番外編 悪役令嬢と強面騎士。

イザーク・リーツはクセが強い(1)

今回のお話は番外編となります。

婚約を破棄されたコンスタンツェが宮からハイデランド侯爵家に戻るところから始まります。 




皇太子であるウィルヘルムから婚約破棄を言い渡されて、私の二年にわたる(仮)皇太子妃生活は幕を閉じた。

 懸命に築き上げてきたと思っていたのに、崩れるのはあっという間。あっけないものだ。


(でも、これでよかったのよ)


 婚約破棄を告げられた瞬間、ここが『救国の聖女』という小説の世界であると覚醒してしまった以上、これまでと同じとはいかない。


 筋書きのある世界で、創造主さくしゃの思うように進む世界。


 この世界のヒロインであるシルヴィアとウィルヘルムは結ばれる運命にある。どんなに抗おうとも、悪役である私は、決してウィルヘルムと生涯を共にする事はできないのだ。


 であるならば。

 いつまでも惜しんでいては時間の無駄。さっさと見切りをつけるべきだ。


 幸運なことに、皇室は権勢をもつ私の実家ハイデランド侯爵家に配慮し破格の慰謝料を与えてくれた。


 領地メルドルフ

 そして金子。


 新しい人生を始めるには十分だ。

 私の人生はこれからも続く。

 前を向いて進むだけだ。




 皇太子妃宮を出、ハイデランド侯爵家に戻って数日。

 私はお父様の執務室へ呼び出された。


 広大なハイデランド侯爵領の内政を司る行政棟、ニ階の最奥にハイデランド侯爵の執務室はある。

 侍従に導かれ入室すると、中庭に面した窓を背に、お父様と背の高い騎士が立っていた。


 私はお父様の前に進み、お辞儀をする。


「お父様、お待たせいたしました。何か御用でございますか?」


「うむ。それ以外でこんなむさ苦しいところにお前を呼ぶことはない。コンスタンツェ、お前に伝えておこうと思ってな」


 お父様は優しく微笑んで、隣の騎士に目配せする。

 黒髪の騎士は頷き、私の足元に跪いた。



「イザーク・リーツと申します。ご主人様」



(ご主人様?)


 私はお父様に目を向ける。



「この者は今日からお前の護衛騎士だ。メルドルフにも随行させることにした」


「私に護衛騎士を、でございますか⁉︎」



 護衛騎士とは読んで名の如く、貴人の警護につく騎士だ。


 礼儀作法を弁え社会的にも地位をもつ騎士は国や領主に仕える、貴族に次ぐ地位にある者である。


 戦闘のエキスパートである彼らを一個人の護衛として雇うこと。これは傭兵を用いるのとは桁違いに費用がかかる非常に贅沢なことだ。

 実際に帝国において専属の護衛騎士を立てているのは、皇族か上位貴族、大富豪のみといったところ。

 私はハイデランド侯爵の娘であるので、護衛騎士がいてもおかしくはないのだが……。



(表向きは家門から追放されて辺境に放逐される私に、必要とは思えないわ)



 捨てられた私を暗殺しようとする者もいないだろうというのに。


 お父様は私の戸惑いを無視しリーツ卿の肩を叩いた。



「リーツはな、若いがな、これでなかなかに腕がたつ。忠誠心は疑いようもない。素晴らしい騎士だ。安心しなさい。旅立つお前への餞別と思ってくれればいい」


「お父様、でも……」



 私はリーツという騎士をしげしげと眺めた。

 見上げるほどに背が高く、藍色のハイデランド騎士団の制服の上からでもわかるほどに頑強な体つきをしている。


 琥珀色アンバーの瞳が印象的な整った顔立ちだが、仏頂面というのか、恐ろしいほどに表情はない。


 そして特徴的なのはその腰に佩かれた傷だらけの剣。

 使い込まれた握りの部分には何度も修繕した跡が見られる。幾多の戦場を主人とともに越えてきた証だろう。


 私は思わず胸元に視線を止めた。



(金のハイデランド騎士団の紋章……)



 金糸で刺されたハイデランド騎士団の紋章が、リーツ卿の胸に輝いている。

 金の印は確か騎士団でも士官以上にしか許されていないはず。


 騎士団について全く知識のない私でも知っている。

 もしかしてこのリーツという男性は、かなり上位にあたる地位にある騎士なのではないか。



(そんな騎士を私の護衛に?)



 騎士団の根幹に関わる者を手放すだなんて……。例え娘の為だとはいえ、酔狂としか言いようがない。



「お父様、彼は……リーツ卿は騎士団でも重要な方なのでしょう?」

「まぁ将校の一人ではあるがな」


「そんな方を私に同行させてよろしいのですか? 田舎領主の護衛……彼にとってこの職は相応しくないように感じます。彼が離れれば騎士団の業務に支障がでるのでは?」


 お父様は「コニー、騎士団のことはお前が心配しなくていい」と私の頭を撫で、


「メルドルフは未だに治安の安定しない領だ。そんなところに傷心の愛娘をやらねばならない父の思いを汲み取ってくれまいか。出来ることなら中隊一つは付けたかったのだがなぁ……」


 上司の暴走を必死に止めようとする家臣たちの顔が浮かぶ。

 娘一人に大袈裟だとは思うが、ハイデランド侯爵家当主の決定だ。

 ありがたく受けておくのが親孝行なのかもしれない。



「お父様。リーツ卿を私にいただけただけで、とても幸せです。……ご配慮ありがとうございます」



 私はリーツ卿へ向き直し右手を差し出した。



「……イザーク、でしたね。下知とはいえ、困難な役目をひき受けてくれて感謝します」



 リーツ卿、イザークは私の手を取り口をつけた。



「いいえ、滅相もございません。お嬢様のお側にお仕えさせていただけること、大変な名誉でございます。誠心誠意お仕えいたします」



 イザークの口元がほんの少し緩んだ。



(今、笑った?)



 ほんの少しだ。

 ほんの少し笑うだけで、雰囲気がぱあっと明るくなる。

 もしもこの強面が破顔したらどれほど印象が変わるのだろう。

 見てみたい気がする。



「あぁそうだ、コンスタンツェ。お前の護衛としてリーツには早速今からつくように命じてある」


「今から、でございますか?」


「護衛騎士とは四六時中共に過ごさねばならない。メルドルフに出発するまでにお互いに慣れておかねばならないだろう? もう日もない。それに……」



 お父様は咳払いをした。



「リーツは少々クセが強い男だからな」

「クセ? お父様、それは……」


 お父様は私の言葉を遮り、「ここまでにしようか、コンスタンツェ」と息を吐きながら執務机についた。


 同時に侍従に副官、筆頭行政官までが遠慮しがちに執務室に入ってくる。全員、山のような書類を抱えていた。


「もうさがりなさい。お前と過ごしたいのはやまやまだが、そろそろ業務に戻らねばならない。……リーツ、頼んだぞ」


「かしこまりました。閣下」


 イザークは恭しく頭を下げて、私を室外へエスコートした。


 お父様の口調、なぜかもやっとする。

 この新任護衛騎士イザーク・リーツのクセって?

 何があるのだろう。

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