閑話:悪役令嬢の護衛騎士。

第41話 イザークの独り言(イザーク目線の話です)

【この話はイザークの目線で進みます】



 リーツ家は子どもにあふれる家だ。

 リーツの血を継ぐ者は、男も女もよく子どもを産む。家系的に多産であるらしい。


 そんな常に誰かしらの子が屋敷を走り回っている環境で、イザーク・リーツ、俺は育った。

 当主の十一番目の子、リーツ家の“みそっかす”として。


 限嗣相続制げんしそうぞくせいをとるリーツ家では、直系の男子、つまりは長男しか家督と貴族位を継ぐことはできない。


 ゆえに惣領(そしてその候補者)以外の価値は低い。

 俺も当主の子でありながら、使用人たちと変わらぬ扱いを受けていた。


 あの家庭環境は幼い子が育まれるには適さない、親愛の情とは程遠い薄ら寒いものであったと、つらつら思う。

 思い出したくもない記憶だ。


 そんな満たされぬ灰色の日々の中での唯一の救い、それが剣術と武術だった。


 本来ならば末子には伝えられないリーツ家伝の剣術と武術を、親に見返られない末弟を不憫に思った長兄が、特別に教授してくれたのだ。


 幼かった俺は長兄に目をかけてもらえたことが嬉しくてたまらなかった。

 褒めてもらいたいがために必死に稽古した。



 そこが俺の騎士としての原点だと思う。



 剣を握り体を鍛えている時だけは、苦しさも寂しさも忘れることができる。それに気づいてからは、ただひたすら鍛錬を重ねて腕を磨くことだけに集中した。

 

 気づけば故郷の少年たちの間では並ぶ者がいないほどになっていた。




 そして十二になった時。

 俺は家を離れることを決意した。



 このまま実家に残る選択もあった。

 

 実際に財産を相続できない兄弟や叔父の何人かは家に残り、家業(リーツ家の場合は農業だ)に従事していた。

 何かを成し得ないけれど、それなりに穏やかな人生。

 この世ではそう悪いことではない。


 たが、作男として安穏と生きることを、若かった俺は受け入れる事はできなかった。

 平々凡々をありがたく思えるほど、成熟してはいなかったのだ。



 そうして俺はハイデランド侯爵家の騎士団に団員として加わることになる。


 ハイデランド騎士団は私兵ながら、帝国を支える騎士団の一つだ。

 血統主義の皇室直属の騎士団とは異なり、平民や下級貴族から広く人材を集めるのが特徴であり、庶民から絶大な人気と実力兼ね備えた存在、まさしく神のような騎士団だった。



 そこで……コニー様と出会った。



 入団して程なく、厳しい訓練で心折れそうになったある日。

 半べそをかきながら逃げ込んだ物置の窓から、ハイデランド侯爵邸の庭を散歩する小さな女の子を見かけた。


 白金プラチナの繊細な色合いの髪に上品な眼差しがとても可愛らしい。上等なドレスを身にまとった姿は、まるで天女か何かのように輝いて見えた。


 周囲の丁寧に整えられた庭と完璧に浮世離れしたほどに美しい女の子。

 田舎で育った俺には衝撃的だった。

 これほど美しい光景は見たことがなかった。


 あれほど上官からしたたかに殴られたのに、その痛みすら忘れてしまうほどに魅入ってしまっていた。



 ……その女の子が侯爵閣下の御令嬢コンスタンツェ様だと知った。



 成人されたら皇太子殿下の妃として迎えられるのが定められており、妃としての教育真っ最中であるという。妃教育はとても厳しく、非常に難しいものらしい。


 小さな自分よりも年下の女の子が懸命に努力していると聞き、俺は自分を恥じた。

 殴られたくらいでへこたれるだなんて情け無い。


 まだまだ出来る。

 高みを目指さねばならない、とより強く願うようになった。


 強くなり、出世したら……もしかしたらあの夢のような女の子をお守りする騎士になれるかもしれない。

 コンスタンツェ様の護衛になりお側に居られるのならば、そんな人生も悪くないんじゃないか?


 それからは無我夢中で生きてきたのだ。

 そして……。





「イザーク、本をとってもらえる? 上から二段目の赤い背表紙の本よ」


 コニー様が本棚を指差していう。

 浄化の旅で雪崩に巻き込まれ大怪我を負い、酷い痛みがあるのにも関わらず領民の為に働かれる姿は、何ともいじらしい。


 俺は本を差し出しながら、



「私はコニー様が婚約破棄をお受けになられて、本当に良かったと思います。皇太子殿下に感謝申し上げたいくらいです」


「ん? 急にどうしたの?」



 コニー様は怪訝な表情だ。



「婚約破棄が無ければ、メルドルフにいらっしゃる事もなかったでしょう。こんなに民を思ってくださる領主など何処を探しても見つからない。民も領地も幸せです」



 もちろん俺もだ。

 こうしてコニー様と過ごせる事も奇跡だ。



「私も婚約破棄して良かった、そう思う。帝都にいる頃よりも幸せよ」



 コニー様は微笑み「ちょっとこっちに来て」と手招きをする。



「ほらかがんで?」



 俺は指示通りに身をかがめる。するとコニー様は俺の頭に手を添えると、



「ありがとう。イザーク」



 耳元で囁き頬に唇を当てた。



「私もあなたに感謝してる。いつも側にいてくれてどんなに心強いことか。メルドルフにも、私にもあなたは必要だわ。いいこと? シルヴィアの時みたいに心変わりなんてしないでね」


「……致しません。二度と」



 私が答えると、コニー様はもう一度頬にキスをする。横目でみるとコニー様の顔は薄っすらと赤らんでいた。


 あぁなんてことだ。

 完全に捉えられてしまったではないか。

 俺はもうこの方から離れられない。





 ……いや離れない。


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