第69話 吉報。そして夜が明ける。

『皇室からの使者の来訪』という行政棟からの報せを、私は寝室で受けた。



(皇室からの使者が、一体何の用なのよ……)



 皇室からの使者にいい印象はない。使者のもたらす事案で、私にもメルドルフにも良かったためしはないのだ。


 災禍の救援遅延の知らせに、賠償交渉とハラルドの求婚。皇帝の慶事、そして……。

 四回目の今回は何を請求されるのか。



(きっといいことではないわね)



 最低限の支度整え、イザークとともに執務室に向う。


 執務室には、深夜にも関わらずアロイスが沈痛な面持で、私を待ち構えていた。くたびれ具合から昼間の業務が終わらないままに、この事態を迎えてしまったようだ。



「アロイス、使者殿は?」



 私はイスに座りながら訊いた。



「ただいま客間にて食事を召し上がっていただいております。この嵐でずいぶんお疲れのようでしたので、謁見は明日ということに致しました」


「分かったわ。それで使者殿はなんと?」


「使者殿が申すには、女修道院にて穏やかに過ごされていた聖女様がご病気を得られ、お亡くなりになられた……とのことでございます」


「聖女様が……?」



 シルヴィアはメルドルフで処刑した。

 今は冷たい土の下だ。



(この聖女様って……?)


 一体誰なのだ。



「聖女様はいつお隠れになられたの?」


「二十日ほど前ということです」



 シルヴィアがメルドルフに召還されたのは夏の終わり。そして狂女として処刑されたのは秋。

 知らせにあった聖女は冬の最中に死んだという。


 やはり……。



「代役を立てたのね。教会側が」


「左様でございましょうね。何せ祈りの場から忽然と消え去ったまま行方が分からない……こんな前代未聞な事態を、皇帝にも世間にも知られるわけにはいかないでしょうし」



 厳しい監視がありながら聖女を取り逃したという大失態。

 皇帝にバレてしまえば、教会は厳しい弾圧を受けるだろう。


 ならば。

 死んでしまったことにした方が都合が良い。


 医療レベルの低いこの世界では、人は簡単に死んでしまうものだ。病にかかり治癒者を呼び寄せる前に命が尽きたとしても不自然ではない。


 真実は知られてはいない、ということか。



(良かった)



 安心したせいか体の力が抜ける。

 私はぐったりとイスの背にもたれかかった。

 イザークが何も言わずに私の肩を抱き寄せ、頭を撫でてくれる。



「親書は開封しておりません。コニー様ご自身の目でご確認ください」



 アロイスは手のひらほどの大きさの親書を差し出した。


 公式文章の証である黄金色の封蝋に見覚えのある印璽シールが押されている。


 皇帝の紋章だ。

 私にとっては凶兆でしかない。目にするだけでも陰鬱いんうつな気分になるが、仕方ない。


 私はナイフを取り出し、封印を切り書信を開いた。

 皇帝専属の右筆ゆうひつが書いたのであろう流れるように優美な書体で、こう記してあった。



 救国の聖女シルヴィア様が流行り病にかかり、手を尽くしたが回復することなく逝去した。

 御聖体は女修道院の聖堂に埋葬され、女修道院は救国の聖女・最期の地として未来永劫、帝国から保護されることとなる。

 また聖女シルヴィア様は国を救った尊い存在として、帝国の歴史書に記されることが定められた。

 各地の領主は聖女を悼み喪に服するように。



 私は息を吐きながら親書を丁寧に折り畳み、鍵のかかる引き出しに収めた。



「……確かに。聖女様はお亡くなりになられたようね」



 これで公式に聖女は存在しないということになった。

 事実は伏せられたまま穢れを祓った清き聖女として、伝説の存在となる、ということだ。


 私はアロイスを見据え、



「偽聖女が聖女として祀られる事になったのね」


「歴史とはそういうものですよ、コニー様」



 生き残った者に良いように記されていく。後の人々はそれを捏造されたものだと疑いもせず信じ、また次世代に伝えていくのだ。



「この策は教会と帝国、両者にとって利益が一致しますからね。教会は体面を守ることが出来、皇帝は自らの手を汚すことなく聖女の命を奪えた。悪くない策です」


 ただくれぐれも皇室に対して警戒を解いてはなりません、とアロイスは念をおす。



「食わせ者ばかりの魔窟ですから」


「そうね。気をつけるわ」



 とりあえず、メルドルフに害を為されることはなさそうだ。


 シルヴィアの件を知っているのは私とイザーク、アロイス、そしてイザーク直属の小隊の領兵たちのみ。

 言うまでもなく、皆、忠誠心は高い(特に領兵たちのイザークへの信奉っぷりは驚愕するほどだ)。

 秘密は漏れることはないだろう。


 あとはこのまま何事もなく時が経つのを祈るだけだ。



「それと報せはもう一件あるのですよ、コニー様」


「え? 他にも?」



 アロイスがもう一通の親書を机の上に置く。



「こちらも領主のみが開けることのできる封印シールがなされておりますので、確認は取れておりません。この件に関しては、使者殿も内容はご存知ないそうです」


 またこれも私の胃を痛める内容で無ければいいのだけど。

 私は書状に目を通す。


 ハラルド皇太子の強い要望で帝国の爵位を叙任されるらしい。

 さらに新しい家門の設立も許されたのだ。


 信じられない。

 私が他の男性領主たちと対等になるのだ。



「コンスタンツェ?」



 書状を前に固まってしまった私を案じたイザークが、手紙を覗き込み、感嘆の声をあげる。



「あぁなんてことだ。コンスタンツェ。女性で初めてではないですか。素晴らしい」



 イザークの様子を見たアロイスがいぶかしげに肩をすくめた。



「なにか不都合でも?」


「あのね、アロイス。私とこのメルドルフに爵位をいただけるそうよ?」


「爵位を叙任、ですか?」


「メルドルフ男爵と名乗るようにですって。春に叙任式があるからそれには参列はしなくちゃならないようだけど……」



 私はそっと下腹部をさする。

 かつて皇太子の婚約者であった頃。いくら願っても叶わなかった望みが、今ここに宿り、大きく育とうとしてる。



「まぁその頃には悪阻つわりも落ち着いているでしょうし、きっと問題ないわ」



 メルドルフに追い風が吹いてきた。

 冬が去り、必ず春が来るように、私にもメルドルフにも苦難が終わり、新しい時代が訪れようとしていた。

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