意にイザークの頬が緩む。



(え? ずいぶん印象が変わった。なんだか可愛い感じ?)



 私は驚きのあまり、イザークを繁々と見つめた。


 笑うとここまで柔らかい表情になるのか。

 というより、こんな顔もできるのか。

 いや、実は色々な感情があるけれど、あえて出していないだけなのかもしれない。

 思惑が頭の中を巡る。



(なんなの本当に……)



 こんなのときめいてしまうじゃないか。

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